採掘のお仕事
それはいきなりのことだった。
その日は休日で、朝から「鍛冶屋ジョンハンマー」に居て、午前中は素材の置き場所陳列について師匠と話をして、午後からは師匠が工房にこもって新しい武器の為に鉄を鍛えていた。
私は私で、午後からは店内の掃除と午前中に決めた配置に陳列を変え、それからは店番をしつつ書きとったメモを整理していた。
「弟子」
「はい、どうしました師匠?」
急に後ろから師匠が話しかけてきた。
師匠は話しかけてくる、これはつまり何かしらの修行があるのか、もしくは単純に用事があって話し掛けてくるかのどちらかだ。
修行は新しい技術を身につけられるし、師匠と一緒に鍛冶ができるのも嬉しいし、用事でも自分が役に立っていると実感できるから、それはそれで嬉しい。
「今日の夜は暇か」
「えっと・・・はい特に用事はないです」
こういった事を聞かれたのは久しぶりで、今日の夜も幸いにも特に用事といった用事はなく、師匠の質問にいい返事ができた。
「そうか、鉱山に行く準備をしておけ」
「買わないんですか?」
鉱石は確かに採掘でも取れるが、その時間と労力を考えるのなら、やはりお金に余裕があれば、自分で採掘するより買ったほうが良いだろう。
「鉱石を掘ることで見える物もある」
「っはい!!わかりました!!」
自分の思慮の浅さを少し恥じつつ、師匠が見てきた物を自分も見ることができる事実が、自分をまた一つ見てくれたようで、何にも代え難い事だ。
ついつい笑顔で返事を返してしまった、子供っぽいと思われていないだろうか。
「サンドウィッチを作っておきましょう!」
「フッ・・・そうだな」
師匠は軽く笑ったあと工房の方に戻って行き、それを見送ったあとに続きになっていたメモを纏める作業に入る。
後になってピクニック気分な発言をしたことに気付き、頭を抱えてしまったのは私だけの秘密だ。
■
夜になったので店を閉め、一度私はマイハウスに戻り装備を整えてから「ジョンハンマー」へと急ぐ。
私の着ている「オーガキングのライトレザーアーマーシリーズ」と「三本交差剣のマント」は、師匠が私のために作ってくれたもので、素材を取りに行く時などに使わせてもらっている。
体に密着しながらも動きは阻害せず、むしろ動きやすく工夫されているこのデザインは、鍛冶に関わるものとしては憧れるものがある。
洗練された技術を全て詰め込んだような鎧を渡されたときは、それを胸に抱えて子供のように喜んでしまった。
店に着くと丁度師匠が出てきたところで、その姿に目を奪われてしまう。
重厚なプレート・メイルに身を包み、厳格な雰囲気のある黒いマントを羽織った姿は思わず息を呑むほどの出来だ。
プレート・メイルは左肩の肩当ては厚くいかつい、右手で両手剣を取るため右肩はあまり厚さがなく動かしやすいように出来ている。
左肩から二の腕にかけてが重装備になっているのは、盾を持たない師匠がかわりに左肩や二の腕を使って攻撃を受け止めたり、受け流したりするためだ。
「っさて行きましょう師匠!」
「ああ」
一向に歩き出す気配もなく、師匠は私を上から下まで目を走らせる。
その目はどこか見定めているようで、少し緊張してしまう。
「どうしました?師匠」
「いや、成長したと思ってな」
褒められた!
