2
「おっ!お父さんっ!」
薬草を摘み、水を撒いていると、戸口からキーレンが声を震わせて、飛び出してきた。
「どうしたんだ?キーレン?」
顔をあげて、桶にかけてあった手拭いで手のひらの水気をすいとる。
「あの人がなんかおかしいのっ!早く来てっ!」
キーレンの顔は色を失い、頬を強ばらせている。瞳は涙をにじませていて、ただ事ではないことを察したロキセイは急いで家の中へと向かう。
明るい日差しの下から、薄暗い家の中に入ると、一瞬、その暗さに驚き、足を止める。履き物を脱ぎ捨て、板間に上がり、彼女のもとへと膝を進める。
「うぅ……」
玉のような汗を額に浮かべ、眉間に深いシワをよせ、短い呼吸で肩をゆらせている。掛けものをはぎとると、彼女は膝を抱えて小さく丸くなり、体を硬くしている。
そっと、上を向かせ、その腹部に触れると驚くほど硬く、ゆっくりと押し、ゆっくりと力を抜くと、押すときよりも、離すときに痛みが強くなるようで、うめき声がこぼれる。
「お父さん……、どうしちゃったの?」
キーレンの震えた声がすぐ後ろから聞こえる。
「……」
ロキセイはありったけの呪力を使い、呪文を呟く。
あたりに青い苦い草の匂いが広がるけるど、彼女の表情は全く変わらない。
「……お父さん、治る?お姉さん、大丈夫だよね?」
「キーレン……」
この先の言葉をロキセイは言いたくはなかった、けれども、取り繕うことはしたくなかった。
「キーレン、もうだめだよ。腹の中の膵か肝に傷があったんだろう、それがきっとひどくなってしまったんだ……、腹、全体に炎症が回っているし、お父さんには、治せない」
「……嫌よ、そんなのダメ。絶対にダメ!死んじゃいやよ。なんとかしてあげてよ、助けてあげてっ!!お願いっ!!お父さんっ、嫌、死んじゃ嫌!助けてっ!!」
涙を浮かべて腕にすがり付くキーレンをロキセイはなす統べなく見つめる。
項垂れたまま動かないロキセイ。そのロキセイの沈んだ瞳を覗き込んだキーレンは父の力が及ばないことを悟ったのか、その腕から手をゆっくりと離す。
そして、膝の上で上衣の裾をぎゅっと強く握りしめ、きつく瞳を閉じ、肩を震わせている。強く奥歯を噛み締めているのか、キリキリと軋むような音が微かに響き、握りしめた手は白くなっている。
ロキセイはキーレンの肩を抱きよせようと、腕を伸ばす。
しかし、キーレンはその腕をそっとはね除ける。
もがき苦しむ名も知らない黒い髪の彼女、睨み付けるように目を向ける。
キーレンの瞳は煌めくように光を宿し、涙に濡れていた頬を紅潮させて、口を一文字に結んでいる。
「キーレン……」
ロキセイは幼い娘の肩に触れることを躊躇した。触れてはいけないようなピリピリと張りつめた空気がその背中から立ち上ぼっているようだった。
小さな体が、ほのかに光を放ったように見えた、次の瞬間、鼻から喉、肺の奥にまで、一気に駆け抜けるような清涼感、深い森の中で胸一杯に息を吸い込んだような爽快、かつほのかに甘さを含む香り。
部屋中を一気に満たし、かつ強く香るそれは、紛れもない呪術のそれ。
その香りより強くをまとう黒髪の彼女の、さきほどまでの苦痛に顔を歪めていた様子は一瞬にして消え去っていた。
大きく息を吸い、そして、ゆっくりと吐き出した。すると、その表情は穏やかで、うっすら微笑みを浮かべているようにも見える。
強張り、縮めていた手足はゆったりと体に自然に沿って投げ出されており、胸はリズムよく穏やかに上下している。
顔の腫れも、変色さえも、すっかりよくなっており、落ち窪んだ目もこけた頬も柔らかく滑らかになって、朱を帯びている。
「……お、おと、うさん……」
ハァハァと肩を揺らすキーレンは切れ切れに言葉を繋ぐ。糸が切れるようにふらりと崩れ、その小さな体をロキセイは慌てて抱き止めた。
まだ、その体には爽やかな香りが濃く残っている。
ロキセイはキーレンに回した自分の腕が震えていることに気づく、白い指先は冷たく、こちらも細かく震えている。
