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魂の居場所(ありか) ~リアルとバーチャルの境界線~  作者: りす
第一章 リアルとバーチャルの境界線
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月の妖精

 スタッフに促され、ゲートを抜けて演技場に出る。

 冷房がよく効いていた控室とは異なり、むんとした熱気が体を包み込む。

 天井から目が眩むほどの光が降り注ぎ、二階席からの歓声が場内を盛り上げている。


「やるぞ」


 逃げ出したい気持ちになる自分を一喝し、待機場所でノートパソコンを開く。

 控室で作成したのは、飛び上がりを修正したプログラムと、着地を修正したプログラム。

 これから作る三つ目のプログラムは、二回捻りの強さを修正したプログラムだ。


 不意に、場内に先ほどまで感じたことのない、どよめきが起こる。

 演技場に目を向けると、綺麗な黒髪の少女が凛と立っていた。

 藤の花があしらわれた淡い紫の振り袖をあでやかに身に纏った姿に惹きつけられ鳥肌が立つ。

 なんだあれ? あんなドールなんて見たことがない。


「続きまして、花京院 帝さん。魔法少女リナ、カスタム。舞香と呼べ」


 大きなざわめきの中、帝がこちらを見て笑った。

 背中まで伸びた黒髪、着物を優美に着こなした美しいドールには、他の演技者が持っていたピンク色の髪で露出度の高い衣装を纏った魔法少女の面影など微塵も残っていない。


 ドールは柔らかく首を傾げると、緩やかに動き出した。

 その繊細な動きを、皆が固唾を飲んで見守っている。


 どこからともなく吐息が漏れる。

 ゆらゆらと優美に舞うその姿は、風に舞う藤の花のように可憐で、うっとりしてしまう。

 これは何だ?

 ロボットドールコンテストじゃなかったのか?


 これまで熱気に包まれていた筈の場内は、ひっそりと静まりかえり、誰も言葉を発しようとはしない。

 まるで本当に日舞の公演を見に来たかのように、落ち着いた空間へと様変わりしていた。

 ドールは弧を描くように、とてとてと歩き、膝を折り、くるりと回るとまた膝を折る。

 手にした藤の枝を掲げ舞い踊る。その一つ一つの仕草が美しく、観客を魅了していく。

 振袖に描かれた藤の花が揺れ、ぽかぽかとした心地よい春の日に、縁側に座って藤の花を愛でている情景が思い浮かんだ。


 そして――、

 気が付けば演技が終了して、少女が一礼した。


 自分の立場も忘れ、その姿に見入ってしまっていた俺は我に返る。

 しまった!

