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灰と王国  作者: 風羽洸海
その他閑話
202/209

公共の財産

DIYもほどほどに。2013年春夏頃の拍手御礼SS。


 フィン達がナナイスに戻ってきてから、一年余りが過ぎた頃。

 様々な職能をもつ人が集まり、誰もが精力的に働き、ようやくのこと町の機能が円滑に動き始めてはいたものの、まだまだ何かにつけ人手や物資の不足を思い知らされる日が続いていた。

 日進月歩の復興に追いまくられている竜侯様ことフィンも、ようやくまともな執務机を手に入れはしたのだが、

「……あれ」

 不運なことに、それはひどくガタつく代物だった。ゴヴァリアスの船が積んできた商品のひとつで、見た目はきれいなものの不良品だったらしい。

 フィンはひとまず、一時的にでも安定させて文字を書くぐらいのことが出来ないか、試してみた。孤児院にいた頃に皆で使っていた丸机はひどく傾いだため、脚に古布や木片を噛ませてみたり、何人かで位置取りを工夫してガタつかないようにしたりしながら使ったものだ。

「うーん……おっと……駄目だな」

 しばらくあれこれ検討した結果、どうも上手くいかないと諦めをつけ、フィンはさてと腕組みした。室内を見回し、脚に噛ませられそうなものを探す。が、生憎と適当なものが無い。代わりに目に付いたのは、何かと雑用によく使う小刀だった。

「ふむ」

 もう一度机のガタつきを確かめる。どうやら一本の脚の底面が少しだけ斜めになっており、その分だけ他の三本よりも長いようだ。ならば削って平らにすれば早いのではないか。

 そんな風に考えて、フィンは作業に取り掛かった。

 しばしの後。

「しまった。削りすぎた」

 余計に安定が悪くなった机を前に、フィンは途方に暮れた。底面を平らにすることに腐心するあまり、長さを確認するのを怠ったのだ。

 短くなった一本の下に何かを挟むのが安全だろう。下手に他の三本を削ってますます不揃いにしてしまったら、古い小咄にあるようにどんどん机が低くなっていってしまう。

 丁度いい大きさの木片があればいいんだが。

 そんなことを考えながら、フィンは外へ出て行った。


「阿呆かアンタ」

 話を聞いた木工職人は無遠慮な呆れ声を上げた。心底馬鹿にされているようだったので、フィンは苦笑も出来ず、目をしばたたいて小首を傾げる。自分は何か間違った事をしただろうか。確かにちょっと失敗してしまったが、阿呆とまで言われるほどのことではないと思うのだが。上手く出来ていたら、今頃のこのこ仕事の邪魔をしに来ることもなくて済んだのに。

「すみません、煩わせてしまって」

「違う、それが阿呆だっつってんだよ」

「え?」

「あのなぁ……竜侯様よ、俺は木工職人だぞ。机のがたつきを直すぐらい、ちょっと言ってくれりゃすぐ調整出来るんだ。でもって、それをすんのが、俺の仕事だ。煩わせたの邪魔だのってこっちゃないだろうが」

「はぁ。でも、こちらに注文した物ではありませんし」

「当たり前だ! 俺が作ったんならそんな半端もん、竜侯様に売るわけないだろうが!」

 怒られてしまった。敬意を払われているのかいないのか、よく分からない。

 困惑顔で立ち尽くすフィンに、職人はやれやれと頭を振った。

「まぁとにかく、他に誰もいないってんならともかく、ちゃんとここに木工職人がいるんだから、素人が下手なことするな。それぞれに専門の仕事ってもんがあるんだ、出来るやつに任せるのが一番いいんだよ。脚が一本ちょっと短くなった程度で済んだから良かったものの……」

 壊しでもしたらどうするんだ、と職人はため息をつく。言われてフィンも落ち度に気付き、真顔でうなずいた。

「そうですね、軽率でした。あの机は執務机として町のお金で買ったものなのに、私物のような感覚で適当なことをして失敗するなんて」

「…………」

 真面目に反省している竜侯様に、木工職人はもう無言で仕事道具をまとめ、市庁舎に向かう用意をしたのだった。


 そんなことがあった、しばらく後のこと。

 しっかりと安定した机で書き物をしていたフィンは、髪が落ちてくるのが不意に鬱陶しくなった。ナナイスを逃げ出したあの頃から一度もまともに切っていないので、結構な長さになっている。普段は慣れて気にしていないのだが、一度目につくと邪魔になってしょうがなかった。

「そろそろ切らないとな……」

 集中できやしない、と前髪をつまんでこぼす。そこでふと、そういえば鋏ならここにもあったな、と思い出した。机の抽斗から鋏を取り出し、部屋の隅へ向かう。間に合わせの衝立で仕切ったそこには、曲がりなりにも身だしなみを整えられるよう、細々した道具と共に辛うじて顔全体が映る鏡が置いてあった。

 そんなわけで。

「フィン兄……あれ、いない?」

 ひょっこり訪ねてきたネリスが不思議そうにきょろきょろする。衝立の向こうから「ネリスか?」と声がして、彼女はほっとしてそちらへ向かった。

「なんだ、そこにいたの。珍しいね、お兄がそん……ぎゃあぁぁ!! 何やってんのー!!」

 とんでもない悲鳴を上げられて、フィンは鋏を片手にしかめっ面で振り返る。

「何って、いいかげん髪が鬱陶しいから切ろうと」

「自分で切るなんて無茶しないでよ! 何その変な前髪!! っていうか後ろまで切ったの!? 馬鹿じゃないの、いや馬鹿だもう救いがたい馬鹿だよ!!」

 こうまで情け容赦なくめっためたに貶されては、さしも雑言に慣れたフィンでも傷つく。しかし、雨に打たれた捨て犬のようなその顔にもお構いなく、ネリスはフィンの手を掴むなり、引きずるようにして歩き出した。

「どうして自分で見えないところまで切ろうとするわけ!? ついこの前も机で失敗したくせに、なんで人に頼もうとしないの!」

「ちょっと前髪を切るだけのつもりだったんだ。人に頼むほどのことじゃないし、それに今回は公共の財産ってわけでもないんだし……」

 連行されながら、フィンは一応自己弁護を試みる。だがむろん、即座に却下されてしまった。

「何言ってんの、竜侯様の見た目は公共の財産でしょ!!」

 本国の窓口やってるんだから身だしなみを整えるのは当然だ、自分だけの問題じゃない、だいたいお兄はいつだって何でも自分ひとりで勝手に決めて……。

 ネリスの説教は過去のあれこれにまでさかのぼって、際限なく続く。床屋に着いた時は心底助かったと安堵したフィンだったが、その髪を見た理容師から再び延々と嘆きを聞かされるはめになった。

 さすがにそれ以降、何でも自分で片付ける癖のある困った竜侯様も、少し行いを改めたという話である……。


(終)

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