膵や肝といった目には見えない傷をここまで完全に、かつ一度で癒してしまうほどの呪力をロキセイは今だかつて見たことがなかった。
深い知識と高い技術と強い呪力を併せ持つ訓練された呪術師であれば可能ではあるが、そのような呪術師は伝承にある『青龍の宝』と呼ばれている、フローセイ-ナロナビくらいだ。フローセイも半分おとぎ話として認識されている。
目の前の出来事はあまりにも、受け入れがたい。
彼女を救いたい、キーレンのその思いがキーレンの呪力を目覚めさせたのだろう。
呪力は貴賤を問わない、血筋も関係しない。ただ、呪力を持って生まれる。呪力を持って生まれる者は9才までに必ず、その力が目覚める。
キーレンも呪力を持って生まれた。
ロキセイには、そこまでは十分に理解できた。しかし、その力はロキセイの知る範疇にはない。
「いったいこれは、どういうことなんだ?キーレンが瀕死の彼女を癒したというのか……。ここまで完璧に?一度で?……あり得ない……」
ロキセイは自分自身の見立てが間違っていたとしか、思えなかった。ロキセイは膵や肝に傷があり、その傷が悪化したと考えたが、それが間違いであり、ほんのすこし胃や腸に傷がついていただけだったのだろう。だからこそ、未熟なキーレンでも癒すことができたにちがいない。ロキセイはそう思うことにした。
美しい女性だった。年のころは二十代の半ばくらいだろうか。
キーレンは眠ったままであったけれど、彼女は半時もしないうちに目を覚ました。
腫れて変形していた右腕も、酷い擦過傷のあった両膝も、なにもなかったかのように消えていた。
彼女は、膝を揃えて小さく座り膝の前に両手をついて、深く頭を下げた。板間におでこを擦り付けるように、何度も何度も、頭を下げる。
雨に濡れた樹皮よりも黒い髪、闇夜を思わせる黒い瞳。
白い頬は涙に濡れていた。
「×××××××××」
「気分はどうだ?痛いところはないか?」
「××××××?」
「ふう、わからないな」
言葉はわからないようだった。話しかけても困ったように曖昧に微笑み、また彼女の言葉は聞き取ることさえも難しい。
ふっくらとした唇から紡がれる言葉をロキセイは耳にしたことさえない。
「もう少し横になっているといい」
ただ、身振り手振りと表情でその思いを汲み取るしかなかった。
なかなか目を覚まさないキーレンを彼女は心配そうに見つめ、薄茶の髪をそっと撫でている。
「大丈夫だ、心配することはない。しばらくしたら目を覚ますだろう。呪力を使い果たしてしまっただけだ」
呪力は限りがある。その力の量は個々によって異なるけれども、全てを使い果たしてしまうと意識を失ってしまったり、動けなくなってしまう。
キーレンの呪力は、ロキセイにははかれなかった。
自分の呪力とは、比べものにならないほどに、強力であることはわかる。
自分よりも弱い呪力の呪術師などみたことはないのだから。
ロキセイはそっとため息をこぼす、その様子を見ていた女は黒い髪を耳にかけて、問うような視線を向け口元を緩ませた。
今はなき妻の衣をまとった女が家の中にいることに今更ながらに違和感を感じる。しかし、その違和感は不快なものではなく、むしろ、少し温かなものが胸に灯ったような気がした。
少しずつ日が長くなり、昼間は汗ばむほどの陽気に、ロキセイの庭の薬草はぐんぐん大きく成長している。
土にまみれて伸びゆく薬草を摘み、乾燥させたり、酒に漬け込んだり、煮詰めたりと、するべきことは多い。
キーレンが手習い所に行っている間、いつもならば、ロキセイは一人で作業をしていた。
けれど、今はとなりに穏やかに微笑む者がいる。
小さな肩にかかるくらいだった髪は伸び、うなじのあたりでまとめている。身体中に栄養が行き渡ったのか、黒い髪はさらに黒く艶々と光る。振り返れば、頬を赤く染め、額の汗を拭い、にこりと微笑みを浮かべる。
その女は、やはり言葉が通じない。身振りと手振りで意思の疎通をはかるしかなかったが、見よう見まねで、なんとか暮らしには、困らないようにはなっていた。
