その男師匠につき
工房の中はきちんと整理され、道具が散乱していたりそこらに石炭が落ちていたりということはなかった。
今まで見てきた工房はどこも、足の踏み場もなかったり、道具や材料がそこらに転がっているような場所ばかりで、なんとなく工房っぽい感じだったが、ここは確かに工房だ、工房らしいとかではなく立派な工房。
ホドにはまだ火が残り、鉄や泥入り混じった匂いは鍛冶師の工房であるということをしっかと証明していた。
師匠は壁に沿って設置されている棚に向かい、下から三番目に入っていた箱を取り出す。
その箱は黒を基調にした金属製の箱で、鍵穴等はなく恐らくあの彫金からして魔法で開ける形の宝箱だろう。
その箱から師匠は短剣を取り出す、鞘には三本の剣が交差した紋章が入っており、恐らく真鍮であろう金属で鞘口や切っ先を装飾してある。
「ん、弟子」
「師匠?何ですかこれは・・・」
「弟子なら持ってろ」
「はっはい!」
その剣を受け取るとずっしりとした重みが有り、自分はこの人の弟子になったのだというなんとも言えない気持ちになる。
師匠が大きめの金床の前に腰掛け道具を準備し始める、様々な道具を金床の横にある机に並べていく、私が持っている初心者用の道具とは桁が違う数に面食らってしまう。
「おい弟子、お前剣を打ったことは?」
「あります、でも何度やっても失敗します」
「そうか、よし打ってみろ」
「いまですか!?」
「ああ、素材は好きに使え」
「・・・っはい!」
これが最終試験のようなものなのだろうか、どちらにせよ今できることを全部やらなければ、ここで期待に添えないようではこの人の弟子は務まらないのかもしれない。
「材料は鉄、ショートソードを作ります!」
気合を入れて材料を選ぶ、鉄のインゴットを適当に選びホドの火を強くしていく、その間師匠は何も言わず背後の丸椅子に腰掛けている。
自然と身が引き締まる思いで釜の中を見つめる、火が強くなってきたらインゴットを入れて熱を加えていく、鉄がだんだん赤く染まっていく。
鉄を適当な温度で取り出し叩いて行く、何となくここを叩けばいいというアシストを頼りに、何度も何度も右手にしっかり力を入れて叩きつけていく。
打ち上がりの剣身を磨き、グリップなどをはめて最後の仕上げを終わらせていく、油を引き完成。
「なんて書いてある」
「鉄のショートソード(破)」
「失敗だな」
「っ・・・はい」
冷たい響きの声が後ろから投げられる。
失敗してしまった。
期待に応えることができなかった、それだけのことが何故か悔しかった、今まで成功してこなかったことが今日になって成功するわけがないのに。
「まずはインゴットの扱いだ」
「はい」
泣きそうな顔を伏せて、メモを取る振りでなんとかごまかそうとしていると、頭にポンと手が乗り撫でられる。
「インゴットは+と++がある、まず折り返し鍛造を行い鉄のインゴットに含まれる余計な炭素や不純物を抜く、すると鉄のインゴット++にまでなる」
心が温かくなり、まだ見放されていない事実に浸っていたところに、とんでもない爆弾を落としてきた。
インゴットにまだ上位があるとは知らなかったし、これはwikiにも載っていなかった、そんなことをなんのことでもないかのように話す、場合によってはとんでもない報酬と交換できそうな情報をだ。
「次にこのインゴットに焼きなましを行い内部の歪をとっていく、これによって鉄の上質なインゴット++へとなるわけだ、ここまでが剣を打つ前に行う下地作りだ」
急いでメモをとっていく、一言一句忘れたくない、この貴重な言葉と経験の数々をメモ帳という形で残していく。
「まずはここまで、できるようになれ」
「あっはい!」
「鉄はここにあるのを使っていい、無くなったら言え」
「ここでやっていてもいいんですか?」
「今日はもう予定はない」
私はその日夜中になるまでインゴットを叩き続けた、後ろで師匠はいつまでもいつまでも見守ってくれていた。
ただそれだけのことが、ひどく嬉しかった。
■
あれから一週間が経った、その間師匠は毎日私に付き合ってくれて、様々なことを教えてくれた。
防具に付ける紋章の違いや、販売の仕方や販売に上げるための段取り、鉄などの仕入れに採掘場所、シュタイン商会やエリーゼ武具店との商談の進め方。
自分がこの店にとって重要な人間になっていくのが嬉しかった、ある日渡された工房への合鍵は私の宝物だ。
