斧槍使いの話
今でこそ斧槍使いもポピュラーなものとして、プレイヤーの中に浸透してきたが、ゲーム開始当初は全く注目されない武器であった。見た目の良さから、一時期ははやりを見せたものの、その扱いづらさにプレイヤー達は離れていった。それに拍車をかけたのは、剣や槍といった武器を扱うトッププレイヤーたちが現れた事だ。やはりそこまで行けるというのが目に見えている、更にその戦闘スタイルに魅せられ、憧れるプレイヤーたちがこぞってオーソドックスな武器に手を伸ばした。また、生産系プレイヤーが少ないせいで、斧槍の取り扱い数があまりにも少なすぎたというのもひとつの理由だろう。
ビジュアルや性能の面で、多くを選べる剣や槍と、選択肢がほぼ無いと言っていい斧槍、どっちを取るべきかは火を見るよりも明らかだ。生産系プレイヤーにしても、客として分母の少ない斧槍を作るよりも、分母の大きいオーソドックスな武器を作ったほうが、当然儲けとしても良いこともあり、斧槍を作る、作れるプレイヤーもそう多くは無かった。
そんな中、一人のプレイヤーがリアローフオンラインの世界に名乗りを上げることになる。巧みに斧槍を操り、敵をなぎ倒していく姿は、まさに勇敢な戦士であった。時に突きを繰り出し、なぎ払い、切り裂き、叩き割る。苛烈なその戦いぶりは、多くの人間の心に火をつけた。その者達の目に焼き付いてはなれない、斧槍を片手に戦場を悠然と歩いて行く姿。冒険者らしい厚手のマントを靡かせながら、漆黒の斧槍を片手に魔物を狩るその背中に、見た者の心を熱く燃え上がらせる。
「……らしいよ?」
昼下がりのカフェテリアで、雑誌を片手に持った女が、連れ合いの男に話しかける。男は椅子に腰掛け、刃の黒い斧槍を抱えていて、厚手のマントを身につけている。女の方は聖職者の装いで、腰にメイス等はなく、代わりにグリモワールがくくられている。
「恥ずかしいからやめてくれ」
「やっと有名になってきたんだから、喜びなよー」
明らかに馬鹿にしたような声色で、栗毛の女は男をちゃかしている。ベネツィアを模した都市の一角の広場にある雰囲気の良いカフェテリア、その喧騒の中で頭を抱える男を見て女は楽しげに笑っている。
男はとある鍛冶師から武器を作ってもらってから、ただひたすらに斧槍の道を極めてきただけだった。突きが弱ければ突きを繰り返し練習した、なぎ払いが遅ければ素早く回す練習を繰り返した、叩き割る力が弱ければ岩を砕くまで叩き続けた。その鍛錬の日々の中で、男は様々な発見をし、様々な強敵と戦ってきた。何度も何度も負けた、何度も何度も悔しい思いをした、けれど男が折れなかったのは、男のプライドと勝手にした男の約束を守るためだった。自分のために、金も取らずに最高の武器を用意してくれた男のために、この馬鹿な男はトッププレイヤーにまで上り詰めた。
「はいはい、嬉しい嬉しい」
「あー!またそうやって逃げる!ホントはすっごく嬉しいくせにー!」
女は指で男の頬を突きながら、また楽しそうに笑う。男は照れているのを悟られまいと、煩わしそうに女から顔を背ける。
嬉しくないわけがなかった。
自分がかつて憧れたように、その憧れに自分がなっている今に、喜びは大きい。自分の所属していたクランに、自分を目指す先として入ってくる者達が居る今に、充実感は大きい。幾多の死線をくぐり抜け、自分の腕と武器だけで駆け抜けていく日々は、現実では得ることのできない刺激にあふれている。
「……よかったね」
「……ああ」
女は知っている。
何度馬鹿にされようと、ひたむきに続けた男の努力を。女は知っているのだ、努力と経験の上に、今の位置に男が立っていると言うことを。
男は知っている。
何度他人に誘われようと、自分の夢を理解しついてきた女の思いやりを。男は知っているのだ、女が居たから、今の位置まで駆け上がることができたということを。
