弟子初めてのお仕事
今日は雨が降っている。
窓の外に見える通りには人通りがなく、普段もすくないけど今日は特に少ない。
このゲームの中では週間で天気予報が発表され、今日は雨のち晴だ。
雨だとステータスの減りが早くなってしまう、だから皆雨の日は剣の整備だったり、パーティやクランでの会議等に当てる。
傘という装備アイテムがあるにはあるのだが、割と高価なアイテムなので、あまり持っている人はいなかったりする。
ちなみに師匠は、ドヤ顔で見せてくれた。
雨の日は絶対と言っていいほどお客さんが来ないので、大体開店休業で店内を掃除することが多い。
そうでなければ、修理の仕事や細々とした彫金の仕事、装飾品の制作や錬金術師が使う道具の作成。
案外やることは多いので、退屈になることはないし、師匠と静かな時間を過ごせるのは嬉しいから雨は好きだ。
今日も師匠は何時も通りだ。
朝から錬金術師のアセロラさんに頼まれていた錬金鍋を修復し、その後は次々に修復の依頼をこなし、そして思いついたように二本交差剣紋章のフリューテッドアーマーを作っていた。
今はひと段落ついたようで、カウンターに座って注文書を書いている。
この店に来た注文は全て注文書に書き出すのだが、正直二度手間のような気がしてならなかった。
しかし、鍛冶にのめり込んでしまった今となって分かることだけど、鍛冶をしている時にウィンドウを開くのは凄いタイムロスだ。
そういう意味では、やはりよく考えられているし、そういうところにもこだわりを持っている師匠はすごい人だ。
「弟子、この依頼やってみるか」
「どの依頼ですか?」
気合を入れて掃除をしていたところに、後ろから師匠が声をかけてくる。
いつの間にか師匠はカウンターから立ち上がっていて、注文書を片手に腕を組み工房の扉に寄りかかっている。
師匠の下まで駆け寄っていく、どうしても気持ちが急いてしまう。
「鉄のカトラス+を10本・・・ですか」
「できるか?」
鉄のカトラス+を十本制作。
私が一人でする、初めての仕事。
「やらせてください」
「・・・頼んだぞ」
鉄製武器を打てるようになった私にはピッタリの仕事だから、師匠も私に任せてくれたということだろう。
この数ヶ月、師匠に習ったことを発揮できる場所を得た、機会を得られた。
「カップガードある物が5本、ないものが5本だ」
「分かりました、ポメルへの刻印はどうすればいいですか?」
「ああ、今回は剣紋章でいい」
「いいんですか?ジョンハンマーへの仕事なんじゃ?」
「よく見ろ、お前宛だ」
私宛の依頼、師匠やジョンハンマー宛ではなく、私のためだけの依頼。
鉄製武器で数がある依頼は師匠があまり受けないような仕事で、ということはつまり師匠が私のためにとってくれた仕事ということで、失敗はできないししたくない。
私への依頼が書いてある注文書を穴が空きそうなほどに見つめ、何度も何度も宛先の名前を確認する。
「私宛・・・ですか」
「ああ、頑張れよ」
「っ・・・はい!!」
私のための依頼書を抱きしめて、誠意一杯大きな声で返事をする。
今私の顔は緩んでいることだろう。
私の下に、私宛の私だけの依頼が来たことも、そしてなにより師匠が私のために仕事を用意してくれた事実が嬉しい。
「今日はもう使わない、好きに使え」
私の頭を軽く撫でながら、横をすり抜けていく師匠。
私がやり残していた掃除を引き継いでくれるようで、師匠のこういった何気ない気遣いが、この人を尊敬する理由の一つだ。
工房に入り道具を準備していく、この時道具は綺麗に作業台に並べる。
師匠は工房の中が汚くなるのを好まないし、私もここでの作業になれた今、汚い工房では作業が出来そうにない。
ホドにも火を入れ準備をしていく、この火を入れるのも案外難しくて、火を見ながら丁度いい温度で保つのはなかなか難しい。
鉄のインゴットを充分に焼いたのを確認し、取り出して叩いて行く。
後ろから師匠の気配を感じながら、その気配に安心しながら、夢中になって鉄を叩き続ける。
楽しい、鉄を打つたびに心が震える。
綺麗なソリを出せるように、しっかりと計算をして打ち上げていく。
曲剣のそりは決して同じものはないが、同じ形で打てる技術も、やはり重要な物だ。
型鍛造であれば、すべて同じ形に出来るし、焼入れも水ではなく油で行う為失敗も少ないが、切るには鋭さのたりないなまくらになってしまう。
鋼鉄製ならまだしも、鉄製だと「あんなもん、鉄パイプにも劣る鉄の塊だ」と師匠は苦い顔をしていた。
剣身を低温で熱して火造りを行う、焼入れ前の最後の作り込み。
ここでしっかりとソリの調整や、厚みのムラも歪みもここで直していく。
小槌を使ってじっくりと時間をかけて、鉄と睨めっこを続け、おもちゃで遊ぶように夢中になってしまう。
やはり師匠の打った剣よりも雑なところがあるし、手直しをしなければならない部分が雲泥の差で違う。
それが分かれば十分だと師匠は言っていたが、私としては師匠に一歩でも近づきたいし、なにより早く師匠に褒められたい。
私は一体何を考えているんだか・・・。
「出来た」
出来上がった剣身を掲げる。
鉄のカトラス+にいま自分ができる全てをつぎ込んだ、磨き上がった剣身に反射して、後ろでこちらを見ている師匠が目に入る。
その目は見たこともないほど優しい目で、何時もこんな目で見られていたのかと思うと、体温が急激に上昇していく。
そんな恥ずかしさをごまかすように、次の剣を打つ準備に取り掛かる。
鍛冶を昼間から始めたはずなのに、気づけば夜中と呼ばれる時間になっていた。
夢中になって鎚を振るっていたからわからなかったが、こんな時間になるまで剣を鍛え続けたのは初めてだ。
立ち上がり後ろを見ると、師匠が変わらずに座っていた。
「夢中だったな」
呆れたような、でも嬉しそうな顔で私に話しかけてくるが、長い間集中していたせいで頭が動かずに返事が出ない。
「もう今日は帰れ、片付けはやっておく」
喉を鳴らしながら言う師匠に、私は外へと連れて行かれてしまう。
「よくやったな、気をつけて帰れ」
動かない頭を下げてから歩き出す。
なんだか不思議な気分だ、まがい物の月を眺めながらマイホームへと帰っていく。
師匠に言われた「よくやった」と言う言葉が頭がグルグルと回って。
この日は、いつまでたっても忘れられない
日間ランキング六日と昼まで一位ありがとうございました。
皆様に思い残せと言われたものも、今日で遂げられました。
もう本当に思い残すことはありません。
本当にありがとうございました。
釜という表記を鍛冶用の炉である「ホゴ」に変更しました。
読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
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