年明け
独特の雰囲気があるものだと思う。年末というのは。どことなく落ち着かないというか、世間様が慌ただしいのにつられて、自分も慌ただしくなるというか。兎に角この年の瀬というのは、普段とは違う雰囲気がある。
リアローフオンラインの中でも、新年に向けてゲーム納めをする人たちでごった返していた。中には、大晦日から年明けまでをゲーム内で過ごす猛者もいる。大晦日を控えた28日までは、恐ろしいほどのプレイヤーで溢れかえった自由国家の街も、今は落ち着きを取り戻し、このゲーム独特とも言える熱気に包まれている。中央広場には多くの人が集まり、年が明ける瞬間をいまかいまかと待ちわびている。
特に年が明けても何もないのだが、何かしらのイベント事がある度に、中央広場に少しづつ少しづつ人が増えていき。気づけば広場を埋め尽くすほど、プレイヤーが集うようになった。
そんな喧騒から遠く離れた狼通りの八番街。普段から人通りのあまりないこの通り、今日は輪をかけて人が少ない。そんな通りの鍛冶屋には、closeのプレートがかかり、カーテンが閉められ、店内をうかがい知ることはできない。かろうじて漏れ出てくる明かりが、中に誰かがいることを示していた。
薄暗い店内には、静かな時間が流れている。遠くから聞こえてくる人々の声、時折店の前を歩いて行くプレイヤーの足音。壁に掛けられた時計が時を刻み、ページを捲る音と、普段に比べると小さな金属音。
カウンターに腰掛け手元で作業を行っているのは、この店の店主ジョンだ。昼間までは数多くの依頼を捌くために、一心不乱に武器や防具を打ち続けていた。今は一段落し、手慰みに小さなレリーフに彫金を行っている。
傍らの定位置には弟子であるアリスが腰掛けている。アリスは今日行った仕事の内容を確かめ、時折何かメモを取りながら注文書とにらめっこしている。
会話もなく、ゆったりとした時間が流れている。最近は弟子が一人前に鍛冶ができるようになってか、質問するよりも見て盗むことが多くなり、二人の会話は少なくなってきている。アリス宛の仕事も増え始め、ジョンとしては嬉しいやら寂しいやら複雑な気持ちだ。しかし、こうしてともにいる時間を幸せだと感じている自分がいる。それはアリスとて同じことだった。
ふとジョンの彫金の手が止まる。ボーンと壁掛け時計が鳴り、年明けまであと僅かであることを示す。今年もまた無事に過ごすことが出来た。色々なことがあったがどれもいい思い出だ。来年も再来年も、同じように毎日が続けばいいと思う。時計をぼんやりと眺めていると、視界の端に笑顔の弟子が写った。
「どうした?」
「ふふっなんでもないですよ師匠」
不思議そうにジョンは首を傾げる。アリスは嬉しくて仕方なかった、そしてなによりあの時辞めないでよかったと思う。一度は逃げ出した自分を信じて待っていてくれたジョン。感謝しても感謝しきれず、今でも時折思い出してはジタバタする。
そして自分が今、ジョンの横に居られることを嬉しく思う。視線を時計に戻しじっと見つめる師匠を、アリスは微笑みながらみつめる。そんな優しい時間がすぎる。
「アリス」
「はい、なんですか?」
「鍛冶は、好きか?」
「もちろんですっ!」
満面の笑みで答えを返すアリスに、ジョンは照れくさくなって視線を外す。「そうか、ならよかった」そう口にしながらまた彫金をすすめる。アリスはといえば、ニコニコしながら師匠であるジョンの姿を盗み見ていた。
だんだんと中央広場のほうが騒がしくなっている。もう長針は9を指し、いよいよ年が明けようとしている。
「急げ急げ!間に合わなくなるぞ!」
「待てって!!」
そんな声を上げながら店の外をプレイヤーが走り去る。中央広場では様々な年越しイベントが開かれており、何でもミスコンテストも行うらしい。弟子のもとにもオファーが来ていたが、弟子はすぐに断りを入れていた。もちろん鍛冶をしている時の格好も素敵だが、着飾ったアリスを見てみたかったジョンとしては、密かに残念に思っていた。もし出るとなれば、あの素晴らしく美しい形をした二子山をきっちりと強調した、美しいドレスアーマーを仕立てたというのに。人生とはなんともうまくいかないものである。しかし、その姿をあまり見せたくないなと思う、なぜかは分からないが、見せたくはない。
また訪れる静寂、決して重いわけではなく、自然なままで居られる、ここちの良い空間。もっと話してみようかとも思うが、この空間を壊したくなくて、つい言葉を収めてしまう、そんな二人だ。
長針が11を指して、もうすぐ本当に年が明ける。
「師匠は、なんで私を弟子にとってくれたんですか」
不意にアリスが口にした言葉。自分に対して問いかける言葉。決して怯えたような声ではない、決心を固めたわけでもなく、純粋な疑問の言葉をアリスが口にする。
アリスは今までのジョンのあり方を見て、この人にとって自分は邪魔なんじゃないかと考えていた。当然邪魔にするような人ではないと分かっていた、それでも何故自分を弟子にとったのか、純粋に聞きたかった。
「何故か……逆に何故アリスは俺の弟子になろうと思った」
聞き返されてアリスは少し考えた様子を見せる、顎に人差し指を添えながら首をかしげる。あざとい。
「師匠が良かったからです」
そして思いついたように、ニコニコ笑顔で答える。
「つまり、そういうことだ」
「……?」
いまいち意味の理解できないアリスの頭には?が一杯になる。つまりどういうことなんだろう。そう思いながら、しっかり考え、そういうことなんだと理解した途端。顔を赤らめながらニヘラと顔を崩す。
「そういうことですか!」
「フッ……そういうことだ」
ボーンボーン
鐘が12回鳴り響く。とうとう年が明けた。
「あけましておめでとうございます師匠」
「ああ、あけましておめでとう」
二人が向き合い、新年を喜ぶ挨拶を交わす。
「今年もよろしくお願いしますね!」
「ああ、こちらこそな」
そう言ってジョンは自分の手に持っていたものの仕上げにとりかかる。ラピスラズリの嵌められた小さなレリーフ。その彫金を素早く済ませ、金でできた細身の鎖を取り出す。
その鎖に小さなレリーフを通し、ネックレスにする。
「後ろを向け、アリス」
「はい」
なんの疑いもなく、アリスはジョンに背を向ける。ゆっくりとした動作で、アリスの綺麗な肌を傷つけない様に、ネックレスをかける。
「プレゼントだ」
そう言ってジョンは、アリスの頭をワシワシと撫でる。
「あ……ありがとうございます!凄くすっごく!嬉しいです!!」
「そうか」
短く返したジョンは、また目線をそらす。
こうして、二人の年明けの夜は更けていった。
これからも一緒にと、互いに願いながら。
オヒサシブリデス
ホントニヒサシブリデス
今年はなるべく更新します
待たせたな!Mr.Suicideだ!!
愛してるぞお前ら!!




