聖銀のワルーン・ソード
聖銀は熱を通せば非常に加工しやすいが、逆に一度部分焼入れをしてしまうと二度と加工はできなくなってしまう。
部分焼入れを入れる際に儀礼用のまじないを刃に施し、破魔と硬化の加護を得るため二度の加工はできないのである。
つまり聖銀製の武器は加護が得られて初めて聖銀と呼ばれ、その前身はミスリルと呼ばれる。
固く、軽く、加護のおかげで破魔の力も宿るとあって不死の都に行くパーティーは喉から手が出るほど欲しい武器だ。
しかし軽いため破壊力自体は低くなかなか使いどころが難しくもある、そのためサブウェポンとしての運用が一般的だ。
取り回しの関係かメインウェポンに聖銀武器を選ぶのは、手数を多くしたい者が買い求めることが多い。
真っ赤にミスリルが燃えている、炉であるホドから取り出しミスリルを打っていく。
少しづつ少しづつ、鍛冶では焦らないのがコツだ、ゆっくりじっくりこの金属にあった形にしていく。
金属のインゴットにも一つ一つ若干の違いがあるから、全部が全部同じように同じところを叩けばいいんじゃない。
少なくともこのゲームにおいてはそう、なんとなくここを叩けばいいというのがわかるという補助に従えばいい。
少しづつ形が見えてきた、一見するとブロードソードにしか見えないこの剣はワルーン・ソード。
ベルギーで生まれたブロードソードの一種で流線型に見えるガードが特徴、ガードについているサム・リングも特徴の一つで全長は70cm。
非常に多彩な攻撃が繰り出せるため、上級者向けの武器で振り方によっては攻撃力も高い。
次にまじないを書いた大きな紙で剣身を包んでいく、その後に教会でもらった聖炭で起こした特殊な炎で焼入れを行う。
焼戻し後に、打ち上がった剣身を磨きナックルガードと一体になったガードをしっかりはめる、その後ポメルもはめておく。
その状態でポメルに軽く彫金を施し、紋章の淵だけをなぞった形にしておく、グリップには紫檀をはめ、黒く染めた皮をしっかり貼り付け糸を巻く。
鞘も紫檀でつくっていく、黒く染めた皮を周りに貼り、鞘口には真兪ではなく銀で装飾を施していく。
前と同じように失敗はないかを確かめて、小気味のいい音と共に完成を告げた。
「完成」
今回は、友人からの依頼で打った剣で非常に楽しい仕事だった、長いことこのゲームをやっているだけあって金の払いもいいし、何より素材が豊富だ。
ミスリルに施したまじないは三つ「破魔、硬化、体力上昇5%」この三つを施すだけで、金額が1.3倍にもなるのだからバカにできない。
効果もなかなかのもので体力が5%上昇するのは、前衛をやっている者には絶大とは言えないにしろ、結構な違いが生まれてくることだろう。
今日も今日とて人があまり来ない店の中で、たまにはレイアウトを変えようと思い立ち剣の位置や防具の位置を少しずつ整えていく。
入口近くから初心者用、中堅用、上級者用と並べていく。防具の方は最近乱雑に置いていたためバラバラだ、ため息を付いて少しづつ整理していく。
防具を作るのは時間がかかるため数はそんなに多くない、それにこの鍛冶屋に防具を求めるものは多くなくで、それなりにこのゲームをやっている人間ばかりだ。
自分も古参と言われる程度には長い間やっている人間だが、感覚としてはそんな感じだ。
店の中を片付けてふと気づく、そういえばまだ連絡していなかったなと。
ウィンドーを開く、今回は本ではなく自分の前にホログラムとしてである、個人的にはメッセージを手紙の形にして欲しいと思っているが実装はないだろう。
手紙好きとしては手間がかかっても、自分の手で文字を書きたいという気持ちがあるし、最近ではリアルでもメールばかりで紙媒体の物は姿を消している。
メッセージを送り終わりカウンターに腰掛ける、最近友人ふたりはとてつもなく忙しいらしい。