 残りの時間で三つ目のプログラムを組めた筈なのに、完全に呑まれていた。

 目の前で見せつけられた完璧な演舞が脳の奥深くに刻み込まれている。

 帝の冷たい笑みが浮かんだ。


『地べたを這いずる庶民でも観察するとしよう』


 あいつの言う通りだ。

 確実なのはバク転までで、最後に実行したプログラムでは、後方二回宙返り一回ひねりに失敗して無様な姿を晒してしまう。

 残り二つのプログラムに掛けるしかないが、お世辞にも高いとは言えないだろう。


「準備をお願いします」


 背後からスタッフに声を掛けられても、俺はその声に反応することが出来なかった。

 体が凍り付いたように動かない。

 嫌な汗が背中を伝い流れる。


「信じらんない」


 突然、奏が声を荒げて怒りの露わにした。

 メティスの中、目を吊り上げた奏が俺を睨みつける。


「女の子の髪の毛を切るなんて、最低っ!」


 いや、突っ込むとこ、そこかよ。

 確かに元の魔法少女キャラは腰まである長いピンク色の髪だった気がする。


「あんな奴に負けたくない。負けたくないよ、優斗」

「俺だって負けたくない」


 だけど、時間は待ってはくれない。

 今、目の前にある現実は変えられない。

 スタッフの手によって、あらかじめこちらが指定しておいたポイントに黒曜石が立たされる。

 演技場の一角から、対角線に向かって立つ位置だ。


「それではみなさん、長らく続いた今大会も、ついに最後の演技者となりましたぁ! 燈坂 優斗さん。呪術戦隊ノロウンジャー 黒曜石。どうぞーー!!」


 落ち着いた場内を再び盛り上げようと、これまでより大げさなマイクパフォーマンスで名前を呼ばれた。

 ちらほらと、拍手や指笛を鳴らす音が聞こえてくるが、場内はまだひっそりとした雰囲気を引きずっていた。


「最悪の順番だな、あれ」

「ほんと、同情する」


 すぐ後ろの客席から漏れる声さえも耳に届いてしまうほどに……。


「――優斗」


 奏が心配そうに声を上げた。

 手が震えて動かない。


「私がプログラムを起動する。優斗は次のプログラムを作って」


 俺の代わりにメティスのメニューをなぞり、奏はウインドウをスライドさせてプログラム一覧を表示させた。

 こんな状況でも、奏はまだ諦めていない。

 真っ直ぐで澄んだ深紅の瞳の奥に宿った強い意志の力。

 そうだ、俺だって……。


「ああ、プログラムを実行して駄目ならリセットモーションだ。それから基本プログラムの起き上がりで……」

「大丈夫、わかってる」


 奏がウィンクすると、キラリと星が飛んだ。

 その姿に、ふっ、と笑みがこぼれた。

 帝のドールによる魅了が上書きされ、呪縛から解き放たれる。

 俺は一つ小さく頷くと、ノートパソコンでパラメーターの変更を開始した。


 演技場から、カシャ、カシャと黒曜石が足音を立てて走り出す音が聞こえた。

 何度も聞いた音、目で追わなくても、頭の中で音に合わせた黒曜石の動作が再生される。

 ロンダート、バク転、そして後方二回宙返り一回ひねりに入ったところで、ガシャリと鈍い音がした。

 くそっ、失敗か?

 顔を上げる。転倒した黒曜石が目に映った。


 ――沈黙の後、笑いが漏れた。


「なんだよ、最後なのに」

「あーあ、順番逆だったろ」

「優勝は決まりだなあ、帰るか」


 聞こえてきた声に血が沸き立つ。

 会場のところどころで荷物を纏め始める観客達の姿が目にとまる。

 倒れ伏した黒曜石の小さな背中に向けられた哀れむような眼差し。

 やめろ、同情なんていらない! そんな目で俺を……、奏を見るな!!


「まだだよ優斗、プログラムを……」

「ああ」

「一つ目、最後の演技より、良い感じだったよ」


 飛び上がりを修正したプログラムは失敗した。

 次は着地を修正したプログラムだ……。


 俺は、二回ひねりの強さを修正した三つ目のプログラムを完成させ、変換を開始すると顔を上げる。

 その一方で、奏の手でリセットモーションから起き上がりの基本動作を実行し終わった黒曜石が、演技場の初期位置に戻っていた。


「いくよ」


 二つ目のプログラムを奏が実行する。


 予想外の演技再開を目にしたからか、一度は立ち上がった観客が足を止める。

 だけど……、演技は失敗に終わった。

 二つ目は駄目だな、このプログラムは捨てる。

 

 変換が完了した三つ目のプログラムを黒曜石に転送すると、気持ちを切り替えて次のプログラムを作成するために、一つ目のプログラムを呼び出した。

 ここからパラメーターの変更を行っていく。

 だけど、何を変えればいい?

 考えが纏まらない。

 競技場の黒曜石がリセットモーションから再び起き上がる。

 そして、転送したばかりの三つ目のプログラムもまた、失敗に終わった。


「これも悪くないよ。優斗、あともう少しだよ。どちらかといえば一つ目かな? 7:3くらい」


 よし、決めた。

 奏の直感を信じて一つ目と三つ目のプログラムを掛け合わせていく。

 これでいける!

 作り終わったプログラムの変換を開始した。


「まだ? 演技時間がもう1分しかないよ」


 何だって?

