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赤い髪の君に

作者: 千斗

2014年10月8日の皆既月食。

皆さん見えましたか?


不思議な赤銅色の月に惹かれて作った短編です。

 

 2018年1月31日真夜中。

 俺は、小高い丘の上に向かって自転車を漕ぐ。

「やべぇ、始まっちまう……」

 白い息を吐きながら、さらにスピードを上げる。

 今日は皆既月食の日だ。



◇◇◇



 丘の上展望台。開けた空と明かりの少なさは天体観測にはもってこいの環境だ。ここは古い展望台だが、眼下に広がる街並みの美しさが評判で、普段はそれを見ようとやって来る人々で混雑している。

 が、真夜中のこの時間帯には人影一つ見当たらなかった。



◇◇◇



「ほとんど欠けたな……」

 あと数分もすれば、赤銅色しゃくどういろに輝く月が現れる。持ってきた三脚と双眼鏡を鞄から出し、セッティングする。

 元々天文オタクと言われるほど天文好きだった俺は、高校3年生までに天体望遠鏡、双眼鏡、星座早見表、レーザーポインタ、赤いビニールを貼った懐中電灯など、天体用具は一式揃えていた。

 しかし、大学生になり社会人になり、天体観測をする機会がガクンと減った。前回、前々回の皆既月食も、あまりの忙しさに観る暇も無かった。そのせいか、双眼鏡と電池式のものが使えなくなっていた。

 俺個人として月食の観察は双眼鏡が一番適していると思っている。つまり、双眼鏡は俺の必須アイテムだ。

 とはいえ、月食なんてそうそうあるものではないし、そもそも俺自身の暇が無かったから、買うのをすっかり忘れていた。

 ところが調べてみれば、今回の月食はなんと真夜中。その時間に仕事があるなんてことは俺の職業柄あり得ないわけで。

 これを観ないわけにはいかない。

 そうして買ったのがこの双眼鏡。有名メーカーの最新モデルだ。そこそこ値は張ったが、これからも使うであろうし、出し惜しみはしない。

 傷付けないように、丁寧に三脚にセットする。

 そうこうしているうちに、月は赤銅色に輝き始めていた。



◇◇◇



 双眼鏡、肉眼、双眼鏡、肉眼、双眼鏡、肉眼……。

 拡大した月と、そのまま見る月を何度も何度も見比べる。やはり、肉眼で見る方がより赤く見えるような気がする。周りがうっすらと赤く染まっているせいだろうか。

 科学が発展していない頃は、不吉だの不幸を呼ぶだのと言われていたとも聞く。この現象の理屈をわかってはいても、やはりなんとなく不気味だ。

 ましてや真夜中だ。幽霊の一人や二人出てもおかしく――

「貴方も皆既月食の観察?」

「うわ!!出たぁぁぁ!!!」

 一気に10mほど飛び退く。誰もいないはずの場所から突然声を掛けられたら、驚くに決まっている。しかも女性の声なんてこれはもう確実に幽霊の類いしか……ん?

