暗雲
最近師匠は、あまり鍛冶に関して物を言うことが少なくなってきた。私が成功したときは「よくやった」と一言いって、私の頭を撫でてくれるけど。失敗したときは、特に何を言うでもなく肩を一度だけ叩く。そして私は、また頑張ろう、もっともっと上手くなろうと思う。
師匠の鎚を振るう姿を後ろから見つめて、少しでも技術を盗もうとする。でも何が悪いのかわからなくて、最近はこういうことが多くなった。師匠に聞いても「ここから先は、言葉じゃない」とだけ言われてしまい、追求もしようがなかった。ここのところはイベントのおかげで新しいレシピがいくつか見つかり、師匠も依頼に素材集めに忙しく、私もそれに合わせて鎚を握ることも少なくなった。
なんとなく、気が楽だった。
前に一度、最近雑用ばかりで面白くないんじゃないか、と聞かれた。その時は今の仕事に満足している旨を伝えたが、師匠は納得できないような顔で私を見ていた。
「弟子、数打ち手伝え」
「シュタイン商会の依頼ですよね? どこまでやればいいですか?」
「そうだな・・・土置きからをやってくれ。そこまでを俺がやる」
「わかりました!」
聞いたところによると依頼は鋼鉄製、上級鉱石でないのならほぼ100%と言っていいほどに成功に持っていくことができる。自分のできる仕事を積み重ねる、それによって見えることもある。そして、なにより師匠が数打ちの時に見せる素早い鍛冶は、非常に収穫の多い時間になる。今回は数も多いため、比例して私の受け持つ作業の量も多くなる。
作業の準備のために、工房の椅子に座って道具の確認をしている師匠を横目に見ながら、あっちこっちに忙しく動き準備を進めていく。時々私を気遣うように目を配る師匠の視線を感じながら、とにかく素早く成長を見せるために動く。
二人で作業がしやすいように、工房の中も姿を変えている。作業台の数も増えたし、椅子の数も増えている。インゴットを鍛えている時は、あまり周りにいても出来ることがないため、カウンターで店番をする。師匠が休憩をしている間に、私が作業を引き継いで効率よく仕事が行くように作業を行う。
本来数打ちは、型鍛造と言う手法を使って行う。金属で作った型に、熱した剣身をはめて叩くことによって、すぐに打ち上げることができる。つまり量産にはもってこいの鍛造方法だが、師匠はそういった打ち方はしないと決めているらしい。なんでも鍛冶は金属と向き合うことだから、そこにかぶせ物をしてしまったら何もできなくなると言っていた。
師匠から与えられた仕事を能動的に、そして正確にこなしていく。私はちょっと前から伸び悩んでいる、上級鉱石を上手く扱えないのだ。師匠も上級鉱石からは気長に行けと言われてはいるが、それでも失敗続きの毎日は堪える。どうも気を使われているのに気づいてからは、なるべくそんな態度は見せないように空元気で頑張ってきた。しかし、どんなに空元気を出しても、自分の心に少しずつ広がる気持ちは止まるわけもない。
「今日は疲れましたね、師匠」
「ああ・・・よくやってくれたな」
現実の時間では6時間、ゲームの中では12時間もの間師匠は鎚を振るい続けた。その集中力と情熱、それを支える確かな技術、全てが噛み合いいい出来の武器を作り出す。そんな師匠のことが、私は少し羨ましかった。
私の頭を撫でる師匠は、優しい顔をしていて、焦るなと語りかけてくるようだった。その表情に安堵を感じると同時に、心の奥底ではどす黒い感情が渦巻いてるのを頭の片隅で感じる。この気持ちは何と言えばいいのだろう、吐き出したいけど吐き出せない。吐き出していいのかもわからないし、これを消化できるのかもわからない。けれど、師匠を心配させたくないのは事実で、また空元気を出してしまう。
「明日も頑張りましょう!」
「そうだな」
師匠が片付けはいいからと、私を店の外に出した。自分のマイハウスに帰る道中、やっぱり私の中に広がる黒い感情は、どんどんその濃度をましている気がする。自分の不甲斐なさとか、できないことへの焦り、でもそれだけじゃない。
私は二級鉱石から一級鉱石へのステップアップが早かった、それを師匠も褒めてくれた、だから私は天狗になっていたんだと思う。すぐにでも師匠の横に並べると、一流の鍛冶師として肩を並べることができると思っていた。しかし、上級鉱石を扱おうとしてもう四ヶ月近くが経とうとしている。
どうして上手くいかないのだろう、どうして上手くできないのだろう。そんな考えが頭をぐるぐる回っている時に、ふと「どうして教えてくれないのだろう」と頭をよぎった言葉を頭を振ってすぐに追い出す。師匠も言っていた、ここからは言葉じゃないと。そんなの嘘で、私に技術を教えるのが嫌でいじめてるんじゃないか。そんなことはない、師匠はそんな人じゃない。どうして師匠は新しい技術を編み出していくのに、その模倣すらできないのか。もしかしたら、本当に師匠は・・・。
そこで私はマイホームの前についたことに気づいた、考え事をしながら歩いていたから気づかなかった。ドアノブに手をかけて、私はなんてことを考えていたのか、と自分が恥ずかしくなる。師匠は私にできる限りすべてのことを教えてくれているし、私のために何度も仕事をとってきてくれる。失敗をしても叱ることもなく、成功したらきちんと褒めてくれる。そんな師匠に私は、なんてことを考えているのだろう。
私はこの夜、自己嫌悪でベットを転がり続けた。また明日頑張ろう、そう思いながらも、どうしてもマイナス方面に気持ちがもっていかれる。
私がどす黒い感情に飲まれるまで、そんなに時間はかからなかった。
弟子はこんなこと考えてました。
空元気出したあとの落ち方ってすごいですよね。
心理描写に力入れすぎた、反省。