 インジゲーターの予想時間を確認する。残り時間は1分20秒となっていた。

 どっと、冷たい汗が噴き出す。

 最初は少し長めに時間が表示されるから、少しは早くなる。

 だけど1分は掛かるし、変換が変わったプログラムを黒曜石に転送するのにも十秒は掛かる……。これではとても間に合わない。

 軽く眩暈を覚えて、視界がぐにゃりと歪んだ。

 駄目だ、間に合わない。

 俺は拳を地面に叩きつけた。


 未完成な演技。

 黒曜石に翼なんてものは無い。転送済みのプログラムは、ただ無機質に同じ演技を繰り返すことしかできない。

 ――プログラムに奇跡は起こせない。


「もう間に合わない」


 俺は力なく首を振った。


「ばかっ! 諦めるの?」


 メティスの中、奏が投げたゴミ箱が、鼻っ面目掛けて飛んでくる。


「なら、お前は出来るのか? この状況を変えられるのか? 変換と転送時間を短くできるのか!?」

「無理よ。無理に決まってるじゃない!」


 奏は泣きそうな顔で怒っていた。


「でも、でもでも、こんなのやだよ」

「俺にどうしろってんだよ」


 絶望と怒りの中で、


「あんばれ~」


 と、少し舌足らずな女の子の声が聞こえた。


「かな……ちゃん、自分を信じて!」


 続いて、真姫の声に似ている声援が聞こえた気がした。

 その二つの声が呼び水となって、あちらこちらで声援が上がり始める。

 初期位置に立ったままの黒曜石に向けて、次の演技を促すように手拍子が鳴る。


「……やる」


 頬を紅潮させ、目に涙を浮かべながら奏が叫んだ。


「なんだって?」

「わたしがやる!!」


 流れた一筋の涙を拭い、決意の込もった眼差しで黒曜石を見つめた後、奏がメティスから姿を消した。

 直後、カシャカシャと音をあげて、黒曜石が地面を蹴る。

 突き上げた腕を地面に着いて回った。

 ロンダート。それは、さっきまで調整していたプログラムとは異なっている。

 奏自身の演技だった。


 着地と同時に膝を折り、反動をつけて黒曜石が飛び上がり、宙を舞う。

 大きく足が弧を描いて地面に着地し、そのまま両足で踏み切ってバク転から後方二回宙返り一回ひねりに繋ぐ。


 心臓が何かに掴まれたような感覚。

 息をすることも忘れて、その姿に見入る。


 横と縦二つの回転を加えながら、黒曜石の頭と足の上下関係が逆転し、最高点に達したところで膝を抱えて後ろ向きに回転軸が変わる。


 そして……、着地が決まった!


 はち切れんばかりに目を見開き、『奏』と大声で叫びそうになる。


 プログラムに奇跡は起こせない。

 だけどこれは、奇跡という言葉をおいて他にはなかった。


 奏……、


 おまえは……、


 なんだ? なんだんだよ!? 最高じゃないかっ!! 奏!!!


 興奮と感動に、ぞくぞくと体が打ち震える。

 目の奥が熱くなり、自然と涙が込み上げてくる。


「やったぁ! って、優斗泣いてる」

「くっ、泣いてない」


 溢れた涙が目から伝い流れようとするのを拭った。


「いやいや、今、メティスのバイザーとったし」

「うるさいっ」


 会場中にどよめきが起こった。

 口笛と拍手が鳴り響き、歓喜の声が天高くに沸き上がる。

 それは、演技終了のブザーが鳴ってからも途切れることはなかった。


 舞香の時と同じように、あっけに取られていた司会者が、


「そっ、それでは、最後の演技が終わりましたので、結果を集計します」


 と、その場を治めた。


◇ ◇ ◇


 演技終了から、二十分ほどの時間を置いて、


「お待たせしましたぁぁ!」


 と、再び司会の男性が声を張り上げる。


「第二回、ロボットドールコンテスト、最・優・秀・賞の発表です!」


 帝の舞香と、俺の黒曜石は、会場に他にはない異質な空間を作り上げた。

 自分の見た中では帝に敵う演技をしたドールはない。

 俺たち二人のどちらかだろうか? それとも他の競技者か……。

 沈黙が重く背中に圧し掛かる。

 奏の勝利を信じたい。いや、信じている……。


 固唾をのんで見守る中、司会者が言葉に溜めを取り、一呼吸おいて、


「――、エントリーナンバー36! 燈坂優斗ぉぉ!」


 俺たちの番号と、名前を告げた。

 スポットライトが降りかかり、会場の液晶モニターが俺と黒曜石の姿を捉える。


「やったよ、優斗!」


 メティス内の奏が飛び上がる。

 無邪気に笑う奏の姿に、俺もつられるようにして笑った。


 息苦しいほどの拍手の渦に飲み込まる。

 会場のあちらこちらでフラッシュを焚く光がチラついている。

 いやちょっと、写真を撮るのは止めてくれ。

 これまでの人生でこんなに大勢の人から注目されるようなことはなかった。

 腕をあげてガッツポーズでも取ればいいのか?

 どう振舞えばよいのかわからない。


「それでは、優勝者による、エキシビションに移ります」


 へ? 聞いてないけど!?

