落日
本編の約1年後、ミオンと小セナトのその後。
オルヌ河口の街、オルドスが新たな都に定められると、旧来の市街から内陸側に隣接する形で、新しい街の建設が始まった。
膨れ上がった人口に対応するため、真っ先に新しい水源の調査と水道の敷設が始まり、下水道、区画整備と急速に工事が進められた。担い手は東部から戻ったグラウス将軍率いる軍団兵と、カリュクス率いる皇都守備隊だが、街に溢れる難民たちも様々な形でそれに協力した。
とにかく工事が進まないことには、住む家も手に入らない。誰もが必死で、自分達の都を造るべく働いた。
――その力のない、弱者は別として。
落伍者が出るのは、どうしようもなかった。もとより皇都から逃げ出した民の全員が、そのままの状態でオルドスまで辿り着けたわけではない。道中の混乱や避難先での不自由は、人々の財産と健康に思わぬ被害をもたらした。
盗みは毎日あらゆる場所で起き、自衛に神経を尖らせた人々は不審者を袋叩きにする。カリュクスら皇都守備隊は、ありとあらゆる人間に警戒せざるを得ず、街には常に不穏の霧が立ちこめていた。新都建設の熱気も、生活再建の希望も、その霧を晴らす風は起こせないまま、内にこもってくすぶるばかり。
そうして旧都消失から一年、ディアティウス帝国皇帝は、いまだオルドス市庁舎内の仮執務室に身を置いていた。
「天竜侯の言葉は、半分は正しく、半分は間違っていたな」
小さくため息をついたヴァリスに、養子セナトは目をしばたたき、無言で首を傾げた。時々この皇帝陛下は独り言を仰せになるので、いちいち聞き返して良いのかどうか、判断が難しい。
ヴァリスは静謐なまなざしをセナトに向け、記憶の棚にしまいこんだ言葉を、微苦笑と共に取り出した。
「誰かを守ろうとする時、人は強くなれる。だから弱者の存在が良い結果を生む場合もある。もしここで彼らを切り捨てて行けば、新たな弱者が生み出されるだけだろう。……そのように言ったのだ。皇都から、最後の船を出す時に」
ああ、とセナトはうなずいた。皇都住民すべてから見放され置き去りにされた、傷病者や最下層の人々を、ヴァリスもカリュクスも、一度は捨てて行くと決めた。それを天竜侯フィニアスが、ほんの少し話しただけで翻意させたのだ。
「正直に申し上げて、陛下の船からあの人々が下ろされた時、いったい何が起こったのかと驚きました」
思わずセナトは、からかう口調になる。ヴァリスは片眉を少し上げただけで、さらりとそれに応酬した。
「ミオンを保護したそなたに驚かれるとはな」
「…………」
皮肉でもなんでもない淡々とした一言だったが、だからこそセナトは何とも言い返せず、ただ沈黙する。その間に、ヴァリスは自分の言葉を続けた。
「事実、彼らの存在は部分的には役に立った。そなたや私が、最も弱く憐れで無価値な者でも見捨てはしないと示したことで、避難当初の恐慌は幾分抑えられたように思える。だが……」
その後は言わず、彼は眉をひそめて窓の外を見やった。口にされなかった内容を察したセナトも、落ち着かなくなってうつむく。
それきりこの話題は打ち切られ、いくつかの事務的なやりとりを交わした後、セナトは皇帝の前を辞した。去り際にヴァリスがかけた「気を付けるのだぞ」というささやきは、警告というよりも不吉な予言めいて聞こえた。
自室に戻ったセナトを迎えたのは、床一面に散らばった衣類だった。が、もはや慣れてしまったセナトは軽く目をみはっただけで、それをせっせと片付けている侍女のネラにいたわりの苦笑を向ける。
「すまないね、いつもありがとう、ネラ」
「どういたしまして、もう慣れました」
