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リアローフオンライン  作者: Mr. Suicide
第三章 鍛冶屋騒乱
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ミスリルのハンガー

 シュタイナーから、久しぶりに個人的な仕事を受けた。どうも最近狩人プレイに目覚めたようで、弓に片手剣と剥ぎ取り用の小剣を持って、夜な夜な森へと出かけているようだ。

そんなシュタイナーから来た依頼は、ハンガーを狩猟用に取り回しをしやすいように、そしてなるべく軽いもの。ハンガーという武器は、歩兵用の片手曲剣で主に断ち切るために使われる。全長がおおよそ60cmほどで、アラビア語の「ナイフ」を意味する「クファンジャル」に由来する。元々ハンガーはナイフのような用途で、日常的な刀剣として人々の生活に深く根付いていた。それを軍用に改良、発展させたのが今現在広く知られているハンガーの形になった。


狩猟用ハンガーの基本的な形状は、非常に小さなリカッソ(ない場合もある)、貝のようなガード(ない場合もある)。刀身は片刃で、狩猟用ゆえにフォールス・エッジはない物が多い。また少数ではあるが、狩猟用に峯がノコギリ状の刃を持っているものも存在するらしい。そりがない片刃の刀身に、貝のようなガード、湾曲したグリップ、これらの要素があればおおよそ狩猟用のハンガーと言って間違いはないだろう。


ホドの火を見つめる。この時間がもっとも癒され、そして自分の中にじわじわと広がる熱を持たない熱が、集中力をどこまでも高めていく。右手に持っている使い慣れた鎚の感触、ゆらめく炎のまたたき、これが仮想現実であるということを忘れてしまいそうな空間が、ここには確かに広がっている。

よく熱した銀に聖鋼石という鉱石を粉末にして、しっかりと混ぜたあとに火で溶かし精錬することでミスリルは生まれる。出来上がった鉄のインゴットは俺のもとに運ばれ、姿を変えてまたほかの誰かのもとに運ばれる。そこには、同時に人の思いも運ばれているのかもしれない。俺の斜め前に座っている弟子も、同じくホドに入った火を見つめている。悩ましいボディーに炎の灯が当たる。素晴らしい。


ミスリルを何度も叩き折り返し鍛錬を行っていく。弟子にもできないことはないが、弟子曰く未だ俺から盗めていないものがあるらしい。ちなみに心は盗まれている。


「弟子、油用意しろ」


「はい!」


だんだんと姿が見えてきたところで、弟子に焼入れ用の油を用意させる。今回は威力重視の軍用ではなく、ある程度切れ味をわざと落とした狩猟用を作るため、油で焼き入れを行う。焼入れに必要な急冷速度は最低でも0.16℃/秒が必要で、更に約250℃まで急冷したあとはすぐさま徐冷に移らねば割れてしまう。この工程は鍛冶の中でも肝となる部分、そろそろミスリル等の上級鉱石の焼入れに、弟子もなれるべきだろう。


「ここからは弟子一人でやれ」


「えっ・・・でも」


「やるんだ」


鉱石の質が上がれば上がるほど、システム上のことなのかは分からないが、どうにもタイミングや時間、温度等について段違いにシビアになっていく。中でもミスリルは上級鉱石類の中でも最もシビアであり、これを扱い切ることが鍛冶師として、大きな一歩になることは間違いないだろう。


「・・・わかりました」


不安そうな顔で弟子がつぶやく。上級鉱石の焼入れに、弟子は未だ一度も成功していない。上級鉱石からはもう俺の言葉で伝えても無駄な領域に入ってくる。ここから先は、自分の勘と経験だけを頼りに、鍛えている物と真正面から向き合わなければならない。


真剣な表情で火に向かう、睨みつけるように刀身を見つめ、焼きなましから焼入れへ移るタイミングを測る。その姿を真横の椅子に腰掛けて、腕を組みながら見つめる。緊迫した雰囲気には余裕がなく、どことなく見える迷いや、失敗へのおそれが見て取れる。永遠にも続きそうな、そんな緊迫感。


弟子が動いた。


「・・・っ!!」


弟子の顔が歪む。

鈍く油の中に気泡が湧き、急速に刀身が冷える。


「今!」


一瞬を見極めて、弟子が剣を油から引き抜く。徐冷の為の台に刀身を置く、そして弟子が息を呑むのが聞こえた。


「早かった・・・な」


「師匠・・・私には・・・私にできません・・・っ!」


徐冷台に手をついて顔を伏せる弟子。その肩は小刻みに震えていて、泣くことのできないこのゲームでも、当然のように心はあって。その悔しさは俺にもよくわかる、何度も何度も失敗をすると、自分にはこんなものできないと投げ出してしまいたくなる。


「私なんか、師匠の弟子にふさわしく・・・っ!」


「弟子! 逃げるのは、いつでもできるぞ」


どうか逃げないで欲しい、こんな思いしたくなくても、その先にあるものに向けて進んで欲しい。


「すいません、ちょっと・・・すいません」


弟子は外に飛び出していった。追ってはいけない、彼女は今自分で立とうとしている、それを邪魔してはいけない。


カウンターから入口の方に目をやり、そのまま寂しい店内を見渡す。彼女がいつも座っていたカウンター横の椅子が、更に寂しさを際立たせていた。


願わくば、願わくば。


「立てよ・・・アリス」


その呟きは、閑散とした店内に虚しく響いた。

ちょっと急展開過ぎたかもしれませんね。

ここに至る話はアナザーサイドで語ろうと思います。

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