親のきもち
2014年の正月SS。フィンの息子ネイシスについては既にウェブから下ろした外伝『嘘つき姫と竜の騎士』の内容になるのですが、この程度の言及なら読まれていなくても差し支えないかと判断して投稿しました。
このところ、フィンの気分は浮かれ気味だ。元々あまりはしゃぐといったことに縁のない性質だから、目立って上機嫌というほどではないが、それでも雰囲気が柔らかい。
本人にも自覚はあった。何しろ、このままずっと人間社会に隔意を抱いたまま生きていくのではと心配していた息子が、やっと一人の女性に興味と関心を持ち、好意まで抱くようになったのである。
親としては、喜ばずにはおれない。
相手の方もネイシスに好意的だし、うまくいくと良いな、ナナイスに来てくれないだろうか、無理でもネイシスの伴侶になってくれたらいいんだが、などとあれこれ先走った事を考えてしまう。
そんな親馬鹿症候群に陥っているフィンに、レーナがくすくす笑って言った。
〈この頃のフィンは“お父さん”みたいね〉
指摘され、フィンは決まり悪げに頭を掻く。レーナの言葉には二重の意味があった。
ひとつは、すっかり“父親”になっている、ということ。
もうひとつは、今のフィンが、彼にとっての“父親”そっくりだ、と――。
レーナの言葉に誘われて、古い記憶が脳裏によみがえった。
親族が顔を合わせる機会はいくつかあるが、やはり新年の挨拶回りが最も重要な行事である。現在のナナイスは町に一族全員が住んでいる例が多いが、それでも普段は別居の家族が集まって挨拶を交わし食事を共にする。
オアンディウス家も、ネリスとマックに娘ナイアが生まれて住まいを分けた為、新年に集まった時は少し久しぶりという雰囲気だった。
「しょっちゅう顔を合わせてるはずなんだけど、なんか新鮮だね」
しきたり通りの挨拶を済ませた後、ネリスは居間の椅子に腰かけて言った。ナイアは機嫌良くその辺を這い這いしているので、この隙に一休み、である。
「そうだな。でも父さんはあまりそっちの家には行ってないし、ナイアの様子を見るのは久しぶりなんじゃないか」
「そだね。母さんは毎日来てくれるけど、父さんやお兄は、そうはいかないもんね」
ぺたぺた這い回る逞しい赤子と、その相手をしている両親を眺め、兄妹はしばし沈黙した。初孫とあって、二人共すっかりめろめろになっているのだ。ファウナはともかく、オアンドゥスの崩れっぷりが予想を超えている。
フィンは微笑ましいような、いたたまれないような、複雑な顔になった。
彼にとって、オアンドゥスは優しくも厳しい父だった。
養子になった時にはもう十三歳だったから、露骨に甘やかされたり可愛がられたりということもない。愛情をたっぷり注がれたのは確かだが、家族として、また風車小屋の仕事を担う一員として、厳しく指導されたこともある。
オアンドゥスは決して殴ったり怒鳴ったりはしなかったが、それは恐らく、フィンが非常に真面目で聞き分けの良い子だったからで、もしタズのようにやんちゃで反抗心の強い子であったなら、迷いなく拳をふるっていただろう。
フィンの中では、オアンドゥスという人物はそういう姿をしていた。
であるから、
「ナイア~、おいでおいで~。ほーら、おじいちゃんですよー」
……だとか、聞いた事のない猫なで声を出す父は、正直微妙というかなんというか、つまりなんだその、
「気持ち悪い」
横から発せられたずばりと容赦ない一言に、フィンの方がびくっと竦む。見ればネリスは、あからさまな渋面をしていた。
「なんなのよアレ、見てらんない。デレッデレになっちゃってさ」
苦々しく小声で毒づく妹に、フィンは同情の笑みをこぼした。
一人娘とは言え、ネリスもやはり、父親に厳しくされた経験は少なからずあるのだろう。ネリスが幼い頃はオアンドゥスも若く、親として未熟であったわけだし、無責任に可愛がるだけで良い孫とは扱いも違う。当然のことではあるが、分かっていても面白くない。
そんな彼女の心情を思いやり、フィンは昔と同じく頭を撫でてやったのだった。
〈……気を付けないとな〉
近頃の己の浮かれっぷりを反省し、フィンはしみじみと自戒した。
あのオアンドゥスと同じざまを晒せば、ネイシスにどんな目で見られるやら。
いかんいかん、と頭を振ったフィンだったが、それが既に初孫を想定しているというどうしようもない事実には、気付いていなかった。
(終)




