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灰と王国  作者: 風羽洸海
第二部 竜と竜侯
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4-7. 山脈を下りる


「心配だな」

 眉を寄せてそう言ったのがオアンドゥスなら、何の不思議もないところだが、意外にもヴァルトだったもので、フィンは目を丸くしてしまった。それから、彼がフィンの安全以外に何を心配しているのかを思案し、訝りながら口にする。

「俺がいなくても、青霧はちゃんと支払いをしてくれると……」

「このクソ馬鹿、誰がカネの心配をしてるんだ」

 途端に罵声が飛んでくる。フィンは首を竦めてそれをかわした。ヴァルトは腕組みして偉そうにふんぞり返り、出来の悪い生徒に対する口調で説教する。

「おまえが何に利用されるか知れたもんじゃねえのが心配だ、つってんだよ。本国の偉い連中は腹黒いからな。流石に竜侯ともなりゃ、邪魔だからって簡単に消されることはねえだろうが、どんな困った状況に追い込まれるか知れたもんじゃねえぞ。下手すりゃ、にわか皇帝に祭り上げられることだってあり得る」

「そんな馬鹿な」フィンは呆れた。「俺をお飾りにしなければ帝位を取れない人なんか、本国にはいないさ。皆、俺よりよっぽど財力も権力も、実績も名声もあるんだから」

「そうか? たとえば、いまやすっかり見捨てられた北部を、この機会におまえを通じて支配しようとする奴がいたらどうなる」

「そんな奇特な人がいたら、一緒に北へ戻って篝火の番をするよ」

「本当にクソ馬鹿だなおまえは。おまえにそのきつい仕事をさせておいて、自分は本国に居残ったまま甘い汁を吸うって方法もあるんだぞ。おまえがそんな風だから、俺が心配しなきゃならねえんだよ、まったく」

 ああもう、とばかりにヴァルトは唸って頭を掻きむしった。横にいたプラストが迷惑そうな顔をして離れ、それからいつもの平坦な口調で言った。

「俺も同感だ、フィニアス。政治的なことはよく分からんが――地元の市長選挙ならともかく、本国の事はさっぱり情報もないしな――だがともかく、おまえが単身で将軍の“お抱え竜侯”にされてしまうのは、あまり良くない気がする」

「そうそう、それだよ」我が意を得たり、とヴァルトが身を乗り出す。「何かあってもおまえ一人じゃ身動き取れねえだろうが。いくら竜のお嬢ちゃんがいたって、見知らぬ土地で、まわりの人間が全員敵かもしれないとなっちゃぁな」

「……つまり、あんた達を護衛に連れて行けってことか?」

 フィンは限りなく胡散臭げな声を出す。ヴァルトはあっさりうなずき、部屋の隅で話を聞いていた青霧を振り返った。

「そうさ。そもそもの依頼だった第八軍団の阻止についちゃ、もう必要なくなっただろう? それなら、いつまでもしつこく雪が残る山奥に居座って、貴重な食糧をだらだら食ってるわけにもいかねえさ。なあ」

 同意を求められた青霧は、少し考えてから口を開いた。

「その点については正論だが、しかしあんたはどうやってフィニアスについて行くつもりだ? 峠はまだ雪で閉ざされているし、あんたがせっせと道を掘りながら進むとしても、あと二月は無理だ」

「なんだ、そんな事、簡単じゃねえか。こいつと同じく、竜に乗ってひとっ飛びすりゃ済む話だ」

 だろ、と今度はフィンに迫る。フィンは困り顔になった。確かに、レーナに何往復かしてもらえば、粉屋の全員を運ぶことも出来そうだとは思う。だが、竜をただの乗り物扱いすることには抵抗が強かった。しかもそれが少女の竜とあっては尚のこと。

 と、窮地を察したように青霧が助け舟を出してくれた。かすかに意地の悪い笑みを浮かべ、ヴァルトをやんわりと止める。

「竜侯以外の人間が竜に乗ると、酷い目に遭うぞ。楽しい道行きとはとても言えんだろうな。俺は闇の中を縫って遠く離れた土地に行くことも出来るが、一度無理について来た奴は、頭のどこかがうまく噛み合わなくなってな。一生、幻覚に怯えて暮らすことになった。レーナの場合はその心配はないと思うが、まず振り落とされないように体を縛り付けておかねばならんだろうし、うっかりすると山脈の向こう側に着く頃には氷漬けになっているかも知れんな」

「ええ? なんだよそりゃ。役に立たねえな」

「竜の翼は人間のためにあるのではない、ということだ」

 すげない青霧の答えに、ヴァルトはぶつぶつ文句をこぼしている。フィンは隣のレーナにこそっと訊いた。

〈青霧が言ったことは本当かい?〉

〈多分そうだと思うわ。試したことはないけど、やってみて本当に氷漬けにしちゃったら困るでしょ? フィンは絆があるから守られているし、しがみつかなくても私と一緒に飛んでいられるけど、ほかの人を運ぼうと思ったら……ちょっと大変ね〉

