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灰と王国  作者: 風羽洸海
その他閑話
203/209

無題(いい兄さんの日SS)

2013年11月23日に「いい兄さんの日」ということで書いた拍手御礼SS。

本編完結後のフィンとネリスです。

「ネリス、具合はどうだ?」

「あ、フィン兄。お帰り」

 生まれてまだ半月ほどの赤子を抱き、ネリスは眠そうな顔で椅子に座ったまま兄を迎えた。ネーナ女神の加護のおかげか安産で、産後の肥立ちも順調だが、まとまった睡眠をとれない毎日が続くとさすがにつらい。

 フィンは静かに歩み寄ると、姪の小さな頭を軽くふわりと包むようにしてから、同じ手でネリスの髪をくしゃりと撫でた。

「少し遅くなったが、祝いの品を持って来たんだ。疲れているだろうが、構わないか?」

「もしかして、買い出しに行ったのって目的はそれ?」

 ネリスは赤子を抱きなおし、呆れ顔をした。

 この竜侯様ときたら、竜の翼があるからと、ナナイスで手に入らない物を調達するのに自ら使い走りを買って出て、ウィネアやコムリス、果ては東のノルニコム王国までも飛んで行くのだ。ちょっとは威厳とか見てくれとかいったものに配慮して欲しい。

 だがそんなネリスの思いをまるで気にせず、フィンは微笑でうなずいた。

「ああ、もちろん他にも皆の用事を片付けてきたけどな。前に行った時、注文しておいたんだ。必要になるだろうと思って」

 言いながら一旦外に出て、置いてあった荷物を取ってくる。その腕に抱えられたものを見て、ネリスは何とも複雑な顔になった。

「……嫌な予感が当たったというか予想通りというか、やっぱりお兄だよねっていうか」

 はぁぁぁ、と深いため息をついてうなだれる。

 妹の反応に、フィンは目をぱちくりさせつつ、空いた椅子に柔らかそうな布をどさりと置いた。

「要らなかったか? でも、おむつ布はいくらあっても足りないだろう? コムリスで手に入る中では一番柔らかい布を頼んだんだ。まだ裁断してないから、おくるみを作ってもいいし」

「うん。……うん。分かってる、すごく実用的で助かるよ……助かるけどね?」

 来い来い、と手招きされてフィンが無防備に近付いたところで、腹に拳を一発。赤子を驚かせないよう怒鳴らない代わりだ。

 うぐ、と呻いてフィンは腹を押さえる。どうしようもない兄に、ネリスは冷たい目をくれて言った。

「せっかく可愛い姪っこが生まれたってのに、なんでそう華やかさの欠片もない代物なの! 実用品もそりゃ助かるけど、そんなのこっちでも揃えられるんだから、もうちょっと夢のあるものを選んだらどうなの?」

 大声を出せないぶん、抑えた声に特大の棘が出る。フィンは途方に暮れて、無言のまま小首を傾げて瞬きした。

「はぁ……お兄に気の利いたこと期待しちゃいなかったけど、こうも予想通りだと心配になってくるわ。身内だからいいけど、よそ様に何か贈る時は絶対、母さんかあたしか、オルシーナさんあたりに相談してからにしなさいよ」

 ネリスはやれやれと説教してから、布に手を触れる。なめらかで柔らかくて、これなら赤子の肌にも優しいだろう。自然と笑みが浮かぶ。顔を上げると、フィンが何かを待つような顔をしていた。ネリスは苦笑し、うなずきを返す。

「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」

「ああ。そう言ってもらえると思ってた」

 フィンが小癪な台詞をくれたもので、ネリスは渋面になる。フィンは笑って手を差し出した。

「しばらく俺が見ているから、少し眠ったらどうだ?」

「えぇ、大丈夫なの? いくらお兄が慣れてるって言っても……まぁいいか、じきに母さんが帰ってくるはずだから、それまでお願いしようかな。ずっと抱いてなくても、揺り籠に寝かせといてくれたらいいから」

 疑ってはみたものの、体は正直ですぐにあくびが出る。ネリスはフィンの腕に赤子を預け、ちょっとだけ、とか何とかむにゃむにゃ言いながら自分の寝床へよろめいて行った。


 娘のむずかる声がする。ネリスは目を覚まし、少し元気が戻っているのを実感しながら居間へ向かった。

 いつの間にかファウナが帰ってきて、フィンと交代したらしい。ぐずぐず泣く赤子を抱いてあやしていた。

「よしよし、ほーら、もう大丈夫、お母さんが来たわよ」

「お帰り母さん、ありがと。お兄は?」

 問いかけつつネリスは娘を引き取る。帰ったわよ、という返事を聞くと同時に、ネリスの目はテーブルに置かれた小さなものを見つけた。

「……なに、これ」

 可愛らしい、薄桃色の細い布を編んで作った小さな腕輪だ。ナイア、と名前が刺繍してある。大人用のものと対になっており、緋色のそれにはネリスの名があった。どちらの布も美しい透かし模様が入っている。

 絶句して立ち尽くすネリスに、ファウナがくすくす笑って教えた。

「フィンが置いていったのよ。出産祝いですって」

「えっ……でも、お祝いはこの布を……」

「恥ずかしかったんじゃない?」

 面白そうにファウナが言う。ネリスは呆れ、テーブルの上でちょこんと主を待っている腕輪を見つめた。

 もし最初にこれを出されていたら、自分はどう反応しただろうか。

(うわあぁぁ)

 その状況を想像するだけで、顔に血が上る。とても素直に礼を言えたとは思えない。

 一人で変な顔になったネリスに、ファウナが笑って言った。

「本当に、いいお兄さんを持ったわね」

「…………」

 うぐぐぐ、とネリスは言葉にならないうめきを返すばかりだった。


 (終)

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