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ワイスレ提出用

作者: 野五志喜

 世間一般的に考えて、大学を卒業することになったら平凡な学生は大学院などという選択肢を頭のなかに浮かべることもなく、就職を選択する。


 いわゆるFラン大学生の俺でもそれぐらいのことは知っている。

 しかし、知ってはいても理解をすることは出来なかった。


 友人たちはごく普通に公務員だとか銀行員だとかになりたいと語るし、親も安定した職業に就いて安心させて欲しいと話す。

 そういう生き方が良い理由は分かっている。

 生きる上で安定は大事だから。

 安定しないということは明日着る服、食べるもの、住む場所、それらに不安を抱えて生きるということに他ならない。


 この事実を理解していてなお、安定しない生活の方がいいと言う奴は現実を見た方がいい。

 そう俺は考えている。


 だのに心の奥底でこう思ってもしまっているのだ。

 良いじゃないかと。

 安定しないほうが良いじゃないかと。



 イメージカラーは茶色。見た目は廃墟。そんな六畳一間の木造ボロアパートに越してきたのは三年前、俺が東京の大学に入学することになった時だ。

 大学選択の決め手は東京にあるということと、指定校枠で余っていて楽に入学できそうだったからの二点に尽きる。

 東京なら確実に田舎の家を出て一人暮らしを始められる。

 そして一人暮らしを始めれば自分を変えられる、だから東京の大学に行きたかったのだ。


 でもなんてことはない。

 何も変わらなかった。

 ズボラで、怠け者で、何も生み出せず、何も得られない弱者な自分。

 大学でスキルを習得すれば変えられると思ったが、何も得られなかった。

 ゆえに今の俺は高校の頃から引き続きノースキルの怠け者である。

 大学四年生の五月、周りの人間の中には内定獲得者も出ているというのに、俺は未だに就活を開始していない。


 だってしかたないじゃん。怠け者だし、ノースキルだし……。

 それにいわゆる『社畜』なんていう社会の歯車にもなりたくないし……。

 ハァ、と溜息が出る。こんなネガティブなことを考えている余裕があったらとっとと何かしらの行動を起こすべきだというのに、何もしない自分に嫌気が差してくる。


 チラリと窓の外を見る。

 昼寝と考え事をしていたらいつのまにやら陽が沈み始めていた。

(洗濯物中に入れるか……)

 面倒だが、これぐらいのことはやらないとな。

 重い腰をあげ、窓をガラリと開ける。

 冷たい風とともに新鮮な空気が部屋の中に取り込まれる。

 ああ、なんとも気持ちがいい。こうして風を浴びていると、さっきまで悩んでいたことがちっぽけに感じてしまう。

 ……うん、何だか元気が出てきた。さっさと洗濯物を入れて、うまい飯を作ろう。


 そう思い、風に靡く白いシャツに手を伸ばす。

 ――瞬間、ヒュンという風切り音がかすかに聞こえ、直後後方でバンッと大きな音がした。

 ……ん? 何だ? なにか通り過ぎた。

 頬に何だか暖かい感触を感じ、触る。ぬるりとしていて温かい。

 触った指先を見ると真紅。そうとしか表現できぬほど赤い。

 何度も触り、そうして確信する。

(めっちゃ血が出てる……!)


 慌てて洗面所へ向かい、鏡で傷の大きさを確かめる。

 左の頬に紙で切ったかのような、鋭い傷。

 幸い、あまりに綺麗に切れたためか痛みはあまりなかった。

 だからといって油断してはいけない。

 こういうところから雑菌が入って大病を患ったりするのだからな。

 そう思い、血を水で洗い流した後大きめのバンドエイドで保護した。


 一息ついた後、居間へと向かう。

 部屋の中央には弓矢の飛ばされる方。しかも戦国時代とかを彷彿とさせるお手紙つきのものがぶっ刺さっていた。

(やっぱり見間違いじゃなかったか)