彼女に付きっきりで、様々なことを教えていたキーレンは何も思わなかったようだが、ロキセイは不思議でならなかった。
彼女は当たり前のことを何も知らないのだ。
火の起こし方、煮炊きの方法、洗濯の方法……、日常生活の全般において、彼女は物を知らない。誰か仕える者がいるような立場にあったのかとも思ったが、身のこなしは粗野なところがある。
また、食物でさえ、不思議そうに見つめていることもある。まるで、何も知らない赤子のようでもあったが、刃物の使い方や箸の使い方など、問題なくできることもある。名前も年齢もわからない、なんともえたいの知れない者であった。
しかし、ロキセイはつたないながらも懸命に働き、穏やかに微笑みを浮かべる彼女を拒むことはできなかった。それどころか、彼女を好ましく思っていた。
薬草の新芽を一心に摘み取る彼女を見つめロキセイは誰に語るでもなく呟く。
「……気立てもいい、器量も悪くはない、少し珍しくはあるが。どこかへ嫁に行くことが一番いいのだろうな」
ロキセイは額に浮かんだ汗を拭い呟く。
それは、頬をすり抜ける風に消えた。
「お父さーんっ!!お姉さーん、ただいまぁー」
小道を走ってきて、息を切らせるキーレンは腕を広げた彼女に飛び付いた。
歯を見せて笑うキーレンの額に浮かぶ汗を彼女はやさしく拭い、張り付いた髪をそっと整えて、黒い瞳を細めて微笑む。
「今日はね、マーナが久しぶりに来たの!いっぱいおしゃべりしたぁ、楽しかったよ」
彼女の腕の中から満面の笑みを浮かべるキーレンは、一瞬にして、しょんぼりとうつむく。
「どうした?キーレン」
「ねぇ、お父さん、どうしてお姉さんのことみんなに話しちゃいけないの?」
「……」
ロキセイは彼女に関して、一切を語らないように、言い含めていた。
それは、ロキセイ自身が物事の整理を出来ていないからであった。
彼女の身の振り方、キーレンの身の振り方、そのどちらもロキセイは決めることができないでいた。
「ねぇ、お姉さんがいることくらいは話してもいい?怪我をして治療してるって。セナ婆さんは知ってるでしょ?そのくらいはいいでしょ?お父さん、お願い。マーナにお姉さんのこと、話したいの」
彼女の元からキーレンは離れてロキセイの右手にすがり付く、じっと見つめるキーレンのお願いをロキセイは拒めたことはなかった。
「……なるべく、言わないようにするんだぞ。マーナだけだぞ」
「うんっ!」
パッと笑い、彼女に駆け寄るキーレンはキラキラと輝いているようだった。
ロキセイは、目の前のことから、目を背けてばかりはいられないことに気付き、大きくため息をついた。
どこの誰かわからない、言葉の通じない彼女をどうするのか。
また、呪力に目覚めたキーレンを呪術師にするならば、王都で契約を結び、錬成館で学ばなければならない。このまま、契約を交わすことなく、十歳を迎えれば、キーレンの呪力は失われる。慌てることはないが、きちんとキーレンと話し合わなければならない。これは、キーレン自身のことなのだから。
ロキセイの頭に過る『王台』の言葉を振り払うように、軽く頭を振った。
陽射しは強く、気温は上がり、少しでも動くと汗ばむ陽気が続いていた。
「お父さんっ!また、一緒にしようね、『流しそうめん』、私すごく、楽しかったぁ」
右手に絡みついて、見上げて歯を見せて笑うキーレンの頭をそっと撫でる。
「うふふ、素麺ではないけどね。キーレン、ちょっとこっちを持って」
水のたっぷりと入った桶を持ち上げ、ユーリはキーレンを呼ぶ。今にもこぼれそうな、その様子にロキセイは慌てて駆け寄り、桶を支える。
「ユーリっ!私が持つから」
「大丈夫、持てますよ?ロキセイさん」
頬を緩めて微笑むユーリの顔が、思った以上に近く、ロキセイは思わず手を離してしまいそうになった。
十日ほど前のことだった。
キーレンと散歩に出掛けた彼女は帰ってきたときには、言葉が通じるようになっていた。
「おーとーおさーん」
