prologue
初投稿になります。teるです。
文章力、構成力など多々至らぬ点があると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
プロローグ
世界に穴が開いた―――。
突如として現れたそれは、突如として「何か」を放ちだし、それらは突如として周辺の村々へと襲い掛かっていった。
「何か」たちはとある力を探していた。遠い昔、傲慢な人間たちが楽園から奪っていった力。それを探し出し、楽園へと持ち帰るために彼らは解き放たれたのだった。
少女は走っていた。ただ遠くを目指し逃げていた。
村人たちが襲われ、次々と荒れ狂う屍鬼と化していく中をかいくぐり、追いかけてくる「何か」から必死で逃れてきた。途中、襲われたそうになった少女を村人たちがかばい、代わりに犠牲になるようなこともあった。それでも彼らはしきりに「逃げろ、生きろ」と彼女に訴えかけてきた。少女とその中に眠る「力」を守るために。
村を抜け、小高い丘の上に登ると、少女は足を止め村の方へと見やった。
血肉の匂いが火煙とともに運ばれてきて、鼻の奥を刺激してくる。喉の奥から気持ちの悪いものが込み上げてきて吐きそうになるが、なんとか飲み込もうと口を押さえ抵抗した。少し収まってくると、眼下に起こっている惨状の凄惨さに思わず立ち尽くした。
さっきまであんなに平穏でのどかだった村は、一瞬にして狂気と殺意で満たされた地獄に変わってしまっていた。あんなに優しかった人たちが、歯をむき出しにして唸り声をあげ、己の欲望のままに人を襲う獣になってしまっていた。
絶え間なく聞こえる悲鳴。容赦なく殺されていく村民。
少女は自分の目が信じられなかった。何回も、何回も目を擦るが、目の前の光景が変わることはない。
そうだ、これは夢だ。悪い夢なんだ。
目を覚ませば、またいつもの平和な生活が戻ってくる。そう思い少女は頬をめいいっぱいつねった。じんじんと痛みが伝わってくるが構わずつねり続ける。
覚めろ、早く覚めろ。
しかし頬の痛みが増すばかりで、いっこうに覚める気配なかった。
言い様のない苦痛が少女の心にのしかかる。ああ、これが絶望か、と彼女は理解した。
重い。こんな重たい感情は抱えて運べない。かと言ってここに置いていくのは難しそうだ。ならいっそのこと……。
ふっ、と足の力が抜けてその場にへたり込んだ。もう動く気力は残っていなかった。全てを諦めたかのように少女はただ空を仰ぎ考える。
これは罰なのだ。楽園に招かれたにも関わらず、神から授かったこの強大な「力」を、自分たちの都合のいいように変えてしまった先祖たちへの、神からの天罰なのだ。怒りの矛先は、現在その力を有する私へと向いた。この「力」を制御できれば、その怒りにも対抗できたはずなのに、私にはできなかったのだ。
これは、愚かな先祖たちと、役立たずな私に対する罰だ。
少女は泣いた。それは自分の犯してしまったことと、それのせいで何も関係ない村人たちを巻き込んでしまったことに対する、二重の罪意識からくるものだった。
悔しかった。先祖からこの「力」を引き継がなければならなかったこと。この「力」を持ったものは使命を果たさなければならないこと。少女が「力」を制御できないこと。神がそんな少女から村の皆を奪っていってしまったこと。自分の運命があまりに理不尽で、それに反抗できないことが少女は悔しかった。
今になって、村での日々の思い出があふれ出るように少女の頭に蘇ってきた。陽だまりみたいに暖かい、少女にとってはかけがえのない居場所だった。少女が不気味な力を持っていても、村人たちは分け隔てなく接してくれたこと。少女にとってはそれがたまらなく嬉しかった。だから「力」をもっていることが辛くても、笑顔でいることができたのだった。なのに……。
今、少女の周りにあるのは「無」。彼女を受け入れてくれる優しい人も、場所も、そこには存在しない。孤独な世界だ。少女はなおも考える。
ねえ、何で皆が死ななくちゃいけなかったの? 悪いのは私なんだよ。
何で私をあの禍々しい使者に差し出さなかったの? 「力」を返せば襲われずに済んだんだよ。
この「力」は皆の命よりも守るべきものだったの? 嫌だよ……。孤独になるくらいなら死んだ方がいいよ。そう、死んだ方が……。
風が段々と冷たくなって、少女の体に吹き付けてくるようになった。町を埋め尽くすように蔓延っていた「何か」が、気が付けば少女の方に向かってきていた。
少女の前で「何か」は止まった。ゆっくりと彼女に黒い手が伸びていく。
恐怖心はなかった。このまま受け入れようと思った。村の皆が命を捨ててまで守ろうとした大切なもの。でもこのまま私が所持していても、不幸が生まれ続けてしまうだろう。神は私の「力」を取り戻そうとしてくる。ここで逃げても、また別の場所で同じような悲劇がおこるかもしれない。なら返してしまおう。ここで罪を償おう。もう誰も同じように悲しまないように。
闇に飲まれた。消えゆく意識の中で、少女は微かな光が自分から闇の方へ徐々に移動していくのを見た。
ああ、これで終わるんだ。不幸の連鎖も、私の命も。
光の移動が終わらないうちに、彼女の意識は底深くへと落ちていった―――。
「なぜ『それ』を手放そうとするの?」
心臓が跳ね上がった。意識がはっと戻ってくる。気が付くと少女の手が闇の中で手放したはずの光をつかんでいた。
何で……!!