答えるネラは笑顔だったが、声には多少の徒労感が滲んでいた。二人が揃って目を向けた先には、床に座り込んで、不器用な手つきで衣類をいじくっている青年がいた。本人は至って真剣そのものなのだが、何をしたいのか自分でも分かっていないらしく、引っ張ったり丸めたり、衣装櫃から出したり入れたり、混乱は増す一方。
「ミオン」
優しくセナトが呼びかけると、彼はパッと顔を上げ、嬉しそうににっこりした。
「あー」
歓迎の声と共に衣類を手放して立ち上がり、姿勢だけは完璧に召使の礼をする。セナトはゆっくり歩み寄って、肩をぽんと叩いてやった。
ミオンの心は、かつて皇都を滅ぼしたのと同じ“飢え”によって蝕まれ、ぼろぼろになった。かろうじて生き延びはしたものの、しばらくは自力で立ち上がることも出来ず、体を丸めてすすり泣くばかりの有様だったのだ。
天竜侯フィニアスが北部へ帰る前に、わずかに残ったミオンの魂に光を注いでくれたおかげで、感情は落ち着き、起居に不自由はなくなったが、しかし元通りには決してならなかった。
魂の器が損なわれ、溜めておける力が普通の人よりも著しく少なくなっている――というのが、フィニアスの説明だった。
今のミオンは、何一つ満足にすることが出来ない。働けないだけでなく、食事も排泄も助けが必要で、それはネラと女中数人の仕事になっていた。
「ミオン、ご苦労様。ここはもういいから、庭で日に当たっておいで」
セナトが促すと、ミオンは「にわ」と繰り返し、もう一度きっちり礼をしてから、おぼつかない足取りで部屋を出て行った。簡単な指示ならば分かるのだ。
思わずのように、ネラがふうっとため息をつく。セナトは自分もしゃがんで衣類を片付けながら、もう一度謝った。
「大変な仕事をさせて、本当にすまない。私が自分で出来たらいいんだが」
「何をおっしゃるんですか」
ネラは大袈裟に呆れた口調を装った。
「セナト様にお仕えするのが私の務めです。セナト様が決められたことを、私は最後までやり通すだけですよ」
「それでも、相当な負担だろう? ほかに任せられる人もいないから、いつもネラにばかり労を強いてしまって……」
恐縮したセナトに、ネラはふと優しい笑みを向けた。
「ちゃんと、承知しておりますよ。セナト様が守ると決められたのは、ミオンという一人の人間、それだけのことではないのでしょう。ですから、仕事そのものは確かに少々疲れますけれど、苦には感じません。安心してお任せ下さい」
「……ありがとう」
「どういたしまして。それにミオンも、世話をされている自覚はあるようですから。私やセナト様には、その……懐いている、と申しましょうか。少し可愛らしく思えたりもしますので、楽しみが全くないわけでもないのですよ。ただ、たまに外へ出て行こうとするのは困りものですが」
「うん。それだけはくれぐれも、気をつけなければね」
セナトは表情を曇らせ、心配そうに中庭を見やった。明るい日差しの下、ミオンが花壇前のベンチに腰掛け、気持ち良さそうに空を見上げている。放っておいたらいつまでも、そうしてただぼうっと座っているのが常だ。
しかし彼にも幾許かの記憶や習慣が残っているようで、不意にそれを思い出すのか、たまにはたと我に返った顔をして、急いでどこかへ出て行こうとする。自分の今いる場所が、召使として働いていた王宮ではないと気付き、帰らねばと焦ったかのように。
大抵は市庁舎の敷地から出るより先に、誰かが見つけて止め、その時点でミオンのなけなしの『正気』は消し飛んでしまうのだが、たまに見逃されて街に出ると、後が大変だった。
「とりわけ近頃は、皆、ぴりぴりしているようだからね」
「ええ。セナト様も外出はお控え下さいませ」
「私は大丈夫だよ。もう小さな子供ではないのだから」