出かけて間もなく、キーレンは小道を駆けて、息を切らせて帰ってきた。
「キーレン?もう帰ってきたのか、どうかしたかい?」
頬を赤く染め、息を整えることも惜しんでキーレンは、満面の笑みを浮かべる。呪術の香りを濃く匂わせながら。
「お姉さん、喋ったよっ!私の言うこともちゃんとわかったよっ!すごいねー」
「……」
ロキセイは軽く瞳を閉じ、きつく手を握りしめる。
言葉がわかるようになる、意志の疎通を言葉で行えるようになる呪術など、少なくともロキセイは見たことがない。フローセイのお伽噺にあったかどうかも定かではない。
王台の文字がはっきりと頭に浮かぶ。
ロキセイが喜び、褒めてもらえることを期待していたキーレンは、しょんぼりとロキセイを見上げる。
「お父さん、どうしたの?……お姉さんの名前、ユーリっていうんだって、ちゃんと呼べるね、嬉しいよね?」
「そ、そうか、ユーリというのか」
ロキセイは慌てて、頬を緩め、キーレンの頭を撫でる。
ユーリは、ゆっくりと歩いてきた。突然、言葉がわかるようになったことに戸惑っているようだった。
ロキセイの前に立ち、姿勢を正し、頭を垂れる。
「ロキセイさん、助けていただき、ありがとうございます。まずはお礼を」
「あぁ、当然のことだ。……名はユーリと言うのだそうだな」
「……前山百合です」
「まえ?やま、ユーリ?」
「……ユーリと、ユーリと呼んでください。私はあのとき死んでいてもおかしくなかった。けれど、あなた方に助けていただきました、生まれ変わった新しい私には新しい名前がいいのかもしれませんね」
頬を緩め、小首を傾げるけれど、瞳は悲しみを含んでいた。
「……立ったまま話すことではあるまい、ゆっくりと聞かせてくれないか?」
「はい」
軒の下は、ゆらゆらと柔らかく風が通り抜ける。
並べた椅子に腰掛け、キーレンが汲んできた沢の水で喉を潤しながら、ユーリは話し始めた。
ユーリは『日本』という国から来たという。しかし、ロキセイの知る限り、そのような国は存在しない。
「……おかしいのはわかっているんです。だって、私は川に落ちたのですから。でも、気が付いたのは、深い森の湖でした。……それに私の知っている空に月は1つしか登らないのです」
ユーリは困ったように笑い、ここはいったいどこなのでしょう、と小さく呟く。
そこからいろいろなことがあったと、ユーリは詳しくは語ろうとはしなかった。ただ、痛みを思い出したように、顔をしかめ、ぎゅっと自分の肩を抱く。
ぽつぽつと話す、ユーリのいた日本という国の話は、にわかには信じられない。月は1つしかなく、また、呪術師はがいない。呪力など存在しないという国。ユーリの話すとおり、こことは全く異なる世界なのかもしれない。けれども、ロキセイにはわからなかった。
「……古い友人は、もうしばらく会ってはいないが……。とても博識で、今も王都に住んでいるはずだ。王都ならば、たくさんの人が集まり、たくさんの情報も集まるだろう。その男に聞けば、何かわかるかもしれないな」
ロキセイは手にしていた手拭いで、額の汗を拭う。突然に喉の乾きを覚え、すっかり温くなっていた沢の水を喉に流し込んだ。
傍らでは、キーレンがじっとユーリの様子を伺っている。
「ねぇ、ユーリは、ここにいてくれるの?私とお父さんと一緒にいてくれるの?……それとも、帰っちゃうの……?」
「……キーレン。…………帰りたい、私、何もかもそのままで、誰にも何も言えなくて、さよならもありがとうも、言ってないの。だから、帰りたい……」
ユーリの黒い瞳から、涙が溢れて、頬を濡らし、ポツリポツリと床に落ちていく。それは嗚咽に変わり、ユーリは肩を震わせている。
帰りたいという言葉に落胆を隠せないキーレンは、しょんぼりと俯く。
ロキセイはキーレンを間に挟んでユーリの肩を抱き寄せる。
窮屈そうに身動ぎをするキーレンも父に倣い、ユーリの腰にしがみつくように抱き締めた。
「ユーリ……、帰るまで、……帰る方法が見つかるまででいい、ここに居てくれないか?」
