普通の師弟
ここは、どうしてこんなにも居心地がいいのだろう。
人間は必ずどこかの社会に参加している。どこかで聞いた覚えのある一節が、私の頭をよぎる。つまりは、人間というものは居場所を求める生き物だ、と言う事だと私は思っている。例え、それがほんの小さな居場所だったとしても、私はこの場所をこんなにも愛おしいと思ってしまう事が、それを裏付けている。
仮想世界の、その中でしか知らない相手。そして、この小さなお店にある小さな椅子。ここに座ってみる風景は、見飽きるほど見てきたけど、不思議といつまでも見たいたくなる。でも、それはきっと、師匠がいるから何だと思う。
お店に戻ってきた後、色々な人からからかわれ、そして叱られた。叱られたと言っても、そのほとんどが、看板娘のいない店なんて面白くない、という言葉だった。中には、仕事を途中で投げ出すなんて、という人もいたが。もっともなことなので、ありがたい言葉と思って受け取った。からかわれた言葉の内容に関しては、秘密にさせてもらおうと思う。
今日は随分と客足が遠い。師匠も今日は、新しく仕入れたレシピを試す為に作業場にこもっている。新しく設置された幻想のホドは扱いが難しいらしく。最初のうちは、あの師匠が失敗を繰り返していた。しかし、最近ではコツを掴んだらしく、ほとんど失敗をしなくなっている。今は全く私には使えないが、いつかはあれを使って鍛冶をしてみたいと、密かに憧れている。普通のホドと違い、神秘的で、独特な雰囲気のある火が灯ると、作業場を幻想的に照らす。その空間に師匠が振るう鎚の音が響き、時にその音に自分の音を重ねると、世界に私と師匠しかいない様な気分になる。ちょっと前までは、後ろで見守ってくれていた師匠の視線が無いのは、ちょっと寂しい。けれど、師匠の隣で鎚を振る事ができるのは、その寂しさを一掃する程うれしく感じる。
変わってしまったことは多いけれど、いい方向に変わることが出来てよかったと思う。
店の中を掃除していく。今日はお客さんも来ないし、私に来ている仕事もない。だから、たまにはお店のレイアウトを変えようと考えを巡らせている。あそこの机はどかしたほうがいいだろうか、ここにある棚にはやっぱり小物を置いたほうが良かったかも。なんて事を考えつつ、お店の中を綺麗にしていく。
カランカランとベルの音が響いて、お客さんがやってきた。三人組のお客さんのようだ。
「いらっしゃいませ!」
「うっわ!マジで可愛いじゃん!」
「なっ言ったろ!?」
「うわっ超好み!」
どうやら、あんまり歓迎したくないお客様が来たようだ。こういう時は、カウンター越しにしか接客をしないように師匠に言われている。カウンターからこちらに入ることはできなくなっているし、私としてもあまり近くに居たいとは思えない。
カウンターに向かって歩いて行こうとすると、進行方向を塞がれてしまった。しかし、決して手を触れることは無い。手さえ出してくれば、悪質なプレイヤーとして通報が出来るのだが、あくまで進行方向に立っているだけでは難しい。
「ちょっと話あるんだけどさ」
「俺らのクラン専属になってほしんだよね」
「俺ら「永遠の闇」っつうクランなんだけど」
「こ……個性的な名前ですね」
このクランについては、何度か耳にしたことがある。なんでも中堅ではあるのだが、あまり素行が良くない事に加え、その独特な名前のかげでで有名になったクランだ。
「やっぱ俺らみたいな強い戦士には、その帰りを待つ女神が必要だと思うんだよ」
「そうそう、俺らのクランだったら君をもっと輝かせることが出来るね!」
「やっぱりいい男には、いい女がつきものだしな!」
特に自分たちに対する評価がとても高く。女性プレイヤーを見るやいなや声を掛けるため「永遠の節操なし」と呼ばれている。有名は有名だが、トップクランの知名度とは全く違い、悪い意味での有名クランだ。
「うちのクランの紹介をするからさ!」
「ほら、おいでよ!」
「すみませんが私はここの従業員ですので、お断りします」
私が黙っているのをみて、勝手に良い方に捉えたようで。話を進め始めた。もちろん、どこかのクランに所属するつもりはないし、この店から出て行くつもりもない。
私が断ったのが衝撃的だったようで、唖然とした顔で私を見ている。三人が三人、私に断られるとは思っていなかったようだ。なぜそこまで自信があるのだろうか。別にクランの話は置いておいたとしても、当然その人にはその人の事情があるのだから、断られることもあるだろう。クランのことは置いておいたとしてもだ。
「いやいや、そんな遠慮しなくて良いって!」
「そうだよ!遠慮しなくてていいよ!」
「もしかして照れてんの~?」
ニヤニヤしながら、三人組は畳み掛けるように声を投げてくる。女性を見るにはとても失礼な場所を彷徨う視線と、その言いぶりに我慢しがたい不快感が沸き立つ。
いつもなら師匠が追い払ってくれるのだが、今日はずっと作業場にいるので、気付いていないようだ。
「お断りします」
再度断ると口々に疑問の声をあげ、また同じような事を言っている。正直に言って迷惑だ。未だに鍛冶の道は半ばだというのに、こんなところで師匠のもとを出て行く訳がない
。
「お断りします!」
「いいじゃん! 俺らのクランで専属鍛冶になってくれたら、素材を集めとかも全部やっちゃうよ!」
「何度も言っているように、私はこの店の従業員です! 他に行くつもりはありません!」
「俺ら有名クランだぜ? その俺らの専属になれたら、アリスちゃんも有名になれるよ?」
兎に角迷惑で不快な人たちだ。っというか、素材集めなんて師匠とお出かけができるというのに、なんでその時間を奪われなくてはいけないのか!そんなの絶対嫌だ。
「あなた方と有名になんかなりたくもない! 私はここで師匠と一緒に有名になりますので、お気遣いなく!」
「おいおい、あんなショボくれたおっさんとなんか無理だって! 俺らのほうがイケてるぜー?」
「呼んだか?」
師匠を馬鹿にされて、頭に血が登って大声で叫びそうになった所で、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。三人組に邪魔をされて見えなかったようで、師匠が立っているのに気づかなかった。
さっきとは打って変わって静まり返った店内。彼らは師匠を振り返ったままこおりつき、私は安堵から動けないでいると。師匠がおもむろに、打ちあげたであろう戦鎚を肩に担ぐ。その姿は、まさに勇ましい戦士のようで。ついつい見とれてしまう。
「ヒィッ!!」
「ッズラかれ!!」
わかりやすい台詞を残し、三人は店を飛び出していった。それを横目に見て、師匠が私に近づいてくる。
「師匠、ありがとうございます」
「気にするな」
一言告げて、通り過ぎながら私の頭を一撫でする。もう少しなでて欲しかった、頭をかすめた考えを慌てて頭から振り落とす。
「よかったのか?」
「はい! 私は師匠とずっと鍛冶をしたいんです!」
ショーウィンドウに、出来立ての武器を飾りながら、師匠が私に問いかける。でも答えなんて決まっている。ここでずっと鍛冶をしていたい。
少し嬉しそうな師匠はもう一度、私の頭を撫でてから、カウンターに腰掛けた。私もその後に続き、自分の指定席に座る。
ほんとうに、ここでずっと鍛冶をしたいと思う。
ずっと、師匠と鍛冶をしたいと思う。
結婚しよ




