第74話「王の呼び出し」
翌日、国王からエレナに呼び出しがあった。
謁見室に入ると、国王が一人で座っていた。側近も近衛兵も、今日は最低限の人数だけだ。
「エレナ・コール」
「はい」
「セルディアからの婚約打診については、聞いているか」
「昨日、殿下から伺いました」
国王が少し間を置いた。
「率直に話す」
「はい」
「セルディアとの婚約は、この国にとって重要な意味を持つ。東方との関係を安定させ、ガルデニアとの問題で生じた外交上の隙を埋める。それはルシアンが一番よく分かっている」
エレナは黙って聞いていた。
「お前のことは——評価している。この宮廷に来てから、お前が果たした役割は大きかった。ルシアンが変わったことも、分かっている」
「……ありがとうございます」
「しかし」
国王が、静かに言った。
「しかし——王族の婚姻は、個人の感情だけでは決められない。それは、お前も分かっているはずだ」
エレナは少し間を置いた。
「……はい」
「ルシアンは、お前への気持ちと、国への責任の間で揺れている。そのまま揺れ続ければ——どちらも失う可能性がある」
「陛下は、私に何を求めているんですか」
国王が、エレナを見た。
「お前が——静かに、ルシアンの傍を離れることが、最善だと私は思っている」
部屋に沈黙が落ちた。
エレナは、その言葉を正面から受け取った。
静かに、離れる。
「陛下は——ルシアンはこのことを知っていますか」
「知らない。これは私の判断だ」
「……ルシアンが、自分で選ぶことはできませんか」
「選べば——お前を選ぶ。そしてセルディアとの関係が壊れる。それはこの国にとって、大きな損失だ」
「ルシアンの気持ちより、国の利益が優先されるんですか」
国王が、少し苦しそうな顔をした。
「……私も、それが正しいとは言い切れない。ただ——王族として生まれた者が負う重さというのは、そういうものだ」
エレナはしばらく黙っていた。
「……考える時間をいただけますか」
「ある。ただ——長くはない」
エレナは一礼して、謁見室を出た。
廊下に出た瞬間、足が止まった。
壁に手をついて、しばらく動けなかった。
(静かに、離れる)
その言葉が、頭の中で繰り返された。




