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灰と王国  作者: 風羽洸海
その他閑話
206/209

雨 降りし後に

第一部終了後の祭司フェンタスの様子を少しだけ。


「誰のおかげで今の身分にいられると思ってるんだ!」

 怒鳴り声が神殿に響く。言葉だけ取り出すと実に陳腐で下品な脅し文句も、それが実際に優位にある者から圧力を伴って発せられたら、かなりの威力を発揮するものだ。

「後悔するぞ! 後になって這いつくばって許しを請いに来ても、うちの門は通さんからな! 惨めに落ちぶれて物乞いでもするがいい!」

 喚くだけ喚いて、顔を真っ赤にしたニアルドが従者を引き連れ、憤然と出て行く。火の粉を恐れて遠巻きに様子を窺っていた人々が、そそくさとその場を離れていった。

 神殿祭司長の部屋に一人残ったフェンタスは、ニアルドとその手下が投げつけたり叩き落したりした物を、無言で片付け始める。ややあって、恐る恐る数人が戸口から顔を覗かせた。

「あの……お怪我はありませんか」

「手伝います」

 見えない影にびくつきながら入室してきたのは、平祭司や、神官位をもたない付属施設の職員達だ。フェンタスは礼を言いつつ苦笑した。恐らく役員達はもう早速と、次の祭司長を選ぶ準備にかかっているに違いない。表向きは不祥事の責任を取らせるため、実際はニアルドの機嫌を取るために。

「フェンタス様」

 と、職員の一人が強い声で呼びかけた。見ると、まだ若い彼の目は興奮気味にきらめいている。

「私はフェンタス様のなさった事が正しいと信じます。たとえ神殿を追い出されても、私はフェンタス様に従って参りますから。一緒に物乞いだってやりますよ」

 何も進んで巻き添えにならずとも、とフェンタスは言いかけたが、より早く別の祭司が顔をしかめて「それじゃ駄目だろう」と否定した。

「祭司長をすげ替えて、またニアルドの言いなりでは、意味がない。フェンタス様が神殿に残れるように皆で働きかけなければ」

「分かってますよ。いざって時の話です」

 職員がむっとして言い返す。彼らの熱意に、フェンタスは胸を詰まらせた。

(なんということだ。これまで子供達を生贄にしてきた私が、罰を受けて然るべきだろうに。ネーナ女神にお仕えする資格すら失ったと思っていたのに。女神よ、私にもう一度、機会を与えて下さるのですか)

 今回に限ってはあの一家を見逃したことで、『正しい行い』をしたと言えるだろう。だがこれまでニアルドやその仲間に差し出した幼子のことを思えば、決してその罪は帳消しにされるべきではない。

 それでも、あるべき神殿の姿を取り戻し償いをする機会を、与えられるというのならば。諦めるなと励ましてくれる人々がいるのならば。

「……ありがとう。どうやら私は、目の前にある宝に気付いていなかったようだ。厳しい戦いになるだろうが、君達が支えてくれるのなら私も力が湧いてくるよ」

 既に辞任するつもりでいたのに、転進反撃する意志の力が戻って来る。微笑んだフェンタスに、若者達も頼もしい笑みを返した。


 結局、祭司長の改選を協議している間に、どこから噂を聞いたのか匿名で大金の寄付があり、フェンタスの解任は立ち消えになった。

 ニアルドや軍による嫌がらせを受けて神殿を去った者もいたが、残った祭司や職員が新たに加わった者と共に、結束を強めて乗り切った。

 そうこうする内にディルギウスが南進の準備に忙しくなって、甥の駄々に付き合っていられなくなって。

 ――やがて、どんな嵐もいつかは鎮まるように、神殿にも平穏が戻って来た。

 穏やかな秋の陽射しのもと、色づいた木の葉が一枚また一枚と舞い落ちる様を見ながら、フェンタスはしみじみと、女神の導きに感謝した。

(もし、また彼らに会う日があれば)

 その時は、預かった子供達が元気に過ごしていると、こんなに大きくなったと、胸を張って見せたい。だから、どうか、

(それまであの一家をお守りください)

 彼らが無事にどこかへ逃げ延びていますように。彼らの身に降りかかる雨が、あまり長く厳しくなりませんように。

 そしていつか、この町が平和で安全になり、彼らがまた訪れてくれますように……。


(終)


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