思わず嬉しくなってしまうのも仕方がないだろう、師匠に弟子入りして早数ヵ月、迷惑しかかけていなかった私も成長している。
師匠の言葉が、何よりも自分の成長を感じさせる。
「!・・・ありがとうございます!」
何も言わずに歩き出した師匠を追いかける、自分も少しは役に立てるようになった、その事実が嬉しく、師匠の横に立っていられる事は私の胸を熱くする。
師匠は空に浮かぶ月を見ながら、何も言わずに私の前を歩いていた。
この光景が、いつまでも続けばいいと密かに思った。
師匠に続き洞窟の中に入っていく、そこは私が来たこともない鉱山で、全く整備が行われていない道を歩いていく。
見たこともないモンスターが襲いかかってくる、そのモンスターを焦ることもなく撫で斬りにする師匠は一体どんな人なんだろう。
鍛冶にも戦闘にも才能があったのだろうか、私も一時期は冒険者として活動をしていた時期もあるから、最初は師匠を守らねばと思っていたが、その必要は全くなかった。
一度私がいて迷惑ではないかと聞いたことがある、事実師匠は私を守るように剣を振るっている為、私が素材を取りに行くのを手伝うのは邪魔のように感じていた。
「・・・大したことはない、弟子を守るのも師匠の仕事だ」
そう言っていつものように薄く笑い、私の頭をひと撫でし「それに、俺は鍛冶師だからな」と言って喉を鳴らしていた。
本当に、不思議で底の見えない人だ。
師匠に頂いた「精霊樹の弓」に矢を掛けて、師匠の死角にいる敵に放つ。
頭を射抜かれた敵は体制をくずし、HPはほぼ九割を削る、次の瞬間には師匠の剣が赤い残像を残しながら通り過ぎ、相手をエフェクトに変えてしまう。
最初の頃こそ、どう戦えばいいか分からずあまり弓を引けなかったが、何度も戦っているうちに師匠との連携が取れるようになってきた。
こちらに近づいてきたゴブリンのようなモンスターに「聖銀のダガー」で応戦する。
軽く硬いダガーはその切れ味も凄まじく相手が出血状態になる程で、そのダガーで一度顔を切りつけ怯ませた体を後ろに引きながらダガーを投擲する。
ダガーが足に刺さり完全に体勢を崩す、その間に矢を取りすぐさま敵を射抜き、エフェクトととなって散ったのを確認してダガーを拾い上げる。
師匠の方を見るともう戦闘は終わっていたようで、私の方を見ながらいつでも助けに入れるように待機していたようだ。
そんな戦闘を繰り返しながら奥へと進んでいく、師匠に疲れは見えず普段通りそこにいるといった感じだ。
しばらく敵も出ず歩いていると、少し開けた場所に出る。
暗がりから少しづつ敵が出てくる、その数は今までとは比べ物にならない数で、思わず弓を引くことすら忘れてしまう。
「弟子!矢を打て!」
「っ・・・はい!!」
師匠の大声が響く、こんなに大きな声は聞いたことがない、怒ったふうではなく喝を入れるような声。
その声に体は瞬時に動き出す。
完全に前を向き、背中をこちらに向けた師匠が目に入る、その前には黒いミノタウロスがバトルアックスを振り上げようとしている。
それの目を狙い弓を引きすぐに放つ、放たれた矢は黒いミノタウロスの右目に吸い込まれ突き刺さる。
怯んだ瞬間を見逃さず、首に剣を走らせてすぐ横に迫ったゴブリンを叩き切る。
その姿を視界に入れたまま、私は弓を引き敵に向けて矢を放った。
戦闘が終了し素材を確認する。
モンスターの名前を確認したり、武器に損傷がないか等を調べ、問題がないようなので作ったサンドウィッチを取り出し口に入れる。
「ん・・・美味いな」
「ありがとうございます」
このゲームはスタミナがあり、これを回復するには食事をするか、その場で休憩をとったりするのが効率がいい。
スタミナがなくっていくと体の動きがだんだんと遅くなってしまう、最後までなくなると一定まで回復しないと行動が極端に遅くなってしまう。
その為このゲームではHP管理も重要だが、それ以上にスタミナの管理が重要になってくるゲームだ。
師匠が立ち上がりツルハシを取り出し採掘を開始しようとする、ツルハシは装備品で採掘+2という特殊効果が付く、当然装備品なので戦うこともできそれなりの攻撃力だ。
「私がやりますから師匠は休んでてください」
「そうか・・・ありがとう」
師匠にありがとうと言って貰う為に、素材の回収や採集等は率先して行う。
何度も叩きアイテムがインベントリに収納される音を聞く、その間師匠の視線を感じながら集中して叩いて行く。
私が何かしらの行動をしている時、大体師匠は私のことを見ていてくれる。
その視線はどこか温かく、自分のことをよく思ってくれているのだとわかる視線だが、どうも目が合ってしまいそうでそちらを見ることができない。
