8.紅茶はいかが?
午後の補習の時間。初日が語学で、昨日は歴史、三日目の今日は数学だ。きっとここだけみたら普通の学校と変わらないんじゃないかな。一般的な学校を知らないから、ただのぼくの想像だけど…
「あ、ここの計算が間違ってますよ。ここをこうして…」
「ほんとだ、出来ました! わたし、どうにも数字が苦手で…」
「えへへ、算術ならおまかせです!これでも商人の娘ですから、えっへん!」
「頼りにしてます」
一緒に授業を受けているのは、大陸西岸の出身のミーナさんだ。何とか共和国といっていたけど名前は忘れてしまった。昨日知り合ったばかりではあるけど、彼女はぼくに対してとても気さくに話してくれる。
「それで、それで、リアちゃんはどう思います?」
「どうって、何をですか?」
「はら、サーシア先生のことですよ。女の子ばっかりのこの学院においては貴重な男性じゃないですか」
ミーナさんの目線の先にいるのはこの数学の授業を担当する教師だ。彼は今、ぼくたち生徒が課題を解く様子を見ながら教室を回っている。貴族のご令嬢がたは、この色男を放っておく気はさらさらないようで、積極的に彼の気を引こうとしている。
「サーシア先生!もしよろしければ今度の週末、わたくし達のお茶会にご参加くださらないかしら!」
「サーシア先生がいらっしゃたら、皆様喜びますわ!」
「うーん、気持ちはありがたいんだけど、私も研究が立て込んでいてね。すまないが、今回は遠慮しておくよ。ほら、まだ問題の続きが残っているようだよ」
少し困ったような笑みを浮かべてはいるが、きっとこのような誘いには慣れっこなのだろう。さらっと受け流して次の生徒の方に向かっている。しかし、振られた女生徒たちもそれで諦めす様子はない。憧れのサーシア先生とお話しできたことに舞い上がっている始末だ。
「モテモテですね…えっと、ミーナさん? どうしたんですそんなに怖い顔をして?」
「スカしていませんか、あの人!私たちみたいなかわいい女の子の誘いにあんなにもそっけなく…むもしかして年上好きですかね…?」
短い付き合いでもわかることもある。このひとは真面目な顔をして変なことを平気で言う。
「…そもそも、サーシア先生からしたら私たちなんてただの子どもだと思いますけど?」
見たところサーシア先生は低めに見積もっても二十代半ばに見える。少なくともぼくたちとは十歳以上は離れているはずだ。
「ちょっとリアちゃん!? 気を付けてください、本気にしている子も多いんですから。うかつなことを言うと睨まれちゃいますよ」
また変なことを、と思ったが、すぐに発言を後悔することになった。ぼくたちの会話が耳に入っていた生徒の中にも先生と生徒の禁断の関係を期待する少女たちがいたようで、ぼくはしばらく彼女たちからの鋭い視線にさらされる羽目になった。
「えぇ……」
「でもその反応を見るに、リアちゃんの好みじゃないみたいですねぇ」
なんで嬉しそうにしてるの…この人は……
「好みって、わたしはそういうのでは……そもそもミーナさんはどうなんですか、そこまでお熱っていう風には見えませんけど」
「そうですねぇ、あの人は私にとっては“敵”みたいなものです!」
ほら、やっぱりミーナさんはおかしなことを言う。そして、なんでぼくの顔を覗き込んでニコニコしているんだ!?
「ど、どうしたんですか…じっと見られると少し恥ずかしいんですけど…」
「やっぱりリアちゃんって可愛いなぁって思ったんですよ!」
「急に何なんですか!?からかわないでくださいよ!」
「今少し照れませんでした?」
「ひゃっ!? 照れてなんかいません!」
不意に接近してきたミーナさん。耳元で囁かれて変な声がでてしまった。きょ、距離が近くないか!?ミーナさんの息遣いを感じる。
お、落ち着くんだぼく。女の子同士でじゃれつくなんて普通なはず(よく知らないけど)
「んん~、いい反応!ごちそうさまです!」
(ひぃいい、怖いよ…)
……まあ、彼女の方はとても幸せそうな顔をしているし、ぼくの姿を少しも疑っていないんだろうけど。
(いい人なんだけど、なんだか調子が狂うんだよなぁ…)
こちらに来てから、それなりに日数がたっているけど女装の件はまったくもってバレる気配がない。そのことはもちろん素晴らしいことなのだけど…
(そんなに男らしくないのかな…)
しっかりと自信を持つんだぼく!!
