脳筋と少女の話
あの男を一言で表すとしたら「馬鹿」が一番あっているだろう。ダイナスと書いて馬鹿と読む程度に、あの男は馬鹿だと思ってもらって差支えがない。
例えば、戦闘中には僕の静止も聞かず前線に飛び出し斧を振り回す、周りの迷惑を考えろと何度行っても馬の耳に念仏だ。買い物に行けば財布を忘れ、よくつけにしてもらい僕が払いに行って、ついでに謝ってくる。喧嘩っ早い方で、団員と衝突した際には誰よりも早く手が出る。兄貴肌なやつだから、ついつい新人のプレイヤーの世話を焼いて、大事な騎士団戦を忘れて遅刻してくる。もう出会って2年だと言うのに、未だにあの男は、僕のことを男だと思っている。
上げていけばきりがないが、あの男は兎に角頭が悪い。しかし、不思議なことにあいつの周りには人が集まり、そのすべての人が同じくあの男を慕っている。
あの男、いやもうあいつでいいだろう。あいつと出会ったのは2年前のことだ。僕がこのゲームを始めた時に、たまたま騎士になるためのクエストの情報を聞いたのがきっかけだった。僕の容姿は男に見えるらしく、男とあいつが勘違いし、気を使われるのも嫌だったからそのままにしたら、そのまま勘違いしたままでいる。ここちの良い距離感ではあるのだけれど、まあ一応女であるし、結婚なぞというふざけた名前ではあるが、特典の受けられるシステムが有るのだから、あいつが男で僕が女なのだから利用しない手はない。他意はない。
他意はない。
さて、ここまであの馬鹿の話をしてきたわけだが、一度だけ現実世界で会ったことがある。髪と目の色が違うぐらいで、大きな体をしていたのを覚えている。あの時に確かに、僕は女性らしい格好はしていなかった。ジーンズを履いていたし、見方によっては女性にも男性にも見える格好であったことは認めるが。しかし、僕の髪型はゲームとは違い長髪だった。ゲームの中なら確かに短いショートカットであるから、百歩譲って、いや千歩譲って男だと勘違いされてもおかしくはないだろうが、あの姿を見ていれば気づくはずだろう。
だからあいつは馬鹿で十分なんだ。
騎士団の詰め所が見えてくる。寒々しい帝国の一角にその騎士団のたまり場は存在する。一年を通し寒いこの国は、工業と戦いの国だ。国の中心には大きなコロッセウムが存在し、寒いゆえに出店の数は少なく、道の人通りも少ない。その代わり乗合馬車が多く走り、人々はそれに乗って移動し生活を送っている。
どこか陰鬱とした空気の漂うこの国は、石組みの家が立ち並び、その町並みから雪と灰の国と呼ばれている。また、この国は戦いの街としても知られ、多くの傭兵団が存在している。年に一度開催される武を競う大会には、世界各地から人が集まり、その鍛えた武を披露する。その時ばかりは、雪に埋もれているこの国も活気付き、出店が多く立ち並び人々が街を闊歩する。
エルレイ騎士団の詰め所は、いつも笑いにあふれている。その中心にいるのは決まって、大きな戦斧を引っさげた男だ。豪快な笑い声を上げながら、昼間っからエールを片手に語らっている姿は、このゲームで最強と呼ばれている騎士団のNo.2には見えないだろう。帝国は寒い国であるから、体温を上げるために酒を飲むのは良くあることだ。全員が楽しそうに酒を酌み交わす、しかし未だ時計は12を指している。つまり真っ昼間から飲んでいるのだ。
「君たち、堕落し過ぎだぞ」
「ガッハッハ!そんなみみっちい事言うなよ団長!!こっちで一緒に飲もうぜ!」
「……遠慮しておく」
こめかみを抑えながら、拒絶の言葉を零したのがこの騎士団を纏め上げる団長、エルレイだ。背が高くスラっとした体型、短く切りそろえられた髪、中性的な顔、声はハスキーボイス。まさに「イケメン」といった姿の、れっきとした女性である。
