その女弟子につき
鍛冶師になろうと思ったきっかけは、無骨で実用的な鎧をこのゲームで見かけたのがそもそもの始まりだった。
もともと中世ヨーロッパの無骨で実用的な鎧にとても惹かれていて、あまりきらびやかな鎧や可愛い鎧というものに興味がない女だった。
最初は鍛冶をするつもりはなかった、お金と素材さえあればNPCの店で作ってくれる、ただ私の求めるような鎧を着ることのできる種族を選ばなかったことは今でも悔やんでいる。
このゲームは一つのパッケージにひとつのキャラしか作れず、課金をすれば半額以下でキャラクターを作れるものの、なんだかんだこのキャラには愛着があるし、私の姿でそんなのを着ても様になりそうにないし。
こんな感じで結局いまのエルフという種族に収まっていた、しかしそんなある日私はとんでもないものを見てしまった、髪は白髪混じりのロマンスグレーで鋭い瞳、頬には刀傷が走る壮年の男性がその分厚く太い体を無骨な鎧で包み、マントをはためかせながら歩いていた。
その背中には巨大な両手剣をさしていて、その姿はまるで歴戦の猛者、どこぞの国の将軍でもしているのではないかと言う程に、鋭い雰囲気と威厳を振りまいていた。
雷に打たれたような衝撃だった、純粋にあんな装備を作ってみたいと思った。
それから私は少ない情報を元に鍛冶の道具や、鍛冶に関するNPCの店を片っ端から回っていったが、しかし結果は振るわなかった。
既存の情報と、ちょっとした鉱物のうんちくを聞けたぐらいで、あまり新しい情報は出てこない事で途方にくれたりもした、初心者用の道具をイベントで貰えたのは嬉しい誤算だったが。
諦めずにとにかく鍛冶を始めて見ると今度は越えられそうにもない壁にぶつかった、何度やっても失敗にしかならないのだ。
手順通りやっているのに何故、何が違うんだろうか、やがて火の温度も調節が効くということに気がついたが、だからといって成功することもなくうなだれた。
それからしばらくの時が流れた。
私のプレイスタイルは完全に鍛冶師のそれになっていた、自分でも驚く程にのめり込んでいき試行錯誤を繰り返した。
時には叩く回数を変えてみたり、時に熱する時間を変えてみたり、そんなことをしていると何となくここを叩けばいいのがわかってくる、これがアシストだったのか!とちょっとショックを受けたりもした。
そんな折私が材料を買ったり、失敗作を買い取って貰っているシュタイン商会、そこの代表であるシュタイナーさんと雑談をしている時にこう言われた。
「鍛冶屋ジョンハンマーに行ってみるといい、きっと勉強になるよ」
鍛冶屋ジョンハンマーと言えば、シュタイン商会やエリーゼ武具店に並び立つ武具の名店、鍛冶師であれば誰もが一度は足を向けるという鍛冶屋だ。
鍛冶屋ジョンハンマーはNPCショップであると聞いていただけに、別に行ってみずともいいかなと考えていた為、まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
「まぁここだけの話、あいつ俺の友達なんだよ」
そういってシュタイナーさんは笑っていた、そしてその後に「この事は内密にな、バレたらミラージュドラゴンにオワタ式で行かなきゃいけなくなるんだわ」と付け足した。
「はい、すぐいってみます!!」
「あっ・・・ちょっ!今いるかはわかんないよ!」
シュタイナーさんが何か言っていたが、私はいてもたってもいられなかった、ジョンハンマーの店主がNPCではなくプレイヤーである、どうすればあのような剣が打てるのか、今はそのことしか頭になかった。
「・・・おじゃまします」
ドアを開いて中に入ると店内には誰もおらず、奥の方からハンマーを振るう金属音だけが響いていた。
店内を見回すと武器や防具がそこらじゅうに並べてある、何気なくショートソードを手に取り鑑定をすると「鋼鉄のショートソード++」と書いてある。
性能は私が作った失敗策とは最早天地の差があった、引き抜いて見るとNPCショップなどで買った剣などとは比べ物にならないほどになめらかに剣身が姿を見せた。