ロキセイの小さな呟きに、ユーリはコクりと頷いたけれど、涙は止まらなかった。
小さな村、あっという間にユーリ存在は知れわたった。
「ロキセイっ!あんたいつの間にあんなきれいな娘を見つけて来たんだいっ!これも呪術なのかい!?」
「そんなわけないだろう、セナ婆。いつも声が大きいなぁ……。膝の調子はいいみたいだな」
「あぁ、お陰さんでね。昨日、ユーリが水汲みを手伝ってくれてね。この辺りじゃ、ちょっと見ない珍しい姿だけど、器量も気立てもいい娘じゃないか、」
セナーリンはウシシと歯のない口元を緩ませる。セナーリンがユーリを快く思っていることに、ロキセイは安堵した。
「この前まで、臥せってた人だよ。セナ婆はちらっと見てるだろう?」
「えぇ?あの時のかい?もういつ死んじまってもおかしくないくらいだったろうに?しかも、言葉が通じないって言ってなかったかい?」
歳をとっても記憶力の良いセナーリンは驚きを隠さず、またロキセイの呪術師としての能力もよくわかっていた。そのため、瀕死の重症をロキセイが癒すことができないこともすぐにわかった。一体、誰がどの様に?と問うような視線をロキセイに向ける。
「……あぁ、うんまぁ、なんとか」
セナーリンの視線の意味のわからないロキセイではなかったが、言葉を濁すしかなかった。
「……あんたは嘘がつけない男だよ、全く。………………キーレンかい?!」
この辺りを知らない人間がいればすぐに気が付く。そうすると答えは自ずと知れる。そうして、ロキセイが言葉を濁す理由もすぐにセナーリンにはわかってしまう。
「………………」
「……そんなことがあるのかい?……お伽噺じゃないか、フローセイは一瞬にして言葉が解るようになりました……ってかい?!はぁ、何てこったい!こりゃ、王台の声がかかってもおかしくないんじゃないかい?!」
「セナ婆っ!」
わかっていたことだったけれど、誰かの言葉で聞きたくはなかった。
「馬鹿な男だよ、全く!気付かないふりしてたってしかたないだろう?しかも、あんたは呪術師だ、報告の義務があるんじゃないのかい?」
「……」
「三人で楽しく仲良くやっていきたいのは、わかるよ。それでも、国に尽くすために、この国の民のために、呪術師はいるんだろう?それをわからない、あんたじゃないだろうよ」
「セナ婆、……呪術師は何のためにいるんだろう?民のために?ならなぜ?強力な呪術師は王都に留め置かれるのだ?強い治癒能力を持つものは、大金を求めるのだ?……俺は、俺はこのまま……暮らしたい……」
「……馬鹿な男だよ、全く。私は知らないからねっ!」
「……すまない」
立ち去るセナーリンの背にロキセイは呟いた。
私は知らないと、セナーリンは見て見ぬふりをすると言ってくれたのだった。
呪術師の育成にこの国は尽力している。そのため、呪力を有する子供を見つけた場合は、村長に報告する義務が課せられており、少しばかりの褒賞金も与えられる。
しかし、貧しい家において子供たちも重要な労働力である場合が多い。
手習いでさえ、満足に通えないのが現状である。
呪力を有するが故に、労働力を奪われ、家族の暮らしが成り立たなくなる。
そのため、子供に呪力が現れても、報告をしない親も多いのだ。
貧しい者は、貧しいが故に、呪術師になることはない。
呪力が現れても王と契約をすることなくそのまま10才を迎え、呪力は消える。
しかし、王台は全く異なる。
『王台に上がる』それは、この国の呪術師を統べるものとして、青龍の宮の長になるものとして、養育されることを意味する。
そして、王台に上がる者は必ず、迎えがくるのだ。
青龍の宮の長は、後を継ぐべき者の呪力が目覚めると、必ずそれを知る。そうして、その者を迎え入れ、直接、教え導く。まるでわが子のように慈しみ育てる。
王台に上がることは、同じ呪力を有する者であっても、呪術師となることとは、全く意味の異なることであり、家族との決別を意味しているのだった。