「……足あるじゃん」

 よく見れば、その女の人――いや少女という方が正しいだろう――には足があった。透けてもいない。

 俺の思っていたことは筒抜けのようで、

「酷いですね、幽霊なんかじゃ無いですよ……」

 とさえ言われてしまった。

「私はただ皆既月食の観察に来た大学生です。貴方も同じでしょう?」

「え、大学生!?」

「大学生4年生ですけど」

「いや、お嬢ちゃん嘘ついちゃいけないよ、頑張っても高校1年だよ」

「幽霊と間違えられるより酷いです!正真正銘大学4年生です!」

 ……本当らしい。

 冗談だろう、こんな若作りの……もとい童顔の人がいるとは。二次元の世界の話だと思っていた。

「うん、いや俺の経験値不足ってことにしようぜ。すまなかった」

「経験値?何のことやらさっぱりですが、まぁお互い目的は同じですし、仲良くしましょう」

 切り替えの早い少女だった。



◇◇◇



 赤い髪に白い肌。幽霊と間違えてしまったのが本当に失礼だと思うほど、美人だった。いや、美人だから間違えたのか。

 少女は俺以上の天文オタクらしい。月を見ながら天文雑談を続けているが、俺の知らない単語がどんどん出てくる。天文オタクというよりは天文博士といったところだ。

「……聞いてますか?」

「あ、いやごめん、聞いてる聞いてる」

 俺がぼーっとしていたのがお気に召さなかったようで、少女は俺の双眼鏡を勝手に覗いていた。

「これ、いいやつですね」

「ああ、最近出たばっかの最新モデル。高かったけど」

 それ以降少女は双眼鏡で見たり、肉眼で見たりと、さっきの俺のようにしていた。一言も喋らずに。



◇◇◇



 もう、皆既月食は終わる頃だろう。欠けていた月が戻ってくる。そんな時、少女は急にぽつりと話し始めた。

「私はイギリス人と日本人のハーフです。この髪はその()()。私はこの髪が大っ嫌い」

 突然の申告に、俺はついていけなかった。そもそも、どうして俺に話すんだ、そんなこと。

「小学校も中学校も高校も、挙げ句には大学でも。この赤は目立って目立って……。暗いところにいればわからないけれど、暗いときに会う人なんて、そう滅多いないですよね……」

「まぁ、そうだろうな。それってつまり、大概夜ってことだろ?」

 なんとか少女に話を合わせる。

「ええ、そういうことです。私は次第に昼間よりも夜が好きになりました。私を隠してくれる夜が。でも……」

 少女は空を見上げた。いつの間にか赤い月は消えて、欠けた金色の月が姿を見せていた。

「月が明るいときは、私は隠されない。隠してもらえない。だから、夜も嫌いになった」

 新月の日はどうなんだろうな、と少女を見れば――泣いていた。え、これ俺はどうしたらいい?

「でも、皆既月食の夜。世界は私とおんなじ赤色に染まってた。そしたら私嬉しくなっちゃって。単純でしょ、私」

 頬を雫が伝っていく。欠けた月が映る。

「でも、こういう風に月が元に戻っていくのを見てると、不安が込み上げて来る。また私は隠されない、目立って一人になっちゃう、って」

 俺はもう、何も言葉を発することができなかった。赤の他人、というか、さっき出会ったばっかりの得体の知れない男に、そんなことなんで話すんだよ。なんで涙なんか……見せるんだよ。

「ってあれ、私なんで泣いてるんだろ!?ごめんなさい!わ、私もう帰るから……」

 少女は無理矢理な笑顔をつくる。涙が伝い続ける笑顔を。

「待てよ!」

 叫んだのは、俺じゃない……と思ったけど。

「俺にそんな話勝手にしといて勝手に帰るってのは酷いだろ!俺がお前を幽霊と間違えたよりも!」

 俺が叫んでいた。近所に民家が無くて良かった。

「お前、この月が元に戻ったらまた不安で不安でしょうがない日々を送ってくんだろ?それって辛すぎるだろ!?」

 今度は俺自身になんで、だ。さっき出会ったばっかりの少女に……俺は……なんで……。

「一人で泣いてんじゃねーよ!バカ!」

 なんて、言ったんだろう?

「俺がいてやるわ、バカ!」

 なんて、言っちゃったんだろう。バカはどっちだ、バカ。

笑って冗談だ、って、言えよ俺。笑って誤魔化せばまだ取り返しはつくぞ、俺……!

「ふ、ふふふっ」

俺が笑う前に、少女が笑っていた。

「な、何笑ってんだよ!俺が……」

「出会ったばっかの女、そんな風に口説きます?普通。ふふっ」

「な、口説いてねぇよ!お前が泣いたりするから……」

 少女はもう泣いていなかった。

「ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておきます」

 また、赤い月の夜に――。そう少女は言って、去って行った。

 金色を受けて輝く、赤い髪をなびかせて。



◇◇◇



「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 地面に仰向けになって、盛大に溜め息を()く。本当にどうしてしまったんだ俺は。「俺がいてやる」だなんて。無責任な。というか、無理な話だろう、それは。いくら女の涙を見たからってここまでバカな発言をする男がいるだろうか。穴があったら入りたい。言ったことも支離滅裂だろうな、少女からしてみれば。

「……帰ろう」

 三脚と双眼鏡を別々にして鞄にしまう。

 自転車に跨がって、もう一度空を見上げる。月は、もう半分ほど戻ってきている。

 次の皆既月食はいつだったかな。それまでどうか、彼女を照らし過ぎませんように。彼女が消えてしまいませんように。

 戻りかけの月に祈って、バカな俺は坂道を下って行った。



執筆後記は活動報告にて。

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