負けだとか勝ちだとか、比べることすらおこがましくなる程に、この店に並んでいる武器も防具も洗練された物ばかりだった。
店の中を物色していると奥の扉が開き店主が姿を現す、あの時に見かけた壮年の男性が出てくる、その人が店主なのか。
「あっ・・・おじゃましています」
「・・・いらっしゃい」
私が挨拶をすると低い声で挨拶を返してくる、こちらを一瞥しすぐに興味をなくしたように手元のおそらく鞘であろう木の塊に目を落とす。
カウンターで皮を広げたりしているところを見ると、どうやら仕上げのための鞘を作るのだろう、私はとてもラッキーだこんなに近くで職人の手元を見れるなんて、カウンターの近くまで行って手元を覗き込む。
その素晴らしい技術に感嘆する、すごいとしか言い様がなかった、銀に彫り込まれていく模様はまるで芸術作品のように上品で、しかし華美過ぎない。
ポメルの装飾には真兪を使ったり革は扱いが難しい黒王牛の革を使ったりと、技術がこれでもかという程に詰め込まれている、鞘だけでここまで出来るなんてと驚いた。
「なにか・・・用か」
「えっ・・・いやあの・・・」
急に話しかけられて焦ってしまう、もしかして邪魔だったろうか。
「まあ・・・なんでもないなら良い」
そう言って店主は店の奥に引っ込んでしまう、気分を害してしまっただろうか、少し泣きそうな気分になりながらどうしようと焦っていると、奥から剣を片手に店主が戻ってくる。
またカウンターに腰掛けると剣に油を引いていく、油は何を使っているのだろう、私が使っているような安い油ではないことは確かだ。
油を敷き終わったようで剣を掲げて出来栄えを見ている、その瞬間私の目は剣に釘付けになった、それこそ息も忘れる衝撃とはこのことを言うのだろう。
美しい剣身は薄く光を纏い、血溝に彫られたルーン文字は一際目立つように光を放っている、そこに鍛冶の真髄を見たような気になってしまう、この剣がまるで生きている様に、呼吸をしているかの様に錯覚する。
「上鋼鉄のヴィーキング・ソード+」
「えっ?」
「ルーンが美しいだろう」
「あっ・・・はい!」
薄く笑った顔に見とれてしまう、中身はもしかしたら女性かもしれないし、似ても似つかない容姿かもしれないが、しかし私はこの人に惚れた、ひとりの人間として、今はエルフだが。
「あの・・・お願いがあります」
「・・・なんだ?」
「私を弟子にしてください!!」
体が、口が勝手に動いていた。
思わず土下座の形をとり、思わず口を出てしまった言葉。
弟子入りをいきなりお願いするなんて、きっと断られるだろう、しかしそんなこと関係ない、何度ここに通ったって良い、絶対に弟子にしてもらう、この人に認めてもらう。
沈黙が重い、やっぱりダメだろうか。
「いいだろう・・・来な」
「っ・・・はい!!」
やった!
やった!!
やった!!!
嬉しくて顔がニヤけてしまうのを必死でこらえながら、工房であろう部屋に入っていく店主をいや「師匠」を追いかけていく。
ここから私の鍛冶の道が始まった、不安はある、師匠に見捨てられたらとか才能がなかったらとか、でも今はそれよりも弟子になれた嬉しさが勝っていた。
この日を境に「鍛冶屋ジョンハンマー」に看板娘が現れることになる。
今まで以上に客が訪れ、中には看板娘に「どうやって弟子になったのか」を聞く者もいたが、彼女は薄く笑うだけで何も答えなかった。
そうまるでNPCの様に。
たくさんの方にこの小説を読んでいただき本当にありがとうございます。
こんな拙い文をお気に入りに入れてくださった方も、50人近くになりました。
9月24日九時現在
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といった感じになっております。
これからもご愛読よろしくお願いします。
内容の修正をおこないましたのでご報告します。
「エリーゼ武器店」→「エリーゼ武具店」
「シュタイン武具店」→「シュタイン商会」
に変更いたしました。
既読の方を混乱させるような形になって申し訳ございません。
感想頂いた方、気付き次第返信いたしました。
貴重な時間を使いご感想を頂けたこと、ここを借りて感謝を申し上げます。