緋々色金のエグゼキューショナーズソード
日も傾き始め、人もまばらだった店に客が集まり始めた。それを横目に見ながら、デモンストレーションを再開するため、一度ホドに火を入れ直す。午後からは少し、難易度の高い鍛冶をすることにした。朝からずっと布をかぶり、未だ客の目に触れていない幻想のホド。暫くの間は弟子たっての希望で、弟子がデモンストレーションを行い、それが終わり次第、幻想のホドをお披露目することになる。なんでも、今一番ダンジョン攻略の進んでいる組が、貴重な鉱石を手に入れたがどこも扱えていないらしい。そこで、大々的に幻想のホドをお披露目し、仕事いっぱいお金ガッポリ最高(シュタイナー談)大作戦らしい。
主に男性陣の熱い視線が弟子に送られ、そんな男たちを冷めた目で遠巻きに見る女性プレイヤー。少し、嫌な気分だ。
そんなことを考えながら、鍛冶の道具を準備していると、人混みの向こうから、随分と騒がしい声が聞こえてくる。どうも、あまりお会いしたくないタイプの人種のようだ。人を威嚇しながら、ぞろぞろとこちらに向かってきているようだ。
「おら!どけどけ!」
「自由国家一の鍛冶師のお通りだ!」
訂正しよう、随分と生きる時代と場所を間違えている人種のようだ。
「おい!ジョン!」
今日は緋々色金を使って、エグゼキューショナーズソードを打とうと思う。エグゼキューショナーズソードとは、ドイツで使用されていた片手半剣である。その使用方法は処刑。それだけのために生み出され、それだけのために使われ、そしてたった一度きりでその一生を終える。罪人の命を絶ち、罪人の罪を断つ。そして、一度振るわれれば、もう二度と振るわれることのない、儚くも残酷な剣。
「聞いてんのかおめえ!」
「自由国家一の鍛冶師である、この俺様が話しかけてんだぞ!!」
緋々色金は、かつて作ったヒヒイロカネを幻想のホドで鍛え上げ、更にアダマンタイトを加えて作られる。アダマンタイトは魔鉱物であり、その効果は、エンチャントの威力を強化することだ。幻想のホドを使って、すぐに作れ、いわゆる入門編と言っても間違いではないだろう。打ち上がりは、以前のヒヒイロカネとは、まさに一線を画する出来栄えになる。生きているかのような剣身のゆらめきは、より複雑に、より強く浮かび上がり、剣身がわずかに光を放っている。+まではコンスタントに打つことができるが、相当の集中をしていないと++を打つことはできない。
「無視してんじゃねえ!!」
「やめてください!!迷惑です!」
「黙れヒヨッコ!すっこんでろ!!」
「誰か!騎士様を呼んでください!」
緋々色金のインゴット++、コレを作るのもまた大変だ。バナジウム鉱石を採掘した時、たまたま見つけた小さな石が、まさか魔鉱石で、しかも誰も知らない石だとは思わなかった。この石を持った状態で、生産職NPCに話を聞くと、話が変わることに気付いたのは随分後だった。あの時は鍛冶が行き詰まり、これ以上先に行く方法が見えず、毎日鎚を振るい続けていた。そんな俺を見かねて、アリスが街への買い物に連れ出してくれた時、たまたま気がついたのだ。
あの時ばかりは、普段天使に見えるアリスが、大天使を通りすぎて女神に見えた。いや、女神すらも霞むほどで、思わず抱きしめて。
「ありがとう、アリス」
とつぶやいてしまった。その後アリスは俺に素晴らしい右フックを入れ、全力で走り去ってしまった。おっさの抱擁なんぞ、アリスにとっては拷問、いや地獄だったに違いない。後日謝罪合戦になったことは余談だ。
「おい!貴様何やっている!!」
「オヤジに突っかかるたあいい度胸だなあ!!」
「親父さんの邪魔はさせないよ?」
「皆さん!」
「なんだテメエら!!あっち行ってろ!!」
この一本を打ちきった時、新たに一歩を踏み出したような気がした。この世界で、また一つ自分の知らない秘密を知ったような気分。まるで子供の頃、秘密基地を作れそうな場所を見つけた時の様な高揚感が全身を駆け巡った。
