その男NPC?
その男の正体を確かめてやろう、そんな話になったのはクランのメンバーとの会話でだった。
[鍛冶屋ジョンハンマーの店主はNPCである]
これはリアローフオンラインをしている人間なら誰しもが知っている、そんな鍛冶師の男にまつわる噂で、掲示板などで実しやかに囁かれている所謂都市伝説的な噂である。
その男が本当にNPCなのか、それを確かめて一躍有名クランになってやろうという浅ましい考えからのことだが、皆気になっているのは確かなことで、自分自身非常に気になるところだ。
ジョンハンマーは狼通りの八番街に存在する。
八番街というのは、裏通りに存在する商店街で非常にニッチな店が多く、例えば「ケリーの藁人形店」は呪術に欠かせない大小様々な藁人形を売っている店だったり、「ハンマー細工店」はハンマーにしか細工をしないという人を選びすぎている彫金店だったりと、兎に角個性的な店が立ち並ぶ商店街だ。
その一角にあるのが鍛冶屋ジョンハンマー、そこの店主はジョン・バレル、この人が件のNPCではないかと疑われている男その人である。
どうも私は、この男がNPCではなくプレイヤーではないかと思えて仕方ない、何故なら目撃証言が結構な量報告されているからだ。
曰く「ボスと一人で死闘を繰り広げ勝った」だとか「見たこともない装備を付けて街を闊歩していて、突然消えた」だとか、まぁ真偽は置いておいてもこれ程まで目撃証言が出るのもおかしい。
まあそれ以上に、その証言の内容が余りにも現実離れしすぎていると言うのも、男のNPC説に拍車をかけている。
「どう思う?マリア」
「わからないけど・・・かっこいいとは思うわ」
「君はおっさん好きだったな」
となりにいるのはマリア、ウェーブのかかった金髪にメリハリのある体、優しげな目に扇情的な泣きボクロ、微笑みを常にたたえた薄い唇、間違いなく美人と言える女性だろう。
現実となんら変わりのない姿、少し嫉妬してしまいそうだ、私の顔は可愛げがないし少しキツすぎる印象がある、髪もクセのないストレートで色気もなく後ろで一つにくくっている、ゲームの中ぐらい可愛くしたかったが、なんだか恥ずかしくていじらないまま来てしまった。
『武器が初期装備のままでちょうどいいから、お前たち行ってついでに武器も新調してきなさい』
うちのクランマスターに言われては逆らえない、それにかの有名な鍛冶屋の武器というのがどういうものなのか、すごく気になる所だ。
「確かこの通りの奥だったな」
「ええ、あの鉄のプレートがかかってるところじゃない?」
窓から中を覗き込むと、奥のカウンターに腰掛けている男が目に入る。
手元の本に目を落としているのが見える、このゲームに本というものは無いはず、それなのにこの男は本を読んでいる、一体どういうカラクリがあるのか、それとも他のNPC同様そういったオブジェクトなのか。
「いらっしゃい」
カランカランと気持ちのいいベルの音を鳴らしながら扉をくぐると、店主はこちらに目を向けることもなく低く渋い声で来店の挨拶を投げる。
「プレイヤーらしくないな」
「確かに、普通印象を良くしようとするものだけど・・・」
「そういう意味では確かにNPCらしいな」
小声で二、三言話したあとにカウンターへ近づいていく、一向に店主はこちらに目を向けてこない、そのままカウンターの前まで歩いていき話しかける。
「すまないが店主のジョンさんかな?」
店主がようやく目をあげて視線をこちらによこす、その目は鋭くまるで一流の戦士のよう、ここまで鋭い雰囲気を持つ人はこのゲームでもなかなかない、ロールプレイの可能性もあるがただロールプレイでここまで鋭い目をできるものだろうか。
店主の目が私とマリアを往復する、普段向けられるようなどこか熱のある視線ではない、どこか見定めるようなすべてを見透かすような視線に、自然と体が引き締まる。
「・・・そうだ」
「少しお聞きしたいことがあるのだが・・・」
「なんだ?」
やはりプレイヤーキャラとは思えない、普通のプレイヤーならリピーターになって欲しい、できればお金を落として行って欲しい等色々と思惑があって接客をするはず、しかしこの店主は一切その気がない。
「私がレベル39で彼女が42なんだが、今行き詰っていて武器を新調したいんだ、いい武器はあるかい?」
「金色は騎士、黒いのは軽戦士か」
「そうだが、よくわかったな」
「・・・鍛冶師だからな」
見抜かれた、こちらを一度見ただけで見抜かれるとは思わなかった。
マリアと目を見合わせる、やはりマリアも驚いたようだ、このようなことは初めてだ、戦闘中に「解析」で職業等を知ることはできるし、鎧や持っている武器で判断も可能だが、今日は普通の服で武器しか持っていない、すごい人だ・・・。
「黒いのは戦士だから、おすすめなのは鉄のブロードソードに鋼鉄のショートソードだ、見たところ両方粗鉄製のようだな、取り敢えずショートソードを鋼鉄にかえて40まで上げてから鋼鉄のブロードソードに変えてもいいだろうし両方鋼鉄のショートソードでもいい、そこは好きずきだ」
「ふむ・・・なるほど」
「金色は騎士だな、騎士なら鋼鉄のハンド・アンド・ハーフソード別名鋼鉄のバスタードソードか聖銀のロングソード、盾は三本交差剣のカイトシールドか二本交差剣のヒーターシールドだな、戦闘タイプを考えて好きなように選ぶといい」
「はい、わかりました」
店主は説明を終えれば直ぐにカウンターに戻って座り込みまたあの本を広げている、ペンを持って何かしているのが見える、おそらくあれはメモ帳か何かなのだろう、その動きを見ていてもNPCにしか見えない。
どことなく感じる人間臭さ、しかしそれを吹き飛ばしてしまう無愛想さで、なんだかどうでも良くなってきた、NPCだとかプレイヤーだとかこの人には関係ないのかもしれない。
「決めた、鉄のブロードソードに鋼鉄のショートソードにするよ」
「私は鋼鉄のロングソードと二本交差剣のヒーターシールドにします」
「毎度あり」
お代を確かめもせず受け取る、その時もこちらに目を向けずメモ帳に何かを書き込んでいる。
「またどうぞ」
出る時に言われた言葉を背中に受け、外に出ていく。
「なんだか、不思議な人だったな」
「NPCとかプレイヤーとか、吹き飛ばしちゃう人だったわね」
マリアがクスリと笑っている、今日はいい買い物が出来た、あそこの常連になる気持ちもわからんでもない、なんだか認められたいと思わせる人だった。
今はそれでもいい、そのうちわかる、そんな気がするから。
路地を歩いていく二人の後ろ姿には、行きのような緊張感はなく、晴れた空と同じく清々しさがあった。
三名もの方から「ハクナマタタ」をいただきました。
その声におこたえして、ここからは数回にわたり「勘違いした方」を中心に書いていこうと思います。
本編に戻るまで今しばらく、お待ちください。