 目を白黒させ、奏と顔を見合わせた。

 場内では、アンコールの唱和が響き始める。


「おい奏、アンコールだぞ」

「餡子売るの? うん、餡子は美味しいね!?」

「お前はバーチャルアイドルだろが! そんなボケは通じないからな!」


 奏がちろりと舌を出す。


「え? だって……、無理、だよ?」


 人差し指を口元にあて、えへへ~と可愛く首を傾げる。

 可愛くしたって騙されない。


「ログとかあるだろ? プログラムだろ?」

「ないよ。無我夢中だったんだから」

「おい」

「だってそんなの全部ログ残してたら、あっという間にくろちゃんの容量無くなっちゃうよ」


 まじか……。

 頭を抱える俺に、


「優斗のプログラムあるでしょ」


 と、最後に変換したまま日の目を見ることが叶わなかったプログラムを、奏は黒曜石に転送して実行した。


「あ、こけた。ダメじゃん優斗」

「だな。後は任せた」

「は? ちょっとぉ」


 抗議の声を聞こえない振りで、ごまかす。

 奏がしぶしぶ黒曜石に移り、演技を開始して……。


「あっはっは、こけたじゃねーか!」

「なによもうっ! あったまきたっ!!」


 演技上の中央で黒曜石がゆらりと立ち上がり、天を仰いだ後、正面を見据える。

 緩やかに右手を前に伸ばし、片膝でリズムを取り始めた。


「ムーンサルトなんてやるのが間違いなのよ! 踊りでいいんだったら絶対負けないもん!」


 な、まさか! 目を見張る。


「おまえ、ばか、やめろ」


 慌てて止めようとするが、遅かった。


「おい、あれ」


 異変に気づいた男が声をあげる。


「か、奏?」

「奏」

「カナちゃん」

「月ちゃん」


 会場がざわめき、口々に彼女の名前を口にした。

 足を止め、ぽかんとした顔で黒曜石に視線を集中させていく。


『あなたと出会った瞬間、心がトクンとなった』

『これから何かが始るんだって予感がしたの』


 奏の歌声がメティスを通じて俺の耳に届く。

 黒曜石が奏の踊りをしていることに、爆笑や野次が起こった。


『辛いことや、悲しいこと。あなたが全部忘れさせてくれた』

『生きることの意味を、あなたが教えてくれた』


 だけど、それは最初だけだった。

 奏の踊りは見るもの全ての人を惹きつける。


『ああ、月の妖精さん、わたしの願いを叶えて』

『この夜が何時までも明けないように』


 歌声は俺にしか聞こえていない筈だった。

 なのに気がつけば、歌はメティスの外からも聞こえてきた。

 涙に咽ぶような声で……。あるいは、優しく呟くような声で……。 

 歌詞にとても似つかわしくない男の声まで混じり、その歌は会場中に響きわたる。

 一部の野次は歌声に飲み込まれる。

 会場が再び熱を帯びていく。

 皆の想いが、願いが、心が一つに集まっていく。


『この夢が覚めることのないように』

『わたしに魔法を掛けてください』


 黒曜石が腕を広げ、伸ばし、胸に押し当てる。

 切なそうに空に向かって顔をあげ、空に向かって手を伸ばす。

 観客達は目に涙を一杯に浮かべながら、黒曜石の中に奏の姿を見ていた。

 黒曜石の中に宿る奏の魂に触れるように、求めるように手を伸ばす。


 歌が終わる。

 魔法が解ける。


 後には、すすり泣く声と、奏の名前を呼ぶ声が途切れることなく聞こえた。


 てか、どーすんだよ、これ……。

 俺はへたりと地面に座り込んだ。


「えっと、優斗」


 メティスに戻った奏がおずおずと声を出し、上目遣いに俺を見つめる。


「おい、何やってんだお前!」


 小さな声に怒りを込めて呟く。


「あはは、つい」

「ついじゃねー! どうするんだよ、これ」

「えーーと、誤魔化して」


 会場に目を向ける。

 周りからの視線が痛すぎる。

 無理だろ。


「そっ、そっ、それでは、景品を選んでいただきましょう」


 司会者が助け舟を出してくれた。

 おおお、と会場が沸き立つ。

 運ばれてきたのは、限定タイプの黒曜石、そしてプロトタイプ奏だ。

 黒曜石のボディは俺の通常タイプとは異なり、会場の光を浴びて恍惚と輝いている。

 プロトタイプ奏はWEBで見ていた以上に精巧で、赤いワンピースに編みこまれた銀糸の刺繍がキラキラと光を反射していた。

 あー、こうなったら誤魔化しきる。

 俺は限定版黒曜石を指差した。

 と、その俺とは離れた場所で奏が操作した黒曜石は、プロトタイプ奏を指差していた。


「かなでー」

「奏」

「キター」


 奏コールが一際大きくなった。


「おい、俺はあっちを指差してんだ、みんな見ろよ」


 俺の抗議は場内の歓声にかき消された。


「優斗、結局なんにもしてないじゃない」


 グサリと、心臓に冷たい言葉が刺さる。


「勝利に貢献した方が選ぶって言ったよね、言ったよねぇー」

