黒鉄のハルバード
「なぁ、あんたはハルバードを作れるか?」
その日来た客は珍しい注文をしてきた。
もちろんハルバードは作れるし++まで作れる程度には打ったことがある。
しかし需要は正直低い、何故なら冒険者としては使いにくいからだ。
冒険者は基本的にパーティを組んで戦っている、盾を構え前線で注意を引く騎士、剣を持って勇猛果敢に敵に襲いかかる軽戦士、攻撃をものともせず敵に武器を叩きつける重戦士、死角から攻撃し敵の注意をそらす盗賊、遠くから時に敵の視界を奪い時には行動力を削る狩人、後方から敵に高火力を叩きつける魔法使い、皆のステータスを常に気にし補助をする魔術師、自らも前線に立ちながら回復もこなす神殿騎士、回復に重きを置く僧侶。
このようにパーティには様々な人間が参加する、つまり周りに人が多いのだ、そのためショートスピアやアールシェピースといった「突き」に重きを置いた長柄武器を使うものは多いが、なぎ払いや切りができる長柄を求めない傾向にある。
何故なのか、考えても見て欲しい密集した人間の中で長柄を振り回す人物の姿を、正直言って邪魔でしかないだろう。
このゲームはフレンドリーファイヤが存在する、つまり味方に攻撃があたってしまうのだ、そんな中で攻撃範囲の広い長柄武器を振り回されたら防御の薄い軽戦士等はたまったものではない。
更に迷宮などに潜れば余計に攻撃範囲が狭まってしまう、つまりなぎ払いや切りつけは出来なくなってしまう、ともすれば最初から突きに重きを置いた武器に偏ってしまうのは仕方ないことと言えるだろう。
わざわざ重くしてまでいらない機能を付けるよりも、軽く実用的によりシンプルに、これが最近のリアローフオンラインの中での常識であった。
しかし、ハルバードは別だ。ハルバードは多数対多数に向いた武器であり個人ではその力を発揮できない、その代わり高い練度を要求されるが。
だがどのみち茨の道だろう、突きには速さで劣り、叩きつけには力で劣り、切りつけでは手数で劣る、その全てをモノにしてこそハルバードは真の姿を見せる、正にロマンだ。
「・・・作れるぜ」
「そうか・・・作って欲しい」
「いいのかい?」
「ああ・・・ロマンだから!」
「気に入った、作ろう」
お客が驚いた顔をしている、それもそうだ、第一俺の今の容姿は寡黙な鍛冶師、ムキムキな体に職人を思わせるおっさん顔、蓄えたヒゲに頬に走る刀傷。
そんなおっさんに気に入られたら普通の人はケツの心配をするだろう、このお客もそんなふうに考えたのだろう。
「ありがとうございます!!」
「んむ」
驚いた、死ぬほど驚いた、客のけつの心配をしてたらいきなり大声を上げてきた、感謝するのはいいがもうちょっと声を落として欲しい、《無口》が無ければ悲鳴を上げていただろう。
それにそんなに感謝するほどのことだろうか、エリーゼあたりにでも頼めばいいだろう、あそこの奴等は面白いことがあればなんでもやる奴らばかりだから。
「本当にありがとう!誰に頼んでもレシピを持ってないの一点張りで・・・本当にありがとう!!」
「そうか」
レシピを持ってなかったのか、それは仕方ないな、レシピはかなり取得条件が特殊なものが多いからな。
ちなみにハルバードは、鷲通り三丁目にあるコロム古書店に夜の八時から九時に渡って来店している「コリン」というコロムじいさんの息子が欲しがっている、ウィンドスピア++を渡すことで手に入る。
あのレシピは面倒くさかった記憶がある、何よりコロム古書店に行くのが難しかった、夜の街はファンタジーに溢れすぎである。
「スピアーヘッドは黒鉄、ポールは紫檀だ」
「そんな!」
何をそんなに驚いているのだろう、俺はこいつが気に入ったが、これでもダメならウーツ鋼でも引っ張り出すか。
「そんなにいい装備お金が払えません!」
「気にすんな、俺が作りてえんだ金はいらん」
なんだ金のことか、そんなもんそれなりに困らない程度には持ってる、俺はこいつのロマンを追い求める姿に惚れた。
抱かれてもいいとまではいかないが、贔屓にしてやろうと思う程度にはコイツのことは気に入ってる。
「・・・っありがとうございます!」
「そいつは俺の武器で迷宮潜ってからいいな」
