重國鉄のバトルアックス 前
先日は、久々にたくさんの剣を打った。作り慣れないグラディウスを短期間で、しかもかなりの量を打つことになるとは思ってもみなかったが、俺は当然ながら弟子もいい経験になったことだろう。
やはり新しい武器を打つことによって、様々なことを発見する。例えばグラディウスの様な、鋭利なポイントを持つ武器を鍛えていると、他の武器を作っている際にもっと効果的な武器の作り方が見えてきたりする。
当然本当に見えているわけではないが、なんとなくそうした方がいい、ここはもっとこうした方がいい、といった感じで直感にも似た何かが頭をよぎることがある。それこそが鍛冶の上達であり、その発想がいい方向に行き、結果性能の良い武器が生まれる。こういった一種のサイクルを繰り返しながら、地道に地道に進んでいくのが鍛治というものだと勝手に思っている。
このゲームは現実世界の12時間で1日が終わる、つまり1時間でゲーム内の時間は2時間進むことになる。決してゲーム内の時の進み方と現実における時間の進み方が違うわけではない。単純に、12時間で1日という風に換算されるだけである。ゲーム内の体感時間を変えることは一応可能らしいが、人間の脳がその情報量に耐え切れずショートする、つまり気絶してしまう為不可能らしい。
もっともその手法を取り入れたゲームも発売されたのだが、脳の認識する時間と現実における時間のズレが、体に大きく影響を与えることが分かってからは、規制が入ってしまい一時間を一日にしたりすることはできなくなってしまった。
今日はグラディウスの納期であった先週の日曜日から、まる1週間がたった日曜日。あれから弟子とはインする時間がなかなか合わず、顔を合わせても一時間もしないうちにどちらかが席を外すような感じだった。俺自身夏休みに入ったこともあり、図書館の利用者が増えるのに比例し、司書である俺の仕事も増える一方な毎日を過ごしている。
今日は休館日で、朝からリアローフに入り浸りながら、今週一週間で入った注文等を整理。買取希望で出されている鉱物の確認や、馴染みの友人に頼んでおいた素材の取引を進めたりと、ゲームの中でも忙しいながらも充実した時間を過ごしていた。
ドアのベルが涼しげな音を出す。夏ということもあり、鉄製の風鈴を作ってみたらこれが好評で、生産職の間で密かに流行っている品だ。
ドアを開けて中に入ってきたのは弟子だ、エリーゼの所に向こうでは手に負えないほど破損した武器を取ってきてもらったのだ。勿論NPCの店でも直すことができるが、ひどい状態の場合だと成功率が下がり、性能が下がったりリーチが短くなったり、最悪の場合は武器が破損状態から破壊状態になり手がつけられなくなってしまうこともある。だからこそ、多少お金はかかっても武器の修理にはPCの鍛治屋を選ぶのが、中級者から上級者にかけての常識であったりもする。
「師匠、修理依頼ついでに武器の製作が一件入りました」
「そうか、依頼書をくれ」
弟子が修理依頼で持ってきた武器を納期ごとに分けながら、制作依頼が入ったことを告げた。これはよくあることで、うちの店員認定されていて、尚且つ雑用をこなしているだけに、街中で急に依頼を受けたりして戻ってくることがあるのだ。
「武器の種類はバトルアックスで、素材は固くて重くて強い奴、だそうです」
「なるほど、誰からの依頼かはなんとなくわかった」
恐らくダイナスと書いて筋肉と読むような、脳みそ筋肉漢の依頼だろう。ついこの間火鋼鉄のクレセントアックスが、対人戦になるとどうも火力不足だと話していたから。あの鬼神の如き闘いを見ていれば、たしかに火への耐性を上げる事によって対抗するのは、自然の摂理とも言えるだろう。
「固くて重くて強い、重國鉄で行くか」
「でもあれって、師匠でも両手武器にすると使えなかったですよね」
「あいつなら使えるさ、あいつならな」
あの筋肉バカが、重國鉄を振り回す姿を思い浮かべると、どうも違和感もなく馬鹿のように重い斧を振り回している。その姿が少しおかしくて口元が歪む。
「弟子! ホドに火を入れろ、全力でな」
「はい!」
重國鉄は非常に扱いにくい鉄だ。上鋼鉄に黒鉄と銀を混ぜ合わせるとできる鉄で、特徴はとにかく重く硬いことだ。弟子はSTRが未だ足りずに鍛えることはできないが、独特の鍛え方を見てしきりにメモを取っている。その姿がどことなく小動物をイメージさせ、少し気が散ってしまう。
重國鉄はとにかく重く硬いため、生砥ぎの際にカンナではなく大きなノミを使って半ば強引に削り、だんだん小さなノミの変えて細かくけずる、それを繰り返し繰り返し行い、最終的にノミだけで成形してしまわなければならないのだ。
何度も何度もノミに鎚を叩きつけ、普段の鍛冶ではなかなか聞くことのできない金属に耳を傾ける。実際の鍛冶ではこのようなことをしないが、いかんせんセオリー通りにしようとしても、カンナが負けてしまうのだから仕方ない。
重厚な両刃の姿が見えはじめた頃、風鈴が涼しげな音をたてて来訪を告げる。
しかし、その涼しげな音とは裏腹に、その足音は慌ただしかった。弟子が様子を見に行くと、どこか息詰まるような空気がジョンハンマーに広がっていた。
大変お待たせしました、久々の更新です。
今回は初の前、後編仕様となっております。
後編も、早いうちにあげたいと思います。




