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『魔法学院のオトコの娘』 ~女子しか魔法を使えない世界でどうしてぼくが魔法学院に!?~  作者: 十草 九斗


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7.魔法の教室

 大きな水の球体が空中に浮いている。次の瞬間その球体はヘビのように形を変えて教室中をうねりながら飛び回った。教室内のどよめきは次第に大きくなり、生徒たちの興奮が高まっているのがわかる。

「見なさい、これがアーツサクリアです。皆さんの中にはこれが奇跡の御業だと思っている者のいると思います」

 大した事はしていない、そんな淡々とした口調で喋り出したのはベアトリス先生。たった今ぼくたちの目のまえで美しい魔法を披露してみせたプリエスタだ……そうだ。すべてエレネさんが教えてくれたことだ。初めて見る魔法使いの姿に呆気に取られてしまった。


「……半分は正しいでしょう。マナは万物の中に存在していますがその操作が可能な人間は限られています。」

「しかし、アーツは歴史とともに発展してきた人間の英知の結晶です。そして、あなた方がこの学院を卒業するころには皆さんもその歴史の一部になるでしょう」

 いつの間にか教室のざわめきは静まり、生徒は皆集中して彼女の言葉に耳を傾けている。


「それでは授業を始めましょう。皆さん杖は持っていますね?」

 ベアトリス先生が杖をひと振りすると、教室の前方に置かれた木箱から小さな塊が飛び出し、生徒一人一人の手元に落ちる。これは、小石かな?

