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灰と王国  作者: 風羽洸海
第三部 帰還
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2-8. 再会


 イスレヴの言葉通り、じきに天竜隊の宿舎にも皇帝の使いがやってきた。既に例の『竜侯様服』に着替えていたフィンは、マックと共に王宮へ向かった。道すがら、多くの評議員が集まってくる。贈り物らしい荷物を捧げ持った従者を連れている者も散見された。

「次の皇帝に早速ゴマすりとは、ご苦労様だね」

 ひそっとマックがささやき、まったくだな、とフィンも苦笑気味に応じる。何も持っていない者は恐らく、戻ってきた養子をそのまま次の皇帝に据えるか否か、これから見定めようとしているのだろう。実力のある議員ならば、己自身が皇帝の座を狙えるのだから。

 王宮の広間には既に人がぎっしり詰めかけていたが、フィンとマックは召使に案内され、最前列に空いた場所へ並んだ。

 しばらく待たされた後、ようやく召使が皇帝の入室を告げ、ざわめきがぴたりと止んだ。室内に満ちている粘つくほどの期待や思惑を、ヴァリスは全く意に介さぬ風情で現れ、設えられた壇に上がった。その服装は少し上等な普段着という程度で、これが非公式の集まりであることを示している。その後から、明るい金髪の少年が続く。少し遅れて、従者と侍女らしき二人が滑り込み、壁際にさっと控えた。

 フィンは何気なくそちらに目をやり、思わず声を上げかけた。きわどいところで口を閉じたものの、目は大きく見開かれ、すぐには表情を取り繕えなかった。

(タズ!?)

 どうしてここに、と驚いていると、相手も彼の視線に気付いてか、振り向いた。そして同じように目を丸くし、次いでこちらは今にもふきだしそうになった。直後、隣の侍女に腕をつねられて顔をしかめたが。

 二人の無言のやりとりを、小セナトは壇上から興味深げに眺めていた。皇帝の方は居並ぶ議員達に目を向けており、気付いてもいない。

「お集まりの諸君。ナクテ竜侯の孫にして第四軍団長の息、小セナトの顔を既に見知っている方も少なくなかろうが、改めて紹介しよう。先日結ばれた協定により我が養子にして後継者となった、セナト=アエディウス=ネナイスだ」

 手で示され、セナトが頭を下げる。拍手が沸き起こった。

「一年余り行方が知れなくなっていたが、このほど帰還した。いずれ公式に次期皇帝としての承認を諸君から受ける日が来ようが、今はまず彼の無事を皆に知っておいて貰いたかったのだ。今後、彼が真に後継者たるに相応しく成長を遂げられるよう、力添えを願いたい」

 ヴァリスは用心深くよそよそしい挨拶を続け、議員達も、あるいは熱心に、あるいは冷ややかな打算のもとに、拍手を送る。セナトは硬い表情でそれらすべてを受け止めていた。

 皇帝に続いてセナトがお決まりの挨拶をし、贈り物が召使達によって運ばれ、受け取られて。しばしの騒がしさの後、気が付くとフィンは広間にぽつんと取り残されていた。皇帝とセナトも、大勢の客も去って、残っているのは後片付けをしている召使達だけだ。その時になってようやく、タズが壁際から離れ、駆け寄ってきた。

「久しぶりだな、フィン!」

 勢い良く飛びつかれ、危うく突き倒されそうになりながら、フィンも笑って相手の肩に腕を回した。

「驚いたぞ、タズ。どうしてここに?」

「話すと長いんだ。それよりおまえが無事で良かったよ!」

 タズはフィンを思い切り抱きしめ、それからちょっと離れてしげしげと彼の格好を眺めた。

「本当におまえ、竜侯様になっちまったんだなぁ。いったい何があったんだ?」

「話せば長いんだ」

 フィンはタズの台詞を取っておどけると、続けて言った。

「ただ、実を言うとコムリスで会った時にはもう、竜と絆を結んでいたんだ。あの頃は用心が必要だったから、おまえにも教えられなかったんだが……紹介するよ。天竜のレーナだ」