そこからは夢中で鎚を振るい続けた。それまでの日々とは全く違う、目的があり、目標があり、そしてなにより笑顔があった。成功すれば花が咲くような笑顔で喜び、失敗すれば次があると鼻息を荒くして、そんなアリスがいつも隣にいた。今日、この日に、アリスと共に見つけだした秘密を公開する。
これをきっかけに、より一層生産職を志すプレイヤーが増えればいいと思う。
「どっちが上かわからせてやる!」
「「「親父(師匠)に決まってるだろ(でしょ)!!」」」
「お前ら、うるせえぞ、客に迷惑だ」
よくわからないが、気付けば近くにエルレイやダイナス、ヴィンセントが勢揃いし。これまたよくわからない皮エプロンを付けたおっさん鍛冶師が居る。なんというか、自分もこんな感じなのだろうか。ちょっと凹む。
「アリス、やるぞ」
「はっ……はい!」
呆気にとられている奴らをスルーし、幻想のホドに近づいていく。
「コレが、幻想のホド」
「鍛冶屋の、明日だ」
布を剥ぎ取ると、その姿に皆が息を呑んだ。白銀を基調とし、豪華だが下品ではない装飾。そして、一番目立つ場所には、大きな魔石が鎮座している。
エグゼキューショナーズソードは、その特性から突くことを考えておらず、剣身の先端は円弧を描いている。全てを断つ、その特性を兎に角伸ばしていく。どこまでも鋭利に、触れたものを全て切り裂けるように。ドイツで生まれた剣を、遠い地の仮想世界で打っている現実に、なんとなく笑いがこみ上げる。このゲームは、ほんとうに楽しい。現実になって欲しいと思ってしまうほどに。
緋々色金が、俺の鎚に合わせて脈打つように呼応する。紅さが増していく。揺らめきが強くなる。朱の中に黒や金が入り混じり、どんどん魅せられていく。最上級鉱石独特の、暴風のような力強さがあたりを渦巻く。生き物の様な炎が、吹き上がるたびに心が踊る。
フラー(血溝)にルーン文字を刻んでいく。その用途とはかけ離れたほど、優美に繊細に彫金を施していく。一つ一つの文字に思いを込めて、正直彫金はアリスのほうが得意だが、俺がやらねば意味が無い。続いてグリップ(握り)、ガード(鍔)、ポメル(柄頭)にも彫金を施していく。全ての彫金を終えて、研ぎあげていく。隣でアリスは、仕上げの準備にかかっている。全てのパーツを取り付け、グリップに皮を巻く。
「そこのお前」
「な!なんだ!!」
「用事は何だ」
恐らく同業であろう男に声をかけると、男は何故か体を引きながら声を上げる。妙に緊迫した雰囲気があたりを包み、周りを囲む人の壁も総じて黙り、こちらに注目している。こんなに大量の人に見られるのは初めてだ、照れる。
「お……俺の……負けだ」
一瞬の後、割れるような歓声が響いた。周りの皆が口々に男に向けて野次を飛ばす。中には酷い罵詈雑言も含まれていて、とてもおもしろくない。全くもって面白くない。こんな状況を俺は求めていないし、こんな状況ただのいじめにしか見えない。
「俺に勝ってどうする」
「は?」
「俺は俺、お前はお前だ」
膝を付いていた男に手を貸して立たせ、肩を叩く。競いあうことは大事だが、それが元で仲違いをしては面白く無い。共に鍛冶の道を歩くのだから、できれば切磋琢磨したいものだ。皆には悪いことをしてしまった、なんかよくわからないがあ楽しんでいたところを邪魔してしまった。周りで見ていた客も、また静まりかえってしまった。もしかしたら、このおっさんは罵られたい感じの人なのか。
「あ……あんた」
「じゃあ、またな」
どこからか拍手の音が響いて、少しずつそれが伝播していく。その音は、次第に広場全体を包み、気付けば誰もが笑顔で手を叩いている。この方が、面白い。
スミスフェスティバル、いいもんだな、こういうのも。
でんでん虫のように筆が遅い
しかも気分屋な作者です
かんがえてみれば、この小説も二年たとうとしているわけで
わたしも年を取ったなーと思います
いままでも、これからも頑張ろうと思います
いんふぃにてぃー
よろしくお願いします