「最初の訓練は浮遊魔法です。これは簡単なアーツですが、最も応用範囲の多い魔法でもあります。まずは杖を軽く握って杖のマナタイト触媒を反応させてください。」

「それが出来たら、今度は反対の手に乗せた石に魔力を伝えるように意識するのです。そうすると……」

 先生の左手にあった石は淡い光を帯びながらふわりと浮かび、彼女の頭上で円を描くように回った。そしていくつかの軌道を描いた後、再び掌の上へと戻った。


「……どうぞ?やってみてください」

 呪文とかはないんだ……ぼくがいかに魔法のことを知らなかったのかがよく分かった。


「うわっ!少し浮きましたよ。エレネさん!」

 しばらくの格闘の末にようやく石がピクリと浮いた。そのことが嬉しくて嬉々としてエレネさんに報告をしてしまった。

「すごいの、リアさんはこれが初めての訓練なのよね?」

「……そうですけど」

「ふつう最初はマナタイトを光らせるのが精一杯なのよ」

「そういうエレネさんは……どうなってるんですかそれ!?」

 エレネさんの杖の先では三つの小石が八の字を描きながらぐるぐると宙を舞っていた……

「これは…ズルみたいなものなの。私は昔から練習してたから。リアさんならこれくらいはすぐに出来るようになると思うわ」

 そんなものなのかな…いまのぼくには想像もつかないけど


「やっほ、やっほ、さっきぶり!二人はどんな感じ?」

「稀代の天才といわれるこの我が、コツを伝授してやるのじゃ!」

 やってきたのは知り合ったばかりの帝国コンビだ。

「こら姫っち?、あんまり調子に乗らないの」

「はは、ありがとうございます。エレネさんには必要ないかもですけど……」

「うわぁ……なにあれ!姫よりもすごいんじゃない?」

「ぐぬぅ、やるではないか。じゃが、エレネといったな、我も負けはせんのじゃ!ふんっ」

 レダさんも石を浮かせるくらいは造作もないようで、ぼくのよりも二回りくらい大きな石を持ち上げている。

「……」


「あっ動きが早くなった!」

「エレネさんはまだ余裕みたいですね…わたしはこの小っちゃいやつを少し浮かせるので精一杯です……」

「リアっちだって十分すごいよ?ほら、みんなだって結構苦戦してるみたいだし。この二人が以上だと思うんだよ」

 ヤエさんに言われてまわりの様子をみてみると、確かに石を動かしている生徒はまだそれほど多くないようで、ほとんどの子は掌の上の小石とにらめっこ状態だ。

 もしかしてぼくって魔法の才能があるのかも? 少し気分が良くなるが、なぜぼくが魔法を使えるのか、という謎は深まっていく…


「疲れてきたらそこでやめるように。あまり過度にマナを循環させると暴走を起こす可能性があります」

 そういうことは普通事前に説明するべきじゃないかな!? 調子に乗って石をふわふわさせていたのが少し怖くなってきた。

「ですので、自主練習をするときもくれぐれも無理をしないようにすることです。寿命を自分で縮めたくはないでしょう?」

最後の脅し文句にみんなが凍り付くなか、初回の授業の幕は下りた。




「はぁ、疲れたぁ。マナの操作って結構体力がいるんですね。エレネさんは全く疲れてなさそうですけど…」

 部屋に戻ったぼくは一直線でベッドに倒れこんでしまった。一日中動き回ったかのような疲れが押し寄せている。

「それが正常なの。少しずつ慣れるわ。それにしても、あの皇女さまもなかなかの腕前だったわ」

「ヴァルカン帝国って大陸でいちばんおっきな国ですよね?その皇女がこの学院にいるなんてびっくりしました」

「噂通りのお転婆さんなのよ…」

「噂になっていたんですか?」

「ヴァルカン帝国の皇女がシュリスに入学するとなれば噂にもなるわ。でも、噂はあくまで噂ね…」

「…なるほど?」


「我が儘ばっかりで宮中では腫物と聞いていたけど…そういう人には見えなかったわ」

 確かにマイペースな人には見えたけど、他人に迷惑をかけるような人にもみえなかった。噂か……なんだか人の陰口を聞いてしまったようで少し気持ちが下がる。


「そんなことより!」

 話題を変えようと思って口を開いたが、内容は別の方向で落ち込むものだっ た。

「学力テストがあるなんて聞いていませんでした……どうしよう」

 授業の終わり際にベアトリス先生に告知されたのだが、成績が芳しくない生徒は補習の対象になってしまう。

 王女さまにあれこれと指示を受けている身としてはあまり時間をとられるのは望ましくないし、何よりぼくは座学があまり好きではない。

「貴族のご令嬢ならそれくらい余裕じゃないの?」

 焦りだすぼくをよそに、きょとんとした顔をこちらに向けてくるエレネさん。そこで自分の肩書がエトバ王国の男爵家令嬢であることを初めて思い出した…

「えっ、ああ…そうですね……」

 かくしごとは出来るだけ少ない方がボロがでない。まして、ぼくにはバレたら詰みな秘密があるのだから、話せる範囲でこちらの事情は伝えた方が今後のためになる気がする。シュバルツはトランクで寝ているし、多分これくらいは大丈夫だよね。

「あのですね、エレネさん。わたしは別に貴族の家で生まれ育ったという訳では……」


 そしてぼくは、学院に来るまでの経緯、シュラウスに見つかって王城に連れていかれたり、なんやかんやで子爵の養子にされてしまったことをエレネさんに話した。もちろん、ぼくが男だということは伏せてだけど…

「そう……私が勘違いしていたの。あんな手紙があったから…」

「でも納得したわ。少し不思議だったのよ。あなた、貴族の娘にしては何にも知らないから」

「あはは……そうですね」

たまに言葉が鋭いな…


「それなら、リアさんとわたしは似た者同士……わたしにも家族はいないの……」

「……そうだったんですか。わたしの方こそエレネさんのことをいいとこのお 嬢様だと思ってました。なんというか物知りだし、魔法もすごく上手ですし……」

「私には……先生がいたから...」

 昔のことを思い出したのか、少し寂しそうな顔になるエレネさん。人にはみんな過去がある。でもそれをずけずけと聞くというのはぼくの趣味じゃない。

「昔話はもういいわ……そうね、あまり時間はないけど、あなたのお勉強を見てあげる」

「ありがとうございます!」



 シュバルツの尻尾はいつ触っても気持ちがいい。だからベッドの中で撫でまわしてしまう。

「まだ起きてたのカ?」

「うん、エレネさんに教えてもらったところをもう少し確認しておこうと思ってね」

「オマエ、そんなにマジメだったカ?」

「もう、人がせっかく頑張ってるのに」

 確かに、シュバルツの言うとおりだ。ぼくは決して真面目な人間なんかじゃない。あのとき行商から宝石をくすねたコソ泥のままだ。だったら、なぜぼくは今頑張っているのだろうか。ぼくはただ巻き込まれ、流されて、女装をさせられてここにいるだけだというのに。いや、そうじゃない

「なんだかさ、せめて自分の出来ることは頑張らないと、ここにいていいのか不安になるんだよ」

「あんまりムリすんのはだめだぞ」

「ありがとう……」


 結局のところ、ぼくはただ、自分の不安を取り除きたいだけなのかもしれない。それでも、だからこそ、ぼくはここが自分の居場所であると肯定する理由が欲しいのだ。みんなの目からは、プリエスタになるという強い意志が感じられた。ぼくに彼女たちと肩を並べる資格は果たして…

「ネガティブになっちゃ駄目だよね…」

「ねえ、シュバルツ。寝る前にまた抱っこさせてよ!」

「うーん……リアの好きにしろ」

「やった!!」

 エレネさんとの距離も少し近づいたし、レダさんたちとも知り合えた。これはぼくの学校生活の大きな前進だ。

 きっとぼくは彼女たちと肩を並べても恥ずかしくないような未来のために頑張りたいのだ。そのことに気づいたとき肩の力がふっと抜けたのを感じた。

 今日一日は新しいことだらけだった。おまけに珍しく考え事なんてしたから、すぐに眠くなってしまった。



学力テストの結果はすぐにわかった。

「だめだったの?」

「だめでした…」

「ごめんなさいぃ、エレネさん。せっかくいろいろと教えてもらったのに…」

「仕方がないの。一朝一夕でどうにかなるものでもないわ」

 実のところぼくは心のそこから落ち込んでいた。気のせいかもしれないがエレネさんの声が少し優しく聞こえる。

「それに、補修にかかってない生徒のほうが少ないもの」

「そ、そうですよね!」

「開き直っていない?」

ちょっとだけ眉を吊り上げていたずらっぽく笑っている。

「開き直ってません!」

 

 学院の生徒と仲良くするのは王女からも頼まれたぼくの仕事だ。しかし、これはきっとぼく自身の望みだ。

「あ、あのエレネさん。もしよかったら、これからも勉強を教えてくれませんか?」

「私でいいの?」

「はい、よろしくお願いします!」

 ルームメイトがエレネさんでよかった。少なくとも今のぼくは、この学生生活が楽しいと思っている。


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