少女は困惑した。自分の意志ではないのに、この手は光を放そうとしない。まるで自分の体ではないかのように、体が言うことをきかないのだ。
「『それ』を手放すことは私が許さない」
また突然声が聞こえた。音声というよりも頭の中に直接的に響いてくるような声だった。声の主は手で無理矢理光をこちらへと引っ張ってきていた。
やめて。あの世界には戻りたくない。自分は存在してはいけないのに。
逃げても逃げても、あの黒い悪魔が襲ってくるのだ。その度に大切な人が巻き込まれてしまう。壊されてしまうのだ。
お願い…。どうかこのまま「力」ごと私を消してしまって……。
少女の小さな叫びは声の主には届かなかった。闇が光を少女の方に引きもどさせまいとするが、光は闇もろとも彼女の中へとどんどん吸い込まれていく。
怒り、憎悪、狂気。少女の心の中に様々な負の感情が混濁して入ってきた。あまりの苦しさに少女は発狂しそうになる。声はそんな状態の彼女にも無慈悲に話しかけてきた。
「『それ』を持ったとき、君は罪を背負ったんだ。『それ』を返さない限り、神は断罪の刃を君に向けてくるだろう。でも、決して『それ』を手放してはいけない。生を諦めてはならない。この世界に楽園を導くために、先祖たちは『それ』を守ってきたのだから」
言葉がまともに聞こえない状況であるにも関わらず、その声の発する言葉は少女によく聞こえてきた。
世界に楽園を導く……。
少女は声の言ったことの意味が理解できなかった。この「力」は不幸を呼び起こすだけだ。だから、返して終わらせるべきだったのに……。
だんだんと体に自分の感覚が戻ってくるのが分かった。それと同時に声の主の意識も薄くなる。
待って、あなたは誰なの?
心の中で問いかけてみる。声はふっ、と微笑すると、少し考えたあとポツンとつぶやいた。
「『思い』……、いや、『願い』かな……」
声はそれ以降は話しかけてこなかった。光と闇が少女の体に完全に溶け込んだ、再び少女の意識が遠のいていく。
次に起きたら自分は生きているのだろうか。それとも屍鬼となっているのだろうか。どちらにせよ待っているのは地獄だ。平穏に生きることは許されない。
それでも声は「生きろ」と言った。村人たちと同じように。
この「力」には何かが隠されているのだ。この世界を変えてしまうような何かが。
自分に降りかかる運命を理不尽で悲痛なものにしてしまうのがこの「力」なら、その運命に反抗できるのもまたこの「力」なのかもしれない。
ならば打ち勝ってやる。神でも悪魔でも打ち勝って、私が生まれた意義を見つけるのだ。
楽園。それを導くことが私の使命なのなら……。
少女は深く決意する。運命に、神に抗うことに。それが多くの犠牲を出す選択だと分かっていながら。
彼女の意識はそこでプツンと途切れたのだった。
それから2週間後、少女の住むカラゴ村でおきた惨劇は「カラゴ村大量変死事件」として世界中を賑わせた。村の属している帝国の調査団の調査では、住民69名全員が謎の変死を遂げたとされており、68名の遺体が見つかっているが、村に住む少女一人の遺体だけはいまだに見つかっていない。
「何か」や「力」など具体的な内容があまり説明されておらず、半分意味不明な文章となっておりますが、次回からの本章で少しずつ説明してまいりますのでご了承ください。
一応異世界ものです。とても異世界ものっぽくない異世界ものです。時代としては近世あたりと考えてもらえるとよろしいかと。
次回もお付き合いいただけると嬉しいです。