「はい!」
気持ちのいいやつだ、こんなやつが増えてくれると嬉しい、俺が鍛冶屋をやるようになって感じたことはいくつかあるが、その中でも強く感じたのは「無茶をする奴」が減ったことだ。
この世界はリアルなゲームだ、確かにリアルすぎる部分は多いがしかし所詮ゲームだ、現実世界で命をかけて獣と戦ったり広大なマップを走り回ったり、難解な迷宮に挑戦したり。
ましてや剣を振り回すなんてことは一部を除いて出来るはずがない、そんなゲームでやれ「うぃき」だやれ「効率」だと騒ぎ立てて他人に押し付けるってのは、どうも俺は気に食わない。
やりたいことも、やりたくないことも、自分で決めりゃいいことだ効率大いに結構でもそれを他人に押し付けちゃ面白くない。
「番号札替わりだ、もってけ」
「これは!・・・でもこれって!」
「いいんだ、お前は俺のダチだからな」
こいつには俺の店に自由に出入り出来る「鎚の紋章」をやっておこう、俺が客と会いたくないときでも友達なら簡単に入ることが可能になる。
そういうふうに調節できる「鎚の紋章」こいつにとはいい酒が飲めそうだ、もっともこのゲームの中じゃ酒を飲んでもバッドステータスが付くだけだがな。
ダチを追い出して鍛冶の準備にかかる、今日やる事はあったが急ぐほどのことでもない、それに遅れようが怒るような奴ではないし、むしろロマンを追う同士が見つかったことを喜ぶだろう。
そんなことを考えながらほごに火を入れていく、少しずつホドが暖かくなっていくにつれ室温も上がっていく、こんなとこもリアルなのがリアローフオンラインといっても過言ではない。
今日は鋼よりも硬い黒鉄だ、折れず曲がらずよく切れる、個人的にハルバードにはもってこいの金属だと勝手に思っている。
黒鉄を何度も折っては叩きを繰り返し中の炭素を抜いていく、火花が少しずつなくなっていく、ここが剣を生かすも殺すも決めてしまう。
ここで手を抜けば剣は焼入れをした時に曲がったり折れたりする、中の物質の偏りや捻れをなくすために何度も鉄を打って剣を打つための下地を作る。
打ち上がった鉄をまずはアックスブレードに加工していく、剛性を得るためにランゲットとアックスブレードは一体になるように作っていく。
じっくりと美しい曲線を描く様に形を整えていく、しかしゆっくりしすぎてもダメだ、黒鉄は温度が高ければ高いほど打ち上げた時に固くしなやかになる。
熱いうちに、繊細に素早く打ち上げなければならないという相反する作業をこなしていく、汗をかかないはずなのに全身から汗が吹き出るような感覚がある。
そのまま余った鉄を伸ばしフルークを整形する、ここも叩きつける際に重要な部分だ、しっかりと叩き込む。
叩けば叩くほど、熱せれば熱するほど、この黒鉄は呼吸をしここを打てと語りかけてくる。
打ち上がったアックスブレードを一旦置きスパイクの整形に取り掛かる、ここは突く部分で一番重要とも言える部分だ、ここだけは折れてはいけない、取り回しも考えた長さで40cmでつくる、元々槍使いらしいからこのぐらいがいいだろう。
スパイクを打ち上げやっとアックスブレードの部品が揃った。
出来上がったアックスブレードとスパイクに焼入れを行い、焼戻しを行なっている間にポールを加工していく、このポールも均一に重さが偏らないように、持ち手に歪みが出ないように加工していく。
そして焼き戻しが終わったスピアーヘッドの部品を磨き上げ最終チェックを行う、歪みやムラがでいていないかを確認したあと、ポールにアックスブレードを取り付ける。
しっかりと固定したことを確認しスピアーヘッドをはめ、これもキッチリと固定する。
武器を手に持ち重さにブレがないか、曲がった部分はないか等細かくチェックしていく。
最後に少し大きめなランゲットに剣聖紋章を刻み、もう一度仕上げに磨きを入れ油を引く。
「完成だ」
この日は遅かったので、後日ダチを呼んで手渡してやった。
随分と震えていたのは重かったからだろうか、もうちょっと軽くしてやっても良かったがあいつならきっと、戦場で大活躍することだろう。
そんな姿を思い描きながら、俺は昨日拾った奇妙な石について考えることにした。