この二人の名を知らないものは、そう多くない。たった二人のクラン「リッターオルデン」を旗揚げし、たった二人で大手クランにも引けをとらない活躍をしている。元々は別の中堅クランに所属していたが、理由あって、その頃からバディーを組んでいた二人は独立した。
阿吽の呼吸といえる二人の連携は、類まれなるほどに洗練された物で、とある騎士団のツートップを彷彿とさせる、素晴らしい戦いぶりだ。
「あ、またクランへの申請来てる」
「またか、困ったもんだ」
男達のクランに入りたいという者は後を絶たない。主に斧槍を使用するプレイヤーが多くを占め、中には斧槍を始めたばかりだから、レッスンを目的として加入を求める者も多い。最初の頃は、一人ひとりに付き合っていたのだが、あまりにも多い人数に音を上げ、二人だけのクランに戻し、希望者を時々指導するだけにとどめている。
後継を育てるにしても、まだまだこの世界は多くが未開の地だ。自分ももっと先へ進まねばならないのに、ここで立ち止まっていられる程、男は気の長い質ではない。
「この街なんでしょ?」
「んー、ああ」
「会いに行かないの?」
「会いたいが、まだの気もする」
男がこの自由国家に居るのには理由がある、そろそろ先へ進むのが辛くなってきて、武器を新調したくなってきたから、この国やってきた。
自分は胸を張って会えるだけの男になれたのか、自分程度が友人ヅラして行ってもいいのか。まだまだこの武器とともに先に進めるんじゃないのか、自分の腕が未熟だから、この武器の最高の性能を使い切れていのではないか、そんな考えが男の頭をよぎる。
「ハー……君の悪いところは、自分に自信がないところだと僕は思うな」
「うるさい、自分の尊敬する人なんだ、情けないと思われたくないんだよ」
「わっかんないなー、ダチだって思ってくれてるから、ソレもらったんでしょ?」
男がハルバードを握っている逆の手の中には、鎚の刻まれたレリーフが握られている。
「じゃあ君は、ダチが訪ねてきて嬉しくないの?」
「そりゃあ嬉しいさ」
「じゃあきっとその人も喜んでくれるよ」
女は頬杖をつきながら、悩んでいる男を見つめる。この男が迷っているときは、兎に角そばに居て見ているだけでいい。きっとそのうち答えを出して、自分の望む、そして女も望んでいる道へと進んでいくのだ。だからこそついていく、自分が前を歩いたって意味が無い、女は男の背中を見ながら歩くのが好きなのだ。
「……行くか」
「うん、行こう」
二人は立ち上がり、喧騒の中へと足を踏み入れ、紛れていく。くだらない話をしながら、その店へと進んでいく。水路にかけられた橋を渡り、水路沿いに並び建つ家をくぐり、大きな聖堂を横目に見ながら広場を横切る。
あちらこちらで、商人たちの大きな声や、吟遊詩人の優雅な歌声が響く。昼間から酒を飲んで馬鹿話に花を咲かせる冒険者や、熱心に露天を見て回る見回りをサボっている騎士。忙しそうに材料をかかえて走り回る料理人や、ゴンドラに乗りながら観光をしている他国の者。そんな街をゆっくりと歩いて行く。
「ねえ、そのうちここを拠点にしようよ」
「そいつはいい考えだな」
「でしょ~?初めて来たけど、僕ここの雰囲気好きだな」
「俺もだよ」
他愛のない会話をしながら、二人はしばらく歩き続け、狼通り八番街と書かれた看板をくぐる。少し空気の違う通りを進んで、四軒目の左側、三本の交差した剣が描かれた看板を前に少し呼吸を整える。
カランカランと、ベルが騒ぎ立てる。
「いらっしゃいませ!」
前来た時は居なかった、エルフの店員が男たちを迎え入れる。掃除をしていたようで、エプロンに三角巾、右手のはたきが随分と様になっている。
「ジョナサンか、よく来たな」
奥から男が出てくる、あの日と何ら変わらない態度で、まるでつい昨日あったかのように気安く、鍛冶師は言葉を投げかける。
「はい、また来ました、ジョンさん」
おひさしブリーフ
活動報告見てくれた人はは知っていると思うが入院したり仕事始まった人です。
生活面も落ち着いてきたので、ぼちぼち更新します。
あと二話ぐらい閑話入れます。