もちろん鍛冶についてもたくさんの技術や知識を、厳しくでも優しく教えてくれた、この世界がゲームだということも忘れて毎日熱中した。
「弟子」
「なんですか師匠?」
「鉄のインゴット+で、剣を打ってみろ」
「・・・っはい!!」
この一週間師匠を見ていた、師匠が剣を打つ姿を瞬きも忘れて見つめていた。
準備の仕方も、道具がある場所も、師匠の動きをなぞる様に鍛冶の準備にとりかかっていく。
「始めます!」
まず焼きなましを行ってインゴットを一つ上の段階に持っていく、ここでも神経を研ぎ澄まし一瞬の変化を逃さないようにする。
鉄のインゴット++が出来上がった、気が緩みそうになるのが頭を振って切り替える。
師匠に習った事を頭で反復しながら、鉄を叩いて鍛えていく、今までとはどこか違う感触が、右手に伝わってくる。
「肩の力を抜け、叩きつけても意味はない」
「っはい!」
そうだ、緊張しちゃいけない緊張してはいい剣は打てない、肩の力を抜いて、私はただ剣を打つんじゃない、いい剣を打つんだあの人に近づくんだと自分に言い聞かせる。
「鉄をもっと感じろ、自分の直感を信じるんだ」
「っはい!!」
そうだ、今師匠は関係ない。
今は鉄と私ししかいないんだ、もっと鉄を感じて応えなければ。
不思議な感覚に、私は時間を忘れてしまう、どれだけ右手を振ったのかも、今外は明るいのか暗いのかも、何もわからなくなってくる。
鉄が喜んでいる、漠然とそう思った。
打ち上がった剣に焼入れをしようと立ち上がる。
「待て、まだ水に浸けるな」
「・・・?」
「焼入れを行ったら、焼戻しを行うんだ、剣を貸してみろ」
一瞬どうしたのかと思ったら、どうも新しい技術を教えてくれるらしいようで、剣を渡すと一度釜に戻しながら口を開く。
「いいか、今から焼入れをしその後に焼戻しという処理を行う」
「はい」
「この処理は400または600度まで鉄を再加熱し一定時間保持、その後に冷却するというものだ、この工程は鉄の微妙な変化を見極めなければいけない、できるか?」
「・・・やってみせます」
「それでこそ俺の弟子だ」
最後の言葉に胸が熱くなるのを感じる、こんなことを言われて平気な顔をしていられる人がいるのだろうか。
この一週間迷惑しかかけていないというのに、何時も何時も薄く笑いながら「気にするな」と私にいうこの人にこんなことを言われて、どうして平気でいられようか。
「っよし剣を水に浸けろ」
剣を抜き、水に入れるタイミングを図る。
「入れるときは一気にだ」
剣を水につけ、独特の音に耳を傾ける。
「釜の火を落とすんだ、この温度だという温度を探せ」
「はい」
ホドを覗き込む私の横に師匠が並び、同じく覗き込んでくる、緊張する。
自分の勘を頼りに温度を下げていく、下がりきってもいけないし、下がりきらなくても当然いけない、ここだという温度を探す。
「「ここです(だ)」」
師匠と声が重なった、自分の勘が正しかった事に安堵しつつ、剣を釜の中に入れる一瞬の変化も逃したくない、この子は絶対に完成させるんだ。
無事に焼戻しも終えた剣を磨き上げ、部品をどんどんはめていく、ポメルを手にとった時師匠がこちらに話しかけてくる。
「弟子、ポメルにこれを打て」
「これは?」
「剣の紋章印だ、お前はまだ二流だからなこれで十分だ」
「はい!三本交差剣の紋章印をもらえるよう頑張ります!」
「おう、頑張れよ」
二流でも鍛冶師と認められた、この事実がまた私の胸を熱くしていく。
ポメルをはめた時に、どうしてもこみ上げる笑いを堪えられずに小さく笑ってしまう。
皮をグリップに巻き、その上から糸を巻きつけて模様をつけていく、巻きながらも紋章印をもらった嬉しさを噛み締める。
「ほれ、鞘だ」
「あ、ありがとうございます」
師匠が鞘を作ってくれた、実際に打っていないのにどこにも引っかかることもなく剣は鞘に飲み込まれていく。
鞘に収まった剣はどこか光り輝いているように見えて、自分がこの剣を打ったんだという実感がどんどん湧いてくる。
「粗鉄のショートソード+」私が初めて打ち上げた剣は、今日もカウンターの横にある壁にかけられている。
その日「鍛冶屋ジョンハンマー」は夜遅くまで火がついていた。
中からは二つの鎚の音が響き、その二つはとても楽しそうな響きを持っていた。
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