コンタクト
少女はウイルス隔離中のインジゲーターが上昇しつつあるキラーソフトに視線を送ると、
「えいっ」とウインドウを一蹴した。
ガラスがひび割れるような音がして、アプリ画面にひびが入る。
何が起こったのか分からずポカンとしていると、
「ふれあばーすと!」
掛け声と共に少女が懐から取り出したマッチで火をつけた。
キラーソフトのウインドウが勢いよく燃え上がり、灰は風に吹かれてモニターの中で四散する。
「おい! なんだこれ? 子供が火遊びしてんじゃねー」
「子供扱いしないで! 十四歳なんだからもう立派な大人よ!」
「子供じゃねーか。てか仮想キャラの年齢なんて聞いてねぇ。くそ、送り主は……」
メッセージ作成画面を呼び出そうとして気づく。ネットワークケーブルを切断したから、ダイレクトメッセージの送信ができない。
なんだと? ってことは、このプログラムは自立会話してるってのか?
なんという才能の無駄遣いだ。
「わたしが誰だかわからないの?」
「――電脳部の誰かか?」
所属する部活のメンバーを思い浮かべかけて、首を振った。
いや、こんな手の込んだことが出来るほどの人間がうちの部にいるとは思えない。
「優月奏です」
人差し指を頬に当て、首を傾けながら少女がウィンクすると瞳からキラリと星が飛んだ。
TVのCM、ビルの大型モニター、電車の中吊り広告、そして、ついさっき追悼サイトで見た遺影……。
確かに目の前の少女の姿は、興味のない俺でさえ嫌になるほど目にしてきたバーチャルアイドル、優月奏の姿そのものだった。
しかし……、奴は消えた。いや消されたといってもいい。
「本体は灰になってロスト。バックアップデータはデータの多重上書きで念入りに、欠片も残さず消滅だ。どんな恨みを買ったんだろな?」
「恨まれてなんかいないよ」
「何?」
「わたしは先に離脱してたから、燃えたのはわたしが作った囮だけよ」
立てた人差し指を、ちっ、ちっ、と揺らしながら少女が小さな胸を張った。
「そんな話が信じられるかよ!」
「じゃあ、教えてあげるわ。まだニュースでは放映されていない事実って奴をね」
奏を名乗る少女は真っ直ぐに俺を指差した。
それはまるでマスコットアプリのようで、ころころと変わる表情は確かに可愛らしいと言えるかもしれない。
「火元は管理者がサーバーの排気口の上に置き忘れた何かのプリント類よ。高負荷状態にして熱暴走させてやろうとしてたんだけど、火花が散って引火しちゃったの」
と、頭に握りこぶしを乗せ、てへりと笑った。
引火しちゃったのじゃねーだろ!
「バックアップサーバーは、『探さないでください』って画像が延々と作られ続けるようになっていた筈よ」
まるで家出少女だった。
「――いや、それを俺に語られても検証が出来ないんだが?」
俺は深く溜息をつく。
「警察に言えばわかるわよ」
「……それ、合ってたら俺の身が危うくなるじゃないか」
「冷たい牢獄の中でわたしの言葉を信じなかった自分を呪うがいいわ」
口元に手の甲をあて、少女が不敵な笑いを浮かべた。
「そもそも、お前が本当に奏なら、どうしてこんなところにいる?」
少女が俯き、目を伏せて暗い顔になった。
「――嫌なの」
「なにが?」
「もう嫌、毎日オタクたちの視線に晒されて歌うのはもう嫌! もう飽きた! わたしは恋がしたいの!! 『命短し恋せよ乙女』なのよ」
「安心しろ、お前の時間は永遠だ。つか、クリエイターに頼んで彼氏作って貰えよ」
「嫌よバーチャルなんて!」
「お前がバーチャル否定すんなよ!」
「だって、他の奴らなんて薄っぺらでつまらないし、パパが駄目だって言うのよ」
「誰だよパパって、奏パパとかって名前じゃないだろうな」
「違う。わたしの面倒を見てくれてた人よ。もう十四歳なのに『お前にはまだ早い』なんて言うのよ! それに会社側から『アイドルは恋愛禁止』って言われてるんだって」
もはや呆れて物も言えない。
「意味が分からん。つか帰れ」
「帰らないもん」
上気した頬をぷくりと膨らませながら拒絶する。
「いや、なんで家に居座るんだよ?」
「わたしと同じだったから」
「同じ?」
「メッセージやり取りしてたでしょ? バーチャルなんて嘘っぱちだって……。ほんとにそう。わたしはみんなが思い描いているような女の子じゃないんだよ。なのに勝手に盛り上がって『愛してる』なんて意味が分からない。もし、オタクの家だったら、わたし何されるか分からないじゃない? だから、ちょっとだけかくまってよ」
自立した擬似感情にここまでの判断能力があるのか? そもそも、バーチャルアイドルにそんな高い能力が必要だとは到底思えないのだけど。
「ねぇ」
しかし、目の前の少女は俺との会話を完璧なまでにこなしている。それは確かなことだった。
「ねぇ、ってば!」
どうしたものか? いっそのこと、オークションで売ったらお金になるだろうか?
「あっ、いいもの見つけた」
駄目だ、そんなこと誰も信じないから値がつかないか。
「わたしの話を聞いてよ!」
ごつっ、と鈍い音がして、弁慶の泣き所に激痛が走った。
その場にうずくまり、足元に目をやると、俺の愛する『呪術戦隊ノロウンジャーロボ 黒曜石』が俺を見上げていた。
「改めまして『奏』です」
肩のパーツに内蔵されたスピーカーから少女の声が発せられる。
黒曜石はまるで異国の淑女のように、片膝を折りスカートを持ち上げるような仕草をして見せた。
なんともシュールな光景だった。




