師匠のお仕事
昔の知り合いに、キャンペーンで出たドロップアイテムの買取を頼まれた。
普段手に入れるのに時間がかかるレアアイテムや、消費の多い皮系アイテムを大量に仕入れられるのは非常に助かる。
鉱石は商人ギルドを通してしまえば安価で買えるし、装飾用のアイテムも買取を待っていれば案外手に入るが、皮だけは手に入りづらい。
皮系アイテムは防具を作るのにもよく使うから、冒険者や騎士でプレーをしている戦闘職の人間は、あまり売り払わず自分で溜め込んでいる人間が多い。
皮系のアイテムは、道具屋で買えるタンニンを使ってなめして、ヌメ皮にすることによって防具や武器に使うことができるようになる。
金属を使ってなめすこともできるが、ジョンハンマーでは少し値が張る、良い出来となるタンニンを使ってのなめしを行なっている。
大量に作る際はコストを抑えるために、オイルを使った皮を使ったりするが、表面を拭いたり油を薄く塗ったりブラッシングをしたり等、とにかく手入れが大変になる。
鍛冶屋で請け負う仕事の中でも、五本の指に入りそうな程地味な作業は、やはりやっていて面白いもではない。
当然仕事を楽しい楽しくないで選んだりは
しないが、鍛冶師としては鎚を振るいたいものだ。
この愚痴を師匠に聞かれた時は、慌てて訂正したのだが「その気持ちはわからんでもないな」と言って何時も通りニヒルに笑っていた。
鍛冶師として、自分が作ったものには責任を持つべきだ。
確かに地味な作業だが、この作業を怠ってしまえば、せっかく作った武器も防具も意味がなくなってしまう。
師匠から言われた一言を思い出す。
鍛冶という地味な作業を繰り返す日々、ただ作るだけではなく、作り上げたものを繋げていくということも大事な仕事。
わかってはいるけど、やっぱり地味な作業だ。
さっさとお店に帰って、師匠と一緒に作業をしたい。
今日終わらせなければならない仕事はないし、私が店を出た時には飛び込みの依頼もなかったし、早く帰れば師匠に褒めてもらえるかもしれない。
皮をいっぱい買い取った時や、掘り出し物的に新しいレシピなどを見つけて、師匠に渡した時は大体褒めてくれる。
いや、決して褒められるのだけが目的ではなく、別に頭を撫でて貰えるからとかそういったやましい気持ちはなく、鍛冶師には重要な仕事だから、そう仕事だからこれは。
だから決して師匠に撫でられるのが気持ちいいとか、そう言った気持ちではなく純粋に鍛冶師としての思いからだ。
店が見えてきた、相変わらず個性的な人間が闊歩する路地に立つ、他の店に比べればあまり個性のない佇まいのジョンハンマー。
「師匠ただいま戻りました」
小さめの鐘が付いた扉を開けて中に入る。
挨拶が帰ってこないということは、飛び込みの仕事が来ているということだろう。
ちょっと残念だが師匠の鍛冶が見れる、それはそれで非常に勉強になるので楽しみだ。
あまり音を立てないように、そっと足を出しながら工房へと歩いていく。
師匠は私が帰ってきたのに気づくと、鍛冶を止めてしまうことが多いため、息を殺しながら工房の中を覗く。
師匠の広い背中が見える。
背中越しに腕を振り上げるのが見え、その逞しい腕が振るわれるたびに甲高い金属音が鳴り響き、鉄や泥の匂いの充満する工房には独特の空気が流れている。
丁度空締めを行っているようで、銛と呼ばれる巨大な手押し鉋を使いながら、鉄板の表面を凸凹をとっている。
迷いのない手つきで、しっかりと削っていく。
私はあそこまで迷いなく削る自信はない、師匠は思い切ってやれというが、繊細な鉋がけをここまでざっくり出来るようになるまで何年かかるんだろう。
「何作ってるんですか?師匠」
作業が一段落したところで話しかける。
作業の邪魔をしないように気をつけ話しかける、作業の邪魔はしたくない。