「うっ」

「約束破るんなら、あの写真、ゆりかさんに送りつけるわよ」

「まてぇ、俺が悪かった」


 俺は力なく腕を落とすしかなかった。


「それでは燈坂優斗さんに、優月奏、プロトタイプを!!」


 司会者が止めの一声を上げ、俺は涙ながらにそれを受け取る。

 その日、一番の歓声が俺たちを包み込んだ。


 最優秀賞を受賞し、幾つかの手続きを終えて開放された頃には、辺りは暗くなり始めていた。

 大きな紙袋に収められたプロトタイプ奏の重みを感じる。

 これ電車で持って帰んなきゃだよな。

 会場を出ると、帝が待ち構えていたように俺の名前を呼んだ。


「君には負けたよ。意外だったな、君も奏のことが好きだったなんてね。君はロボットにしか興味がないのかと思っていた」


 いや違うから。


「よかったら僕と友達に……」


 帝が右手を差し出す。

 メティスの中で奏が舌を出し、あかんべーをしている。


「ならん」


 帝の言葉を一蹴して、その場を後にする。

 どうせ奏のダンスプログラムを渡せとか言うに違いないのだ。

 駅に向かって歩きながら、帝の呆然とした顔を思い出して、笑いがこみ上げる。


「知ってるか? あいつ、『あまおう』って言われてるんだ」

「あかくて、まるくて、おおきくて?」


 奏が首を傾げた。


「いや、違う。『あいつ、まじ、おうさまきどりで、うざい!』」


 あはは、と奏が笑った。俺も笑った。


「ねー、優斗」

「ん?」

「ありがとう」


 照れくさそうに奏が頬を染める。


「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。わたし、みんなの前で歌うことの楽しさ、思い出した。わたしの歌をあんなに待ってくれている人達がいて、嬉しかった」


 熱を帯び一つになった想い。あの高揚感を忘れることはきっとない。

 それは、奏というAIが皆に愛され、ここに生きているという証明……。

 たとえ形がなくても、みんなの心の中で奏は確かに生きていた。


「ああ。俺も来てよかった」


 空に浮かぶ月を見上げる。


「――結局、俺は何も出来なかった」

「出来る出来ないは関係ないよ、精一杯の努力をして今出来る一番のことをする。わたしだって、ずっと前から踊れたわけじゃない」

「前からって、お前、最初からアイドルじゃないのかよ」


 ううん、と首を振る。


「何度も何度も失敗を繰り返しながら、いつかみんなの前で歌えるようになるって、自分を信じて頑張ったんだよ」


 いまひとつピンとこないが、奏の言いたいことは分かる。

 願うことからすべてが始まる。

 諦めなければ叶えられるかもしれない。

 諦めたらそこで終わりだ。

 人の想いに奇跡を呼び寄せる力があるなら、それは人工知能にもきっとある。

 ひょっとしたら、俺と奏の間には、本当に隔たりなんてものはないのかも知れない。


「そうか、ありがとな」

「うん」 


 それから、しばらく無言の時間が続いた。

 このまま奏が消えてしまうような予感がした。

 出会ってからのことを思い出して、目の奥が少しだけ熱くなる。

 俺一人が彼女を独占していい筈がない。

 でも俺は彼女に知って欲しかった。

 人の温もり、家族の繋がりを……。

 もっと一緒に居たい。

 そう願う気持ちを悟られないように、じわりと目を閉じて涙をおさめ、


「寂しくなるな」


 と、呟く。


「どうして?」


 奏が首を傾げて、きょとんとする。


「……帰るんじゃないのか?」

「どうして?」


 両方の手を胸の前で結び、メティス画面の中でずずいと、俺の眼前に詰め寄る。

 俺は目を丸くした。


「いや、だって、ほら、そういう流れじゃなかったか? 今?」

「違うよ。それに帰る場所なんて、もうないし」


 奏が頬を膨らませた後、嬉しそうに笑う。


「優斗、私がいないと寂しいんだ」


 俺は顔が真っ赤になるのを感じながら目を逸らす。


「いいよ~、優斗。これからも一緒に居てあげる」

「違う、さっきのは、流れで言ったんだ」

「はいはい」

「はいはいじゃねー」

「はいはいはい」


 周りの視線を気にすることなく、俺は笑いながら怒った。

 楽しい夜だった。


『この夜がいつまでも明けないように』


 奏の歌の歌詞を思い返しながら歩く俺を、優しく月が照らしていた。

第一部 ロボットドールコンテスト編 完


第二部は、優斗、奏、ゆりかの恋物語に突入。

出番の少なかったゆりかが大活躍の予定なのです。


このペースだと、最初から数えて丸一年くらい掛かることになりそうですが、これからもよろしくお願い致します。

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