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灰と王国  作者: 風羽洸海
閑話 ※完結後ネタバレ有
184/209

火加減はほどほどに

リクエスト頂いて書いてみました、完結から1~2年後のノルニコム。

コメディ風味&甘々っていうか熱々。火傷注意。


「あついな……」

 暑い、と、熱い。両方の意味を込めて、マリウスは呟いた。こめかみを伝う汗を、左手の甲で拭う。右手には焼き串をしっかり握ったまま。

 場所は厨房、目の前では炭火がかんかんに燃え、串に刺されたガチョウ肉の表面を溶けた脂が濡らしている。炎の熱を受けて、こっちの顔まで焼けそうだ。厨房全体も火の気と湯気とが立ちこめて、相当な暑さである。

 ノルニコム王国軍総司令官ともあろう男が、こんな所で何をしているのか。当然の疑問だが、不可解であるという点では、もう一人の存在の方がはるかに突き抜けて上だった。

「マリウス、手が止まっているわよ。まんべんなく焼き色をつけるように、焦がしてはいけませんからね」

「はい、陛下」

 女王陛下直々の指導を受け、マリウスはため息を押し隠して焼き串を回す。何をやっているんだろう、と自分でも思わなくはないのだが、いかんせんエレシアの命令には逆らえない。

 そなたには加護を与えたのだから火傷の心配はないでしょう、などと言われては。

(火傷はしなくても熱いのは熱いんだがなぁ)

 第一、そこまで使用人の安全を気遣うのなら、厨房の全員に加護を与えてやれば良いのだ。煮えたぎるスープをひっくり返しても大丈夫なように。

(まあ、要するに口実なわけだが……自分で作る為の)

 ふう、と息をついて、女中のような格好で忙しく動き回る女王陛下の背中を見やる。気合が全身から発散しているようだ。元々彼女は平和な時代から、夫や子供のために度々料理をしていたので、本職ほどではないものの腕は確かである。

「今回も張り切ってらっしゃいますね」

 思わず揶揄するような声をかけてしまい、途端にしかめっ面を向けられて首を竦める。しまった、余計な事を口走るとは迂闊な。

「当然です! あの男には骨身に染みるまで分からせてやらねばなりませんからね。落ちぶれた帝国に比べ、ノルニコムがいかに繁栄しているか、ロフリアに集まる実りがいかに豊かであるか。身の程を教え込んでやるのです」

「……御意ごもっともですが、毎回陛下御自ら腕を振るわれずとも、館の料理人は皆、一流ですよ。たまには彼らにも出番を作っておやりになっては?」

「マリウス」

「はい」

「これはわたくしの戦いです。口出しは無用」

「…………」

「手が止まっているわよ」

「はい」

 表情を取り繕うのに苦心しながら火に向き直ると、何もしていないのに火勢が増し、炎が肉を完全に包んでしまっていた。慌てて重い串を持ち上げ、遠ざける。

「おそれながら陛下、火加減をお忘れなきよう」

「分かっています!」

 返事はいくぶん悲鳴じみていたが、炎はきちんと元通りに治まった。最初の時に比べたら、随分と巧みになったものだ。

 彼女の気分がそのまま竈や炉すべての火勢に表れたあの時は、惨憺たる代物が出来上がってしまい、しかもそこへ帝国からの客が日程を繰り上げて来てしまったものだから、隠す暇さえなかった。

 国力の差を思い知らされる筈だった客人は豪快に笑い、女王陛下の心づくしを無駄には出来ぬと、生焼けやら黒焦げやらの料理をそのまま平らげてくれたのだ。

(むしろゲンシャス殿の力添えに頼らぬ方が、本来の陛下の腕前を発揮できるかも知れないのだが……)

 もはやエレシアにとって炎竜の力は己の一部であり、全く作用させないことは不可能らしい。

(あの後、彼の腹具合やお二人の仲が悪くなった様子はなかったのが、せめてもの幸いだな)

 つらつらそんな事を思い返していると、頭の中でも噂は噂ということか、当の客人のものらしき足音が近付いてきた。マリウスはぎょっとなって誰かを止めに行かせようとしたが、寸刻遅かった。

「エレシア殿、お久しゅう!」

 朗らかな男の声が厨房に響き、途端にそこかしこで炎がまばゆく輝いた。下働きの悲鳴と、物を取り落とす騒々しい音がそれに続く。

 呼ばれた当人は飛び上がらんばかりに驚き、真っ赤な顔で振り返って叫んだ。

「グラウス!」

 叱りつけようとしたらしいが、どう聞いても八割方は歓迎の声音である。エプロンで手を拭きながら、彼女は慌てて闖入者のもとへ駆け寄った。

「奇襲は止しなさいと何度言えば従うのです、せめて客間で大人しく控えていることは出来ないのですか!」

「申し訳ない。俺も毎度、城門まではそう思って自制しておるのだが、ここまで来るとどうにも待ちきれなくてな。ああ、今日も女王陛下手ずから歓迎の支度をして下さったとは、まことに光栄の至り、恐悦至極にございまする」

 冗談っぽく芝居がかった言い回しを使い、帝国の将軍グラウスはエレシアを抱き寄せて口付けた。

 居合わせた誰もが不自然にあらぬ方を向いて、黙々と散らかした場所を片付けることしばし。

「……もうっ、本当に、そなたは……!」

 エレシアが形式的に抗議したのを合図に、マリウスはごほんと咳払いして二人に向き直った。

「将軍、道中ご無事で何よりでした、歓迎します。しかしながら、久闊を叙すのに厨房は相応しくありますまい。どうぞ陛下をお連れして、客間へお移りの程を」

 慇懃に一礼し、総司令官が焼き串を握っているのに驚いた顔をしたグラウスが口を開くのに先んじて、脅しつけるように一言。

「ここでやられると死人が出ます」

 実際、既に瀕死の者もいる。幸い、比喩的な意味においてだが。

 グラウスは恋人の腰に腕を回したまま、割合大変なことになっている厨房を見回し、おどけて首を竦めた。

「すまん、邪魔をしてしまったな。大人しく退散するとしよう。マリウス殿、また後ほど」

 ぞんざいに敬礼して立ち去る将軍に、マリウスもなげやりな敬礼を送り、やれやれと焼き串に向き直る。ガチョウの皮はこんがりパリパリを通り越して、黒々とゴリゴリしていた。

 これをどうやったら再利用出来るものかと悩むマリウスの横で、料理長が深いため息をついた。

「……今度から、マリウス様が城門でグラウス将軍を迎え撃って、捕縛監禁して下さい」

「そうだな。陛下が厨房へおいでになるのは、止められそうにないからな……」

 出来ればその時点で事態を阻止したいのだが、戦略的に勝てない相手はどうしようもない。

 城門の上から投網でも被せて捕獲するか、とマリウスは憂鬱な想像をして肩を落としたのだった。



(終)


グラウスとエレシアが和解していく過程なんかは、

真面目に書けばそれなりにマトモな話になるかも知れません。

この状態になるまでに、何回かは本気で口論から罵り合いになる大喧嘩もしています。

が、鬱陶しい上に恥ずかしすぎるのでそこはすっ飛ばしてコメディ風味に逃げ…。

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