 さっきは慌てていてスルーしたが、どこからどう見ても矢である。


 こんな危ないものが自分の頬をかすったかと思うと血の気が引く思いだが、それ以上に気になるのはここが貸家であるということ。

 つまるところ畳も借り物、こんな明らかな傷をつけたら間違いなく弁償だ。


 その事実を考え項垂れる。

 畳っていくらするんだろうか。高いのか安いのか……。

 それに畳どころか多分床まで刺さってそうな埋まり具合だ。

 ああ、とある不幸な学生はベランダに美少女が降り立ったというのに、俺は部屋の中に凶器がご降臨なされやがった。なんて仕打ちだ、くそう。


 しかも考えてみろ。一般庶民の生活を営んできた自分が矢を放たれるような覚えはない。

 ということは必然的に俺に否はなく、全面的に矢を放った奴が悪いことになる。

 人違いか、誰の家でもいいから矢を放ちたかったのか。

 どっちにせよ腹立たしいことに変わりはない。善良な市民に対して矢を放つ。……あ、川柳が出来た。

 いやいや思考が脱線している。今はこの矢を放った人間に賠償金を請求しなければいけない。

 なれば唯一の証拠になるであろう、矢文の手紙を読まざるを得ない。

 結んである手紙を矢から解き、広げる。


    【ゲーム名】鬼ごっこ

    【人数】十人

    【日時】今日

    【賭けるもの】命


 たったの四行、淡々と連絡事項を箇条書きされたそれを見た瞬間なんとも言えない恐怖に襲われた。

(なんだこれ……?)

 不可解としか言い様がない。


 まず日時、今日と書かれてもいつ読まれるかわからないのだから、いつの今日か分からないだろう。

 それに賭けるもの、この平和の国日本でなんて物騒なものを賭けようとしているんだ。

(悪戯か何か……か?)

 きっとそうに違いないだろう。

 悪戯で人の家に矢をぶっ放すとは頭がイカれているとしか思えない。


 非常に腹立たしい事案だ。

 警察に電話するのは確定だが、まず、手紙を破いてやることにした。

 とりあえず証拠にもならなそうなお手紙には八つ当たりするのだ。

 手紙を両手でしっかり掴み一気に引き裂く。

 気持ちの良い音を立てながら、紙は二分割された。

 ……正直この程度では怒りが少しも鎮まりそうにないな。


 さて、一段落ついたところで警察に電話しようか。と、古き良きちゃぶ台に置いていたスマートフォンへ手をのばそうとした時、突如視界が歪んだ。

 歪みはどんどんと大きくなり、視界は渦を巻くようにぐるぐると回り始める。

(なんだ……これ?)

 いままでに経験したことのない症状に耐え切れなくなった身体は床に倒れ伏し、意識も徐々に途絶えていった。



 目を覚ますとそこは知らない天井でした。


 ……いや、冗談などではなく我が家の天井は四方八方に黒い人の顔のように見えるシミが付いている古臭い天井で、いま目の前にある汚れない真っ白な天井ではないわけで。

 痛む頭をさすりながら辺りを見回すと一面、天井と同じく真っ白な壁。

 ただ、一つの壁にだけ大きなモニターが設置されており、その右横に鉄製の扉がある。

 外に出れるかと思い取っ手を回してみるが、鍵がかかっているらしく開くことはなかった。

(小窓も付いていないから外の様子も見れないな)


 これってもしかして閉じ込めらてる?

 ってことは、今の状況って結構危険だったりする?

 突然自室で気を失ったかと思えば、いつのまにやらこんな真っ白い部屋に連れて来られているんだ。普通じゃない。危険だ。

 よくよく考えてみればあの矢だっておかしい。

 冷静に考えて一般人の家に飛んでくることなんて万に一つありえないじゃないか。

 考えれば考えるほど悪いことばかり浮かぶ。

 そのせいか背筋が冷たくなり暑くもないのに額から汗が流れる。

 ガタガタと脚が震えだしそうになった時――思い切り両頬を叩いた。


 このまま、こんなことを考えていても仕方がない。

 今はどうすればこの部屋から出られるのか。この一点のみを考えればいい。

 余計なことに俺の脳みそを使うことはない。

 頭を切り替え現状を分析することにした。


 残る手がかりは一つ、何も映されていないモニターのみ。

 脱出ゲームなんかだと、色々な行動を起こすと映像が映し出されたり、意外性を狙ったのだと叩き割って中の重要アイテムを取得したりするんだが。

 それともこの白い壁、よく見るとヒビとか入っていてそこを壊すことが出来るとか。


 ネット上に転がっていた知識で考察していると、黒かったモニターに人影が表れた。

 それは、テーブルに両肘を乗せ、組んだ手の上に顎を置きこちらを見つめている。

 正確に言えば、顔が薄暗く見えないため目線がこっちに向けられているかは定かではないのだが大事なことではないだろう。


 とかく、俺がここへ連れて来られた理由をこいつの口から聞けるかもしれない。

 つばをゴクリと飲み込み、映像を見つめる。


「あーこんちには、みなさん。このゲームの管理を務める『エフ』と申します」


 自己紹介だろうか。

 エフというらしいが、国内外で聞いたことの無い人名だ。

 間違いなく偽名だろう。

 それよりも気になるのはゲームという言葉。

 あの手紙の内容もゲームに関するものだったはずだし、ここでゲームを行うと見て間違いなさそうだ。


「みなさん知っての通り今夜行われるゲームは鬼ごっこ。単純明快なそのルールを紹介しますと、鬼三名から逃げ惑う子羊役のみなさまが逃げ切れたら勝ちとなります。制限時間は目の前の扉が開いてからきっかり一時間」


 鬼三名からなる鬼ごっこということは会場は広いのだろうか。

 いやそれよりも俺が連れて来られた理由について説明はないのだろうか?