「師匠終わりました!」
「っよし次に行くぞ」
そんなことを繰り返しながら、師匠と共にどんどん奥へと進んでいく。
その先にあったのは大きな扉で、ボス部屋のようで「今日はここまでか」と思っていると師匠がとんでもないことを言い出す。
「行くぞ」
「行くんですか!?」
ボスは通常、四人以上八人以下のパーティで挑むのがちょうどいいとされている。
ドロップ品の数自体は変わらないため、パーティメンバーが多ければ多いほど稼ぎが少なくなってしまう。
その為大体四人でいい稼ぎに、八人だと少し安いが安全にボスを倒すことができる。
しかし、二人で挑むのは異常だ。
「当たり前だ、鍛冶師だからな」
そう言って師匠は扉に手をかける、それはどこかこの場所に留まっていられないような、早くこの中に入りたいという普段の師匠にはなかなか見られない姿だ。
「さっさと殺ってさっさと帰るぞ」
「わかりました!」
なんだか新しい師匠を発見したようで、嬉しくなり声も明るくなってしまう。
これからボス戦だというのに、緊張感のない声を出してしまい少し後悔。
中に入ると、さっきまでの敵とは比べ物にならない威圧感を感じる。
立っているのはバフォメットのようなボスだ、その体は太く厚く、持っているバトルアックスを受けてしまえば、私なんかはひとたまりもないだろう。
「回復を頼むぞ」
「え!」
バフォメットを視界に捉えた師匠は一瞬笑った、獰猛に今まで見たこともないような、まるで獲物を見つけた獣のように。
その瞬間に師匠は駆け出し、凄まじい声で雄叫びをあげながら敵に向かっていく、恐らく基本スキルの挑発か威圧だろう。
その声に敵も反応するが、私も反応し弓を引き敵に威圧射撃を行う。
当たらなくてもいい、師匠があいつの元にたどり着くまで私が敵の邪魔をする。
そこからは圧巻の戦いであった、タンクとダメージディーラーを同時にこなしてしまう技術、あれだけ威圧感もあり師匠の倍はあろうかという身長の相手に、一歩も引かずに剣を叩き込んでいく。
私は師匠を回復をしながら、敵の頭を狙って闘いを撹乱する。
左肩で相手の斧を弾き、左腕を使って攻撃をそらし、剣を両手で時に片手で振り回す。
大振りの攻撃が繰り出され、まるでそれを待っていたかのように剣で弾き上げる。
体勢が崩れた瞬間に師匠は回転し足を傷つけ、相手からダウンをとってしまう、騎士が弾き戦士がダウンを取るところは何度か見たことがあるが、一人でやってしまう人はいなかった。
バフォメットがダウンし膝を地につけた、返しの剣が素早く首のあたりに赤い閃光を残す。
首が飛び、エフェクトがはじけた。
店に帰り私はインベントリを確認し整理していく、バナジウム鉱石を師匠は探しているらしく、数あるドロップ品を確認していく。
「師匠!バナジウム鋼石ありました!!」
「ほんとか、やはりな」
バナジウムを何に使うのかはわからないが、見つかった喜びでつい工房から飛び出してしまう。
師匠は破顔し喜んでいる、友人曰くこの笑顔は怖いらしいが私はそうは思わない。
普段あまり感情を表に出さない師匠が、ここまで感情を出しているのは少し可愛い。
「っさて、今日はここまででいい、俺はこれからバナジウム鋼石を使ってダマスカス鋼を・・・」
「私も残ります!!」
ダマスカス鋼の誕生を見られるかもしれない、それなのに帰る様な鍛冶師は鍛冶師ではない。
その瞬間をみたいあまり、思わず師匠に詰め寄ってしまう。
「わかった、好きにしろ」
「はい!師匠!!」
この日ダマスカス鋼は生まれなかった、しかし師匠と共に試行錯誤した時間は、貴重な体験になった。
後日ダマスカス鋼が完成した時に師匠に抱き上げられてしまい、あまりの恥ずかしさに数日間顔もまともに見れなかった事は、私の胸の奥底にしまっておこうと思う。
たくさんの方からハクナマタタをいただきました。
総勢11ハクナマタタとなり、より一層僕もシーンパーイナイサーと歌っております。
今回から本編を離れ、またしばらくアナザーSIDEとなります。
しばらくの間、お付き合いください。
四日連続の日間一位、最早言葉になりません。
連載当初は、まさかこんなに伸びるとは思わず。
5000件もお気に入りが増え、非常に嬉しいです。
毎日ランキングを確認し、やっと現実なのだと実感できました。
まだまだ拙く誤字も多い小説ですが、こんなに多くの人に読んでもらい僕含め主人公達も喜んでいると思います。
どうかこれからもリアローフオンラインをよろしくお願いします。
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