妹の憂鬱
朝から部活に出かけていたお姉様が帰宅したのは、正午を少し過ぎてのことだった。
階下で食事を済ませてきたであろうお姉様は、どたどたと階段を駆け上がり、部屋のドアを開けるなりベッドの上に鞄を放り投げて寝転がる。
私は読みかけの本を畳むと、小さく溜息をついた。
汗だくのまま、お布団に寝転がるなんて女性としてどうなのか?
「お姉様っ!」
強い口調で話しかける。
いつも言っていることだけど、言わずにはいられない。
お姉様だというのに、どうしてこうもだらしないのか。
「もう少し……」
「女らしくって? それ聞き飽きたよ」
仰向けのお姉様が、頬を膨らませて反論してくる。
ここで引き下がるわけにはいきません。
「そんな汗をかいたままで布団に寝転がらないでください。臭いが移ってしまいます」
「失礼だな、臭くなんてねぇよ」
お姉様は胸元にシャツを伸ばして鼻にあてた。
私は椅子から立ち上がり、お姉様を見おろしながら、
「自分では気づかないものです。シャワーを浴びてきてください」
と、冷たく言い放った。お姉様はあからさまに嫌そうな顔になり、
「夜に風呂入るんだから面倒だろ? 昔の人は毎日そんな贅沢許されなかったんだぞ」
と、身を起こして布団の上にあぐらをかいた。
「現代の話です」
「やれやれ、わーったよ」
しぶしぶベッドから起き上がったお姉様が、私の机に鎮座しているくろちゃんに目を留める。
「あれ? なんでそいつ真姫が持ってんだよ」
「えーっと、それは……」
何か理由を考えておくべきだったと後悔した。
お姉様は眉をひそめると、
「また何か企んでやがるのか?」
私との距離を詰め、ジト目で睨んでくる。
「企んでませんよ」
慌てて首を左右に振って否定しながら、私は思いついた言い訳を口にする。
「ちょっと美術のデッサンに使おうと思っただけです」
「あはは、そりゃいい。真姫は美術の成績低いからな」
しかしそれは、逆にお姉様に付け入られてしまう結果になった。
お腹を抱えて笑うお姉様の姿に、怒りが込み上げてくる。
だけど、成績の話をするのなら……。
「美術と体育だけのお姉様に言われたくないです。勉強だって音楽だって負けません」
ふい、っとお姉様から顔を逸らす。
「後から生まれた妹のくせに生意気な口を叩くな」
いきなり私のほっぺが摘まれ、左右に引っ張られた。
まただ。双子なのに姉が偉い発言。
どうして私の方が妹なんだろう? 絶対に間違っている。
「だひだひ、ひもふとだっへひひまふけど」
お姉様の手をどかし、ひりひりする頬をさすりながら、
「昔は先に生まれたほうが妹だったんですよ。絶対おかしいです」
と、抗議する。
お姉様はにやりと笑い、
「現代の話だぜ」
私の頭に手を乗せて、髪をくしゃりとすると、部屋を後にした。
閉じられたドアをむすりと睨みつけながら、お兄様がドアを閉め切らないようにと言っていたのを思い出し、少しだけ開けておく。
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて、両足でばたばたと布団を叩いた。
何よ何よ、ほんとに子供なんだから。絶対、私の方がお姉さんなんだからっ!
病院の方が、きっとどこかで取り違えたんだ。
ふいに、だれかの笑い声が聞こえた気がして顔を上げる。
ただ、時計の針が静かに時を刻む音だけが耳に届いてきた。