 そんな俺の思いとは裏腹にエフはルール説明を続ける。


「さて大事な鬼の判別方法ですが……モニター横を御覧ください」


 映像の人影が右手のひらを上向きにして右側を指し示す。

 視線を移すが何もない。

 何がしたいんだ? と疑問符を頭の上に浮かべていると、真白な壁に小さく長方形に切れ目が入り、プシューという音と共に薄い四方形の物体が飛び出した。

 それの上辺がパカリと開き、中から黄色に蛍光する腕輪のようなものが表れた。


「それは鬼を判別するためのアイテムになります」


 皆が腕輪を確認したのだろうか、エフが話し始める。


「腕輪が黄色に光る人は逃げる側、赤く光る方は鬼となっております。みなさましっかりと装着してくだ

さいね。装着せずに扉の外にでるとその時点で失格。絶命となりますので」


 映像が唐突にブツリと消える。

 モニターにデジタルで五分の表示がなされ、一秒ごとに時間が減算され始めた。


(なんか最後に絶命とか縁起でもないこと言ってたような気がしたんだが)


 開いたー。出れたー。死んだー。……なんてのはゴメンなので、腕輪をつけることにする。

 ゴム製らしくよく伸びる。とりあえず右手首につけることにした。

 それにしても前情報を何も持ってない俺には何がなんだか。

 俺はゲームに参加する意志表示をした覚えはないし、棄権することはできないのだろうか。

 と、そこまで考えてこの思考が無意味だということに気がつく。

 きっと俺は今から行われるゲームに参加するしか無い。

 ゲームや漫画だと大抵いつのまにか巻き込まれたゲームからは逃げられないものだからな。

 それに一般人をこんなところへ問答無用で拉致するような人間だ。話し合いが通じるとも思えない。

 というわけで今やるべきことは、勝つために行動すること。考えること。

 ルールの整理をすることにしよう。

 ゲームで最も大切なのはルールの把握だからな。


    一、鬼は三人。

    ニ、制限時間は一時間。

    三、黄色の腕輪は味方。

    四、赤色の腕輪は鬼(三人)。


 少ないがさっきの情報だとこんなものだろうか。

 あと推測だが鬼は多分プレイヤー、つまり俺と同じ境遇の人間ではないだろう。

 勝利条件が逃げ切ることのみだったからな。

 あれじゃ鬼になった際勝つことができない。

 ああ、それからもう一つここへ来る前に読んだ一文。


    【賭けるもの】命


 もしこの文章が本当なら、相当酷い鬼ごっこであることは確かだ。

 だが現実味がない。

 命の危険に晒されたことなどないし、奪われるところも見たことはない。

 あったとしてもそれはテレビの向こう側で対岸の火事でしかなかった。

 日本で生まれ育った人間なら、大体そうだろう? きっと俺だけじゃあない。


 こんな時に考えることではないのは分かっているが、感じてしまう。

 命の危機に晒されているかもしれないというのに、なにも感じずきっとどうにかなるだろうと、考えて しまう俺の大嫌いな一面である楽観主義。

 まさかこんな時にもそれを垣間見ることになるとは。

 マンガやアニメを見るたびに、非現実的な出来事に巻き込まれれば俺もきっと変わるだろうと思っていたのに、結局変わらない。


 なんたる無能。なんたるクズ。

 落胆せずにいられない己自身に。

 肩を落とし、ため息を漏らす。

 モニターに視線を向ける。残り時間は三〇秒しかなかった。


 ……頭を切り替えよう。

 首をゆっくり左右に振り、思考をネガティブからポジティブへと変えていく。

 別に楽観主義だっていいじゃないか。

 そうだ、きっとその通りなんともない。

 それに何かあったとしても、俺は昔からやれば出来る子なのさ。

 いつだってやらないだけ。今、やるしか選択肢のない今こそ、真の実力を発揮する時じゃあないか。


 ビーッと火事でも起きたかのような大きなブザー音が鳴り響く。

 同時にガチャリという音がした。

(鍵が外れたのか?)

 ドアノブを回し押し開く。ギィギィと金属の摩擦音を辺りにまき散らしながら扉が開いた。

 行こう、きっとなんとかなる。

 小部屋から出る頃には、小うるさいブザー音は止んでいた。


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