セナトは苦笑でいなしたが、実際のところ、ヴァリスも憂慮していたように、弱者に対する風当たりは強まっていた。
避難生活が長引く一方で、要領の良い者や運に恵まれた者は早々と己の住まいや仕事にありつき、人々の間に格差と不満が広がりつつある。旧来の住民は新参者が大きな顔をするのが気に入らないし、不自由は強いられるしで、同情や互助精神もそろそろ底をつきかけているようだ。
ミオンはセナトに保護されているから安全だが、神殿や、篤志家の屋敷に引き取られた者の方は、相次いで嫌がらせを受けている。
議会では案の定、皇帝の責任を問う声がしつこく上がっているし、セナトも、あの大セナトの孫ということで槍玉に挙げられていた。皇都消失の原因を作った竜侯セナト、帝国を見限って侯国を打ち立てたアウストラ一門、その血筋たる者がディアティウス帝国皇帝の後継者などとは――と。
「罵り合っている場合ではないというのにな」
ふ、と吐息がもれた。セナトはうんざりして頭を振り、ああいけない、と顔をこすって嘆いた。
「このままでは私も、皇帝陛下と同じく、眉間に憂愁がこびりついてしまいそうだよ。ヴァリス様ぐらいの美形なら、それもさまになるだろうけど。私ではね」
「セナト様も充分、整ったお顔立ちでいらっしゃいますよ。ただ、憂い顔よりも笑顔がお似合いですけれど」
ネラが笑ってとりなし、セナトも苦笑を返した。
「それはどうも、ありがとう。そうだね、少し気を楽にした方が良いかも知れないな。実際問題、グラウス将軍がいるのだから私や陛下が処刑されることはあり得ない。皆、不安をごまかしたり、鬱憤晴らしをしたくて攻撃してくるだけで、深刻な害はないだろう」
「そう言い切れるほど、楽観は出来ませんが……」
「なんだ、やっぱり私に難しそうな顔をさせたいのかい」
セナトはおどけて言い、ふとまた庭へ目をやった。途端にぎょっとなって立ち上がる。
「しまった、ミオンが」
いつの間にかいなくなっている。慌ててネラも衣類を横に置き、中庭へ駆け出した。辺りにいた召使をつかまえて尋ねたが、誰もミオンの姿は見ていないと言う。彼が庭でぼんやりしているのは日常の光景になっているから、目に入ったとしても意識しなかったのだろう。たまたま誰もがそうしてミオンを見落としている間に、彼はどこかへ出て行ってしまったのだ。
セナトは周囲に目を走らせながら、急ぎ足で庭を横切り、市庁舎の門へ向かった。いつもの『帰らなければ』発作なのだとしたら、庁舎内ではなく外にいる筈だ。
門をくぐって広場に出ると、セナトはネラと左右に分かれた。騒ぎや混乱は生じていないから、ミオンはまだどこかで大人しく迷子になっている、と思いたい。
広場の賑わいはいつもと変わらなかった。
端のほうで石段に座って広場を眺め、時々隣の誰かと他愛ないおしゃべりを交わす暇人たち。自分の仕事のために、急ぎ足で広場を突っ切って行く人々。そこかしこにたむろする集団は、商売や生活の相談、議会や市政についての激しい討論に熱中している。それらの間をぬって、セナトはミオンの姿を探し続けた。
彼に気付いた人々がざわめき、皇帝の嗣子が一人で何をしているのかと目を向ける。中には、いつものあれか、と理解して一緒にきょろきょろする者もいた。そんな一人が、人波に翻弄されて、風に吹かれる落ち葉よろしくきりきり舞いしている黒髪の青年を見付け、教えてくれた。
「セナト様、お探しの者は彼じゃありませんか」
「ああ、そうみたいだ。ありがとう」
セナトはほっと息をつき、礼を行って示された方へ向かう。早くミオンを捕まえなければと焦るあまり、背後から誰かがついて来る気配に、彼は気付かなかった。