〈ふうん、そうなのか。ネリスやマックが、がっかりするかもな。一度レーナに乗せて貰いたがっていたから〉

〈フィンにぴったりくっついていたら、大丈夫なんじゃないかしら。それに、あの二人はきれいだから、一緒に飛んだら私もきっと気持ちいいわ〉

 優しい感情が伝わり、フィンもほんのわずか微笑する。そのまま視線を当の二人の方へ向けると、気付いたマックが「兄貴」と呼びかけた。

「俺だけでも一緒に行けないかな。兄貴の背中にしがみついてたら、レーナから落ちたりはしないだろ? そりゃ、俺じゃあ護衛っていうより……従者だけどさ。あ、でも、従者がいた方が竜侯らしく格好つくんじゃないかな」

「おまえを従者扱いしたくはないな」フィンは苦笑した。「だが確かに、おまえ一人なら一緒に行けるかもしれない」

「ずるい! それならあたしも連れてってよ!」

 途端にネリスが憤慨した。なだめにかかった周囲をぎろりとねめつけて黙らせ、従者がいるなら、お抱え祭司がいたっていいじゃない、と、わけのわからない理由をこじつける。そもそも彼女は正式な祭司ではないが、誰もその点を指摘しなかった。したところで、そんなことは問題じゃない、と火山弾を飛ばされるのがオチだからだ。

 青霧は二人の主張を聞くと、少しばかりからかう風情で口を挟んだ。

「フィニアス、子供二人ぐらいなら運べるだろう。おまえが“力”で二人を覆って、風と冷気から守ってやれ。残りの者については別の道を使えないか、心当たりを打診してみる。雪解けを待つよりは早く、南へ降りられるだろう」

 意外な言葉に、一同の視線が青霧に集まる。彼は肩を竦めて続けた。

「むろんその道も楽ではない。しかしそうでもしなければ、おまえの両親やヴァルトたちまでが、おまえにぶら下がって山越えをすると言い出しかねん。おまえにそんな暇はなかろうし、俺としても、竜のぶざまを見たくはないからな」

 それだけ言うと、彼は質問したそうなヴァルトを無視して出て行った。残された面々は狐につままれたような顔を見合わせ、小首を傾げる。

「別の道……ねぇ」ヴァルトが唸った。「空を飛んで行くんじゃねえとなりゃ、あとは地面の下を通って行くしかないが、まさか南へ抜ける隧道があるわけはねえし」

「あったとしても、そこを歩いて行くとなったら、楽ではないどころか、かなり気が滅入るだろうな」

 プラストが無感情に言い、憂鬱そうになった何人かを見やってから続ける。

「無理に来なくてもいいぞ。何人かフィニアスの手勢がいさえすれば、竜侯が将軍の私物じゃないと示しがつく。おまえたちは春になってからゆっくり来るといい。……その間、先発組は竜侯様の直属としてうまい飯を食って、暖かいベッドで寝て待つさ」

 意地の悪い挑発をまったく平然と言う辺り、露骨に口と態度に出るヴァルトよりも性質が悪い。その場に唸り声と苦笑がこぼれた。

 結局その日の内に、マックとネリスだけがフィンと共にコストムへ向かうことになった。

「フィニアス、しっかりネリスの面倒を見てやってくれよ」

 オアンドゥスに頼まれて、フィンは真顔でうなずいた。もちろん直後に、

「面倒見るのはあたしの方じゃないの?」

 とネリスが減らず口を叩く。ファウナが「そうだわね」と笑って同意した。

「二人とも、フィンのことを頼んだわよ。軍団の偉い人があなたたちを寄せ付けないようだったら、フィンを引きずってでも連れ帰ってちょうだい」

「任せてよ、おばさん」

「もちろん!」

 頼もしく請け合う二人に、フィンは複雑な顔をした。両腕をそれぞれに掴まれてずるずる引きずられる己のざまを想像し、この二人ならやりかねないな、と諦めまじりに苦笑する。

「大丈夫ですよ」フィンはファウナに向かってうなずいた。「グラウス将軍は話の分かる人です。頼めば二人とも受け入れてくれるでしょうし、軍団の規則で駄目だとしても、コストムの街に居場所を用意してくれるでしょう」

 そのぐらいは仕事の見返りとして、要求してもいいはずだ。伝説の剣に比べたら、はるかに現実的で、軍団の懐も痛むまい。

 フィンは「それじゃあ」と皆に挨拶すると、レーナの肩に手を掛けた。ネリスとマックが慌ててフィンの腕や背中にがっちりしがみつく。

 次の瞬間、巨大な白い翼が羽ばたき、三人は空へと舞い上がっていた。

 うわあ、と二人が叫ぶ。歓声と悲鳴の中間だった声が、すぐに驚きと興奮のそれに変わった。高い、速い、すごい、と口々に言いながら、雲や眼下の光景に目を奪われている。

「手を離すなよ」

 はしゃぐ二人に注意しながら、フィンは己の内に溢れる光を二人のまわりに巡らせて、見えない防壁を作ってやった。

(青霧は力の使い方を色々知っているんだな)

 彼に言われなければ、何も考えずに普通の人間をそのまま運ぼうとしていたかもしれない。そして自分と違ってすぐに落っこちたり、半分凍りかけたりしてからやっと、慌ててどうしたものかと対策を講じることになっただろう。

(この仕事が終わったら、もっと色々訊いてみよう)

 雲上の青空に目を細めながら、フィンはそんなことを考えていた。

 その『仕事』が簡単に終わるものだと、信じて疑いもせずに。


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