 同時にふわりと光が生まれ、レーナが少女の姿で現れた。タズがぱかんと口を開けたのにも構わず、レーナは笑ってタズに抱きついた。

「フィンのお友達なのね。嬉しいわ」

「え、わわっ、ちょっと待った、なんなんだ何がどうなって」

 タズは焦ってしどろもどろになり、むやみと手をじたばたさせる。フィンは幼馴染の困惑を面白そうに見物しながら言った。

「俺達の前に出てくる時はこの姿のことが多いんだが、空を飛んだりする場合は竜の姿に戻るんだ。真っ白で大きな翼があって、きれいだぞ」

「えっ」

 と、反応したのはレーナの方である。おっと、とフィンは苦笑した。

「見た目の話だよ」

「あ、そ、そうよね。でも、ええと、あの」

 レーナはタズを離し、もじもじと恥ずかしそうに指を組んだりほどいたりする。ようやく小声で「ありがとう」と言った時には、頬が桜色に染まっていた。珍しい反応にフィンは首を傾げたが、いつものことか、と気を取り直す。

「色々あって、将軍や皇帝とつながりが出来て……竜侯として協力することになったんだ。別に貴族になったわけじゃないから、形式的な話で、内実は以前の粉屋と変わってないんだがな。おまえは? どうしてセナト様のお供をしているんだ?」

「お供って言うなよ。俺はあの坊ちゃんが逃げてる間に、正体を知らずに雇われて巻き込まれて、そのままなし崩しにこき使われてるんだ」

「よく言うよ、自分からお節介焼いたくせに」

 事実を指摘する声が飛ぶ。タズが渋面で振り返った先に、セナトが立っていた。少年は澄まし顔ですたすたフィンに歩み寄り、ぺこりとお辞儀をした。

「お初にお目にかかります、竜侯フィニアス閣下。皇帝陛下と祖父との講和に尽力して下さったこと、陛下から伺いました。私からもお礼を述べさせてください」

「いや、そんな大袈裟なことでは」

「随分と態度が違うじゃねーか、こら」

 フィンとタズが同時に応じる。セナトは顔を上げるとニヤッとした。

「タズの友人だそうですね。こんな態度の竜侯だったらどうしようかと心配していたんですが、あなたはまともなようで安心しました」

「…………」

「まともって何だ、俺はまともじゃないってのか。“こんな”のにさんざ世話になっておいて恩知らずだなおまえは!」

「タズが勝手について来たんだろ。自分で言ったじゃないか」

「それは最初だけだ!」

「下心があったくせに」

「だからそれは違うって……! おまえもしつこいな!」

 フィンが何も言えずにいる間に、二人の応酬はどんどん過熱する。ついに堪え切れずマックとレーナが笑い出し、よそからゴホンと大きな咳払いが割り込んだ。

「お二人とも、そのぐらいで」

 穏やかながらも有無を言わせぬ声に、タズとセナトは揃ってぴたりと口をつぐむ。壁際に控えていたネラがしずしずと進み出て、フィンに頭を下げた。

「初めまして。セナト様の侍女、ネラでございます。あなた様にも、ご友人のタズ様にも、大変お世話になりました。ありがとうございます」

 反射的に会釈を返しながら、フィンはやや不思議な気分になった。彼女が帯びている独特の気配に覚えがあるような気がしたのだ。が、初対面で色々詮索するのも不躾なので、興味を抑えて答える。

「いえ、俺は何も。タズは信頼できる奴ですから、大いに力になったと思いますが」

「本人の前で言うなよ、くすぐったい。ネラさん、言った通りでしょう、すっげえ堅物だ、って」

「……おまえこそ、本人の前で言うな」

 唸ったフィンの後ろで、マックが押し殺した笑いを漏らす。セナトも笑いたいのを堪えている風情で、フィンを見上げた。

「閣下、もし良ければ私の部屋で、少しお話を聞かせて頂けませんか」

 灰色に金を散らした大きな目で見つめられて、フィンは青霧や青葉のことを思い出した。それに気を取られて大仰な尊称をうっかり聞き流し、当たり前のように答える。

「いえ。申し訳ありませんが、タズと少し内輪の話がありますので。後日、改めて伺います」

「……そうですか」

 断られると思っていなかったセナトは、あからさまに落胆し、うなだれた。タズがその肩を叩き、慰める。

「そんなにがっかりすんなよ。こいつ、言ったことは守るからさ。それに」と、声を潜めて続ける。「言っとかなきゃならないことは、俺からちゃんと伝えておく。大丈夫だ」

「そうだね。その方がいいかもしれない。任せたよ、タズ」

 セナトはまだ少し残念そうだったが、食い下がらずに引き下がった。ではまたいずれ、と一礼して、ネラと共に広間を出て行く。それを見送ってから、タズがフィンに向き直った。

「んじゃ、俺の部屋で話すか。狭いけど文句は言うなよ」


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