「ミオン! こっちだよ、おいで」
呼びかけると、ミオンはびくっと竦んで振り返った。そして、優しく手招きするセナトを見て、泣き出しそうな安堵の笑みを広げる。いつもの反応だが、見る度にセナトは胸が締め付けられる思いだった。
世話をするネラ達も大変だが、ミオン本人はどれほど辛いだろうか。何の前触れもなく『正気』に戻ってしまい、自分がどこで何をしているのかも分からず恐れ動揺し、何かに追われるように逃げ出して。やっと安心したと思ったら、次もまた、まるで初めてのように孤独の恐怖へ突き落とされるのだ。
(いつまで続けられるだろう)
通行人に押されてよろけながら、いそいそこちらにやって来るミオンを見つめ、セナトはふと悲しく思った。あの魔術師がいなくなる前に、“楽に眠らせる薬”とやらを貰っておくべきだったかも知れない、と。
その時だった。不意にミオンが目をみはり、突進してきたのだ。
「危ない!!」
叫んだ声は、確かに以前の彼のものだった。セナトは驚く間もなく抱きつかれ、そのまま押し倒されかけてよろめいた。踏ん張って堪えた後ろ足に、ズン、と衝撃が加わる。顔の横でミオンが息を吐いた。
周囲が騒然となり、いっせいに人が後ずさって空間が開ける。
「ミオン?」
最悪の予想がセナトの脳裏をよぎった。己に覆いかぶさる青年の体が、どんどん重くなる。
チッ、と舌打ちが聞こえた。顔を上げたセナトは、ミオンの肩越しに見知らぬ男の目を捉える。
直後、わっと数人の男が駆け寄り、狼藉者につかみかかって引き倒した。同時にミオンの体もずるりとくずおれる。
「ミオン」
セナトは咄嗟にそれを抱きとめた。背中に深く突き刺さったままの短刀に邪魔されて支えきれず、一緒になってその場に座り込む。
「ミオン……、ミオン」
震える唇からは、ただ何度も繰り返し、名前だけがこぼれた。しかし、呼びかけに応えはない。彼は目を半開きにしたまま、既にこときれていた。最期にわずかな正気を取り戻し、戸惑っているような表情で。
セナトはぐっと唇を噛むと、左手でミオンの瞼を下ろしてやった。右手は彼を抱きとめた時、血で汚れている。赤く染まった手を拳に握り締めると、彼はすっくと立ち上がった。そして、数人がかりで羽交い絞めにされている男に近付くと、ものも言わずに平手で打ち据えた。
乾いた音と相反するように、男の頬が朱に濡れる。セナトは灰金の瞳で男を睨みつけ、厳しく言い放った。
「恥を知れ!!」
その怒りの激しさに、他の者は声を失って静まり返る。セナトは深くゆっくりと息を吸い、激情に唇をわななかせながらも、取り乱すことなく続けた。
「私が狙われる理由にはいくらでも心当たりがある。おまえもそうした大義名分をもって、凶行に及んだのだろう。だが、おまえが何を叫ぼうと、もはやすべて下らぬ妄言だ! あのミオンの行いに比べたら!!」
「ぬかせ! 帝国を滅ぼしたナクテの小僧が……」
男が喚きかけたが、セナトは再度の平手打ちで黙らせた。
「おまえには何を言う権利もない。自らをなげうって人を救った者が永遠に沈黙したというのに、誰かに責任を押しつけて己の怒りや恐れのはけ口にしようとした卑怯者が、浅ましく自らを弁護することなど許さない!」
厳しい断罪に、周囲の一部からは賛同の声が上がる。しかしセナトはそれをほとんど聞いていなかった。ネラが駆けつけるのも、カリュクスが兵を率いて人垣を掻き分けてくるのも、目に入っていなかった。
「帝国を滅ぼした、とおまえは言った。……滅んだのか? ディアティウスは既にこの地上に存在しないのか? 否!! 我々は生きてここに在り、すなわち帝国もまた存続している!!」