「聖職者のメイス、ユニーク武器だな」
「そうですか・・・とっ所で何故私の頭を撫でてらっしゃるんですか?」
「お前は綺麗だと思ってな」
頭を撫でながら、師匠は何でもないことのように言った。
『お前は綺麗だと思ってな』
綺麗だと思ってな、綺麗・・・。
綺麗と言われた、師匠に綺麗と言われた。
私の事を師匠が綺麗と言ってくれた、照れくさくて仕方ない。
「弟子、ミスリル用のまじないを教えるから来い」
「あっはい!すぐ行きます!」
師匠の声で現実に引き戻され、少しトリップした頭をすぐに切り替える。
最近つい嬉しいことがあると、周りが見えなくなってしまうことが多々ある。
師匠の事を考えていると時間が早くすぎていくので、もっぱら師匠に褒められたことや、師匠としたお話の内容を思い浮かべたりしている事も多い。
「この硬化と破魔を書いてみろ」
「はい、わかりました」
「失敗してもいいからしっかりかけ」
硬化と破魔の祝福を施すときは、「gaia」と「aglaia」へのまじないを書き込み、それぞれを称える祝詞を上げることで祝福が得られる。
リアローフオンラインの教会は、天を司る神「zeus」を主神とし、その他の神については各地の教会で特色を持っている。
「gaia」と「aglaia」はそれぞれ、「大地」と「光」の女神であり。
その二神からは、とても強力な祝福が得られる、それは二神が非常に人の生活に深く関わり、人々のあいだに根付いているからだとされている。
震える手から一度ペンを離し、師匠からの言葉をしっかり反復する。
失敗を恐れない事、それ以上に中途半端な物を生み出すことを恐れろ。
「行きます!」
丁寧に、しかししっかりとペルシア文字を刻んでいく。
ギリシア神話をもとにしているのだから、ペルシア文字ではなくギリシア文字でもいいのではないかと思うけど、師匠曰く「それもロマン」らしい、いまいちよくわからない。
「これは聖炭、聖なる火を起こしミスリルに祝福を与えて聖銀に変える」
「それはどこで手に入れればいいんですか?」
「石炭か木炭を聖水で蒸せばいい」
ざっくりとした説明に、ぶっきらぼうな解説。
師匠らしい教え方で、ここ数カ月毎日のように聞いた説明を思い出す。
「わかりました」
「まぁ教会でも買えるから気にするな」
師匠が聖炭に火を入れ、しっかりと回すまでの間、私はその手順をしっかりと見る。
一瞬でも目を背けてしまえば、大事なことを見落としてしまう可能性は大いにあるのだから、その一瞬を見逃さないよう気を張る。
「今回は祝詞を読んでみろ、焼入れは俺がしよう」
「わかりました、慣れたら何時も通り一人でですか?」
「ああ、いつも通りだ」
様々な祝詞が書かれている聖典を取り出し、gaiaとaglaiaの欄を抜き出す。
ウィンドウに表示されるようにし、現実では絶対に読めない英文の祝詞を流し読みしていく。
上手に祝詞を上げることができるだろうか、特に上手く歌う必要はないが、師匠の手前で無様な姿を晒したくない。
無事歌いあげることができた。
師匠が作り込みをしているのを見ながら、なんだか不思議な気持ちになる。
ほんの数カ月前まで、師匠の足を引っ張ってばかりだった私が、こうやって師匠の役に立てている。
なんだか、不思議な気分だ。
「完成だ」
「師匠と私の初めての共同作業でしたね」
「そうだな」
師匠が私に笑いかけながら、よくやったと頭に手を置く。
私の歌を予想以上に好いてくれたのか、リクエストをもらってしまい、その後一時間ほど歌ってしまった。
こんな毎日が、いつまでも続けばいい。
100万PVありがとうございます。
お気に入りも7000いただきました。
週間は一位、月間は三位をいただき、感動も一入です。
これからもリアローフオンラインをよろしくお願いします。




