漢騒乱 前
その日は、とにかく相方である団長の機嫌が悪かった。こいつには珍しいほど頭に血が上り、些細なことでも声を荒げて注意をしていた。勿論普段からこんなやつではないし、機嫌が悪いのにも理由がある。最近発表された新規イベント、これの内容はご存知の通り戦争というものだ。各騎士団のメンバーがユニットを率いて戦うから、基本的に戦闘はユニットが行う。そのためPC同士が戦う機会は、そんなに多いわけではない。
このゲームでは、基本的にプレイヤー同士が刃を交えることはできない。MMORPGと違い、非常にリアルなため倫理観に欠けるし、そしてなによりリアルなことが、プレイヤー同士の摩擦を生んでしまうからという理由だ。ゲームだからこそ、現実では死なないからこそ、命が軽くなってしまってはいけない。VR技術を応用したゲームには、こういったVR原則というものが存在し、これを守っていないゲームは発禁規制や年齢制限等がかけられる。
一応PvPを行うことはでき、決闘という行為でならばPvPは可能である。しかし、どこでも出来るわけではなく、限られたエリアでしか出来ない。戦闘自体もスポーツ的な側面が強くなり、命をかけた真剣勝負という感じではなくなる。決闘は、互いにシールドを展開し、それを削りきったほうが勝ちという感じになる。バリアの耐久が0になった場合、バリアが砕け散り勝者にWINというポップが出て終了である。経験値やアイテムは手に入らない、勿論アイテムを掛けての決闘はできるが、それはあくまで各個人の自己責任のもと行われる。
戦争でもPvPが起きる場面があるが、あくまで決闘の延長的な戦闘のため、例えプレイヤーでもユニットでも、バリアが壊れれば拠点に戻され、時間的ペナルティーを受けたあとにリスポーンする。それだけなので、本当にスポーツ感覚、ゲーム感覚で楽しむ戦闘と言ったほうが良いだろう。
そんな戦争において、最近少し気になることがある。それは、プレイヤー間のマナーの低下である。
団長の機嫌が悪いのもこれが関係していて、先日戦争を行った国に訪れた際、相手方の騎士団に罵声を浴びせられたのだ。戦争に負ければペナルティーが発生するといっても、所詮戦勝国民が敗戦国に入国する時の関税が一日の間免除されるや、騎士団のユニットが数時間戦闘不能になる程度の事であり。負けたから領地を失う等のペナルティーは存在しない。だからこそ、皆紳士的な騎士としての振る舞いをロールプレイとして要求されることになる。
とにかく、騎士らしい振る舞いをしない人間が多いことをうちの団長は嘆いているらしい。
今日は自由国家に買い出しに来た。この国は商業国家というやつらしく、やたらと市場などの品揃えが良い。また、イタリアのヴェネツィアを模したこの街は、水路が多く流れていて、商人たちのはつらつとした声と、あちこちで鳴っている陽気な音楽がよく似合う国だ。うちの国とは全く違う姿に、最初は圧倒されたものだった。
ここには、ゲーム時間で二日程居る予定で、一日目は消耗品などの買い出し、二日目はオヤジの店に行くつもりだ。
ブラブラと市場を冷やかして歩いていると、前の方に見知った顔が見えた。オヤジのとこで働いている嬢ちゃんだ。両手で数本の武器を紙に包み、周りの人に当たらないように注意しながら歩いている。たしかあの方向は、商業ギルドの自由国家支部がある。おそらく修繕等の仕事を受けて、終わった武器を配達してもらうのだろう。
「何を見てるんだ、ダイナス」
「ん? ああ、オヤジん所の嬢ちゃんが見えてな」
「親父さんとこの子か、雑用だろうな」
「聞いて見なきゃわかんねえさ」
「違いない」
軽く笑いながら、俺たちも嬢ちゃんが去った商業ギルドの方に歩いていく。本当は明日たのもうと思っていたが、丁度俺たちも商業ギルドで荷物を預けようと思っていたから、ついでに頼んでしまおう。依頼は早ければ早いほど良い、今日も着いてすぐに行こうとしたが頭の固い団長が、騎士団のことが先だと言って俺を止めた。普段なら引きずってでも行くところだが、機嫌の悪い団長には従っておくのが吉だ。
商業ギルドは自由国家のど真ん中に当たる、特別商業地区と言われる場所にある。そのへんになると訪れるのは商人ばかりで、冒険者や騎士はあまり近づかない場所だ。市場などがある一般商業地区では人ごみがすごいが、ここではそこまでの人ごみも見られない。
赤レンガ作りの街並みに一際目を引く、白い建築物が見えてきた。日本人の俺からすれば異国の風情が漂う建物は、普段目にしないだけに何度見ても場違いな気がしてならない。
大きな門をくぐり、商業ギルドの中へと足を進めていく。一度団長とは離れ、嬢ちゃんを探すためにメインホールへと向かう。団長は、運び屋がたむろしている待合室へと足を向けていた。
メインホールに出ると、すぐに綺麗な金髪が目に付いた。嬢ちゃんは相変わらず、人とはどこか違う雰囲気を持っているようだ。
「よう、嬢ちゃん元気か?」
「あっダイナスさん、こんにちわ。 相変わらず元気ですよ!」
嬢ちゃんは、ガッツポーズを作りながら言った。なんとなく、無理をしてるなと思うが。そこは俺の踏み込むべき所じゃないな、と自分の中で見て見ぬふりを決め込む。
「仕事を頼んでいいか?」
「師匠にですか?」
「ああ、固くて強い奴を頼む」
「分かりました! 伝えておきますね!」
そういって彼女は去っていった。最近出会う人は、妙に悩んでいる人が多い気がする。うちの団長しかり、うちの団員しかり。皆どことなく余裕がないように見えて、ゲーム楽しみゃいいのにとは思う。
その後ホールで団長を待ちつつ、そこらへんの商人と話をする。どうも最近自由国家の騎士団がピリピリしているらしく、聞いたところによると最近負け続けのようだ。自由国家の騎士団は消して弱くない、しかしどうしても華がない。トッププレイヤーと呼ばれるようなプレイヤーが少ない、それは自由国家のプレイヤー層が生産に偏っているからというのもあるだろう。
なんとなく嫌な予感を感じつつ、商人と世間話をしていると、向こうから団長が歩いてくるのが見えた。別れたときは、機嫌の悪さもある程度解消されたようだったが。今の顔は、完全に機嫌の悪い時のそれだ。
「行くぞ、ダイナス」
「あいよ、じゃあなおっちゃん!」
「おう! またこいや!」
無言で商業ギルドを抜け、日が傾き赤く染まった街を二人で歩く。人気もなくなり、どことなく寂しさの漂う街を歩くのは好きだ。なんだかワクワクしてくる、それを団長は子供かお前はと言って笑う。今はそんな空気はなく、ただピリピリとした緊迫感があたりに漂っている。
こりゃあ明日は、絶対何かあるな。そんな確信めいたものを感じながら、二人で一路自分たちのマイハウスを目指した。
また前、後編の構成になってしまいました。
すみません。
この話もうちょっと続きます。