改めて自分に喝をいれて残りの課題に取り掛かることにした。
アーツの授業と午後の補習を終えて、疲労を感じながら部屋に戻る。エレネさんは今日も読書中だった。彼女の机にはすでに何冊もの本が積み重なっている。
その一番上に置かれたやたらに派手な装飾の紙が目にはいってきた。
「“サーシア様♡ファンクラブ”……なんなんですか…この紙は?」
「…さっき先輩が配っていたの」
「……エレネさん、興味あるんですか…?」
「私はこの人を見たことがないの」
「もちろん入るはずもないの」
「なんだぁ、良かったです」
「なぜあなたが安堵しているの?」
「た、確かに。なんででしょう…」
エレネさんサーシア先生にキャーキャーしている姿は想像できないし、…何というかそんな彼女を見たくはない。
「まあ、いいの。それで補習の方は順調?」
「はいおかげさまで、今のところついていけそうです。友達も出来ましたし」
「友達…」
「どうしたんですか?」
「いえ、何でもないの」
「ねえ、リアさん、私は…」
何か言おうとしたエレネさんのその言葉は、勢いよく部屋の戸を叩く音によって阻まれてしまった。
「失礼するのじゃ!」
「やっほ!やっほ!遊びにきたよ~」
やってきたのはヴァルカン帝国のコンビだった。
「レダさんに、ヤエさん!どうぞ入ってください」
「うむ、敵情視察なのじゃ!」
「もう、どこに敵がいるのさ…」
「エレネはこの我のライバルじゃからな」
「ライバル…そうね。いい響きなの。負けないわよ、皇女さん」
勝手にライバル認定をされたエレネさんだが、満更でもないようで、珍しく笑顔を見せている。二人の魔法の実力は、実際のところ新入生の中でも頭一つずば抜けていて、すでに上級生や教師からも一目おかれているらしい。
「お茶会…ですか?」
「誰からも誘われないから姫が拗ねちゃってね」
「べ、べつに拗ねてなどないのじゃ!」
やはり昨日エレネが話していた噂も所詮は噂だったのだろう。確かに皇女っぽくはないのかもしれないけど、それでも悪い人には見えない。
「はいはい。ともかく、それならボクたちの方から誘っちゃおうってわけなのさ」
「ふたりとも、週末は空いてるかな?」
「わたしは、特に予定はありませんけど、エレネさんは?」
「わたしも、お茶には興味があるの。普段はコーヒーだから」
「驚いたのじゃ、あんなの苦くて飲めたものか」
「…あら、皇女さまは意外と子供舌なの」
「ほぉ、言いおるのじゃ」
楽しそうだな…ふたりとも。ちなみにコーヒーに関してぼくはレダ皇女の肩をもつ。
「それで、その、わたしは肝心のお茶とか持ってないんですけど大丈夫ですか?」
「私も、コーヒーしか…」
「あちゃぁ、実は…」
「我も持っておらんぞ。自慢じゃないが、帝国の茶葉はとても飲めたものではないのじゃ」
「えっと、それじゃあ…」
「リアちのところに来たのは、そのこともあるんだよ」
「エトバ王国の南部は紅茶の名産地での、いい茶葉を持っているかもと思ったのじゃ」
「そんな期待した顔で見られましても、わたしは北部の山の方の出身で紅茶なんてわかりませんよ?」
「…そうじゃったか。いや、すまぬな、我が勝手に期待しちゃったのじゃ」
「コーヒーならご馳走できるわ」
「よすのじゃ!我は飲まんぞ、あんなのは泥水じゃ!」
「うーん、これは買出しに行かないとかもね」
そんな風に話がまとまりかけたとき、思わぬ声に一同の視線は釘付けになる。
「なあ、オマエら、これは違うのか?」
いつの間に目を覚ましたのか、シュバルツがぼくのカバンの中に入ってガサゴソと動き回っり、やがて一つの紙袋を取り出してきた。
「ちょっとシュバルツ、わたしの荷物を荒らさないでって前にもいったでしょ…ってなんだろうこれ」
「袋に何か書いてあるよ、ほら」
「えっと、“このお紅茶をあなたへの入学祝いに贈ります。淹れ方は教えましたね。アレン” えぇーと……皆さん。やっぱりわたしが紅茶を持ってたみたいです」
これは……一度カバンを全部ひっくり返したほうがいいかもしれないね。まだまだぼくの知らないものが入っている気がする…
「うむ!やはり我の目に狂いはなかったのじゃ」
「ボクこの銘柄しってるよ!たしかエトバ王室御用達の高級茶葉だよ!」
「それは楽しみね」
「それじゃ決まりだね、週末を楽しみにしてるよ!」
「さらばなのじゃ!」
ぼくの第一の任務は、生徒たちと良好な関係を作ること、いまのところは順調といっていいだろう。あくま任務の一環なのだからぼくが学生らしいことを存分に楽しんだとしても、誰も咎めることはできないだろう。
(うーん、そういうことにしておこう)
ぼくはこの生活を存分に楽しもうと心に決めた。