怒りを込めた静かな言葉は、次第に力強い演説へと変わってゆく。
聞かせようと意識してのことではなかった。憎々しげに己を睨む男に思い知らせたいとも、周囲で聞き入る群衆に訴えかけようとも、まったく考えなかった。
ただ言わずには、声を上げずにはいられなかったのだ。ミオンのために。
「我々は多くを失った。それは事実だ。我々を照らす太陽は、既に中天を去った。だがまだ沈んではいない! この国が真に滅ぶとしたらそれは、誰もが他人を責めるばかりで自ら立とうとせず、弱き者、困窮する者に手を差し伸べなくなった、その時だ。ミオンと同じ意志の力が我々にある限り、日はまだ沈まない!」
言い切ったセナトの語尾に、わあっ、と歓声がかぶさる。その時になってやっと、セナトは我に返ったように目をしばたたき、群衆に視線を向けた。
あるいは感涙にむせび、あるいは拳を突き上げて万歳を叫んでいる。熱狂的な歓喜をこめてセナトの名が繰り返し呼ばれ、拍手はいつまでも鳴り止まない。
やがてカリュクスが進み出て、恭しくセナトに一礼した。
「セナト様、ご無事で何よりでした。後は我々に任せて、ここはひとまずお戻り下さい」
「……ああ。ミオンの遺体は……」
「むろん、丁重に弔います。ご安心を」
あの男は取り調べの後にしかるべき方法で処刑します、と小声で言い添える。セナトが見やると、男は兵士の手で縛り上げられ、群衆に野次と罵声を浴びせられながら、連れて行かれるところだった。
「セナト様、申し訳ございません。おそばを離れるべきではありませんでした」
ネラがやって来て、深く頭を下げる。セナトは微笑んで首を振り、彼女の肩に左手を置いた。
「私が無用心だったんだ。まさか命まで狙われているとは、考えていなかった。……君の方こそ、何事もなくて良かったよ。私に仕えているという理由で君まで危険に晒されでもしたら、悔やんでも悔やみきれないところだった」
さあ、帰ろう。
ささやいて、仕草で促す。それだけで、ネラは察したようだった。言葉は続けず、ただうなずいて、セナトのすぐ後ろに従う。兵士が二人を囲んで守りながら歩き出すと、群衆は再び歓呼の声を上げた。さながら凱旋式のように。
熱狂を後にして市庁舎に入り、護衛の兵士が広場へ戻っていくと、セナトはネラと二人きりで自室へ向かった。彼は無言のまま、いつもと同じ足取りで歩き続けていたが、庭の見える柱廊まで来ると、ついに立ち止まった。
「……っっ」
食いしばった歯の間から嗚咽が漏れる。両の拳を柱に叩きつけ、額を押し付けて、彼は静かにすすり泣いた。ネラが黙って歩み寄り、そっと背中に手を添える。
「僕が、……っ、馬鹿、だった……っっ! もっと、気を、つけていれば……っ」
涙がぽつぽつと、天気雨のように床を濡らす。
セナトが口の中で謝罪の言葉を繰り返している間、ネラはただ寄り添っていてくれた。あなたのせいではない、ミオンも本分を果たせて満足だろう……そんな決まりきった慰めを言うこともなく。
日陰でうち沈む二人をよそに、中庭に残された空っぽのベンチには、変わらず陽射しが降り注いでいた。
――この時のセナトの演説は、居合わせた人々の手によって書き留められ、彼が皇帝となった後の業績と共に長く語り伝えられることになった。
だが本人は二度とそれに言及せず、市民がミオンを英雄扱いすることも禁じた。
同じ犠牲が出るのを望まなかったからだと言われる一方、敵対する議会勢力を刺激せぬよう配慮したからだともささやかれた。
いずれにせよ、セナト自身は何も語らなかった。ミオンの墓に彫らせた、短い銘文のほかには。そこにはこう記されている――
『落日を留まらせ、自らは夜の世界に旅立った』
(終)