彼女にとって今までの人生で、女性として扱われたことが殆ど無い。あっても両親からの対応ぐらいのもので、学校では幼い頃から男女とからかわれ、中学生になってスカートを履いた時に、冷やかされたのが今でも彼女の心に引っかかっている。高校はそんなこんなで男子が嫌いになり、女子校に行ったが、今度は同性には異性としての役割を求められた。
いつの頃からか、自分から進んで、男としての役割を受け持つようになった。なんとなく自分こそが、ほんとうの意味で男も女も理解していると思っていた。いや、思い込もうとしていた。
そんな彼女に大きな転機が訪れる。
ダイナスと共に騎士のクエストを進めていく中で、ある時彼女がヘマをし、それをダイナスがかばったのだ。動けなくなっていた彼女の前に立ち、エルレイには持てそうにもない戦斧で敵の攻撃を受け止めている。敵の突進に対してびくともしない、その大きな背中に、エルレイは見とれていた。これが男という生き物なのかと、どこかで安心した自分が居た。自分はこんなことをしないし、しようともしないし、そもそもできない。自分の性別をはっきりと再確認できた瞬間だった。
「おい団長、なにぼーっとしてんだ?」
「いや、なんでもない」
窓辺によりかかり、雪の降る街の光景をどこを見るでもなく眺めていたところに、ダイナスが近づいていく。他の皆は酔が相当回っているらしく、前後不覚な者達が多い。この騎士団の詰め所は、真ん中に囲炉裏のようなファイヤーピットがあり、火がくべられている。その周りには椅子や机が乱雑においてあり、今日は床や椅子に騎士たちが倒れている。実のところ、今日はエルレイ騎士団が名実ともに最強の騎士団となったお祝いだ。先日行われた、国別対抗戦争の結果ヴァルアレイド騎士団とせりににせって、見事優勝を勝ち取った。
エルレイは、なんとなく外を見ながら、ここまでのことを思いかえしていた。騎士団を作りたいという、自分の考えにダイナスが賛同した。気づけば自分の周りには多くの仲間が居て、自分の周りを取り囲んでいた。悩んだこともあった、もしかしたら皆自分ではなく、ダイナスを慕ってついてきているのではないかと。だからこそ、努力した。そして気づけば、隣に立っているのはいつもダイナスだった。
(何だか、変な気分だ)
「なんか変な気分だな」
「えっ?」
エルレイは、自分の考えていた事をダイナスが口にしたことに、心底驚いていた。
「団長に出会って、騎士になって、仲間ができて、気づけば最強の騎士団になってた」
今まで見たことが無いほど、穏やかな顔でダイナスは言葉を紡いでいく。
「団長に、お前に出会ってなければ、このメンバーで馬鹿騒ぎすることもなかっただろう。こうしてお前と話すこともなかったわけだ。そう思うと、つくづく出会いってもんは不思議なもんだ」
喉を鳴らすように、ダイナスが笑う。
「僕は、君に感謝しているよ」
「は?お前が?俺に?」
「ああ……君のお陰で、僕はここを楽しめているんだ」
花が咲いたようだと、ダイナスは思う。こいつは本当に、美しい造形をした野郎だと思っている。時々、まるで女のような艶を感じるときもある。こうして目を細め、すこし歯を覗かせる形の良い唇を弓型に釣り上げる笑顔に、ダイナスの胸が早鐘を打つ。その度にダイナスは、こいつは男だと自分に言い聞かせる、無駄な努力をしている。
「ふーん、そうかい……っま、その言葉はもらっておくぜ」
「ああ、そうしてくれ」
穏やかな二人の会話と、どことなく漂うその甘い匂いに。ねたふりをした団員たちは固唾を呑んで見守っている。皆知っているのだ、二人が惹かれ合っていることを。自分達をここまで引っ張り、連れてきてくれた二人が幸せになるのが、団員全員の願いなのだ。そして、皆が皆思っているのだ、できることならもう暫くの間、あの馬鹿が真実に気付きませんように、と。
つまる所、あの男は馬鹿なのだ。
なんか最近恋愛系の話しをよく書いていますが
妄想です
23歳独身、彼女いない歴年齢系男子の妄想です
妄想です