なんでもとうとうこのゲームも全国一斉発売に加え、それを記念した大きな討伐イベントの発表や、次回アップデートにて今まで実装していなかった仕様の実装が発表ととてもすごいらしい。
自分はそんなにインターネットは得意ではなく、VR機は被ればいいだけだからあるがPCはないし、なによりVR機も友人に設定してもらったものだ。
そんな自分は友人から又聞きするしかないし、「うぃき」なるもので得た情報も横流しをしてもらう状況なため、一歩と言わず二歩も三歩も遅れてしまう人間だ。
今回も自分の知らないところで色々起きているらしい、運営からのメールは読むがアップデートでログインできない時間ぐらいしか確認しておらず、今回も見逃した形だろう。
「よっ!今日も辛気臭ぇなここは」
「・・・ひどい言いようだな」
友人が来ていたようだ、現実ではなかなか見ない真っ赤な髪に、二重の青い瞳、赤いコートオブプレートシリーズに身を包んだ男。
名をシュタイナーと言う、そうシュタイン武具店のまとめ役であるシュタイナーだ、なんでも最近は初心者や作り直しの人間が多く忙しいらしい。
「お前《無口》はずせよ、話しづらいっつうか怖いわ」
「ああめんごめんご、最近外すこともなかったし忘れてたわ」
軽いノリで受け答えしていく、パッシブスキルである《無口》さえなければ俺なんてこんなもんだ。
「その顔でめんごっていうなよ、おもしろすぎて逆に寒いわ」
「ハッハッハしかたねぇべや、あのスキルなまら便利だからな」
「お前の出身九州だろ」
こんな受け答えをしつつウィンドーで店の状態を取り込み中にする、これで外からは入ってくることができなくなった。
誰かとの商談や、もしくは二人ないし限定された人間と話したい場合など、許可された場所では使用することのできる機能の一つだ。
「えっと聖銀のワルーン・ソードだったな、ついさっき打ち上がったぜ」
「おお、楽しみにしてたからなお前から連絡が入って直ぐに飛び出してきたよ」
「店はいいのかよ店は」
「いいんだよ、どうせ俺がいようがいまいが一緒だしな」
会話をしながらワルーン・ソードを取り出す、抜いて見せて渡し、取り回しのよさや重さについても聞いていく。
ここで納得できないようならもう一本俺の自腹で打ち直す、これは俺が店をやるときに決めたルールだ。
「んーいい感じだな、やっぱ鍛冶の腕は勝てる気がしねぇ」
「そりゃぁ毎日打ってるからな、慣れだよ慣れ」
「その毎日打つってのがなかなかできねぇんだよ」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんだよ」
シュタイナーが武器を振ったり曲がっていないか確かめたりしている、最初は俺の武器が歪んでるってぇのかこの野郎と思ったが、職業病だと気付きそれからは気にしていない。
そのうち剣を納めて装飾を見たり、剣の扱い方をポツポツと聞いてくる、いつもコイツが武器を買っていく時の風景だ。
しばらくそうした後に剣をカウンターに置きその佇まいを観察、おそらくスキル《鑑定》で色々と見ているのだろう。
「これはいいな、かなり良い剣だな馬鹿野郎」
「お褒めに預かり光栄だぜ、この野郎」
「こいつは貰っていくわ、新しい誰も持ってない武器ってのはいいねぇ」
「タダでいいぜ、こっちも新しい武器のレシピのおかげで楽しめたしな」
「おっそりゃよかった、早速試し切りしてくるわ、またな、あとくたばれ」
「あいよ、お前は死んじまえ」
鐘の音を残しながらシュタイナーは出て行った、パッシブスキル《無口》をまた発動して、カウンターにおいた本を開き目を落とす。
聖銀のワルーン・ソード++を作るために試行錯誤した、その結果生まれた大量の聖銀のワルーン・ソード+をどうするべきか、そんなことを考えながら静かになった店内でため息をついた。