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『魔法学院のオトコの娘』 ~女子しか魔法を使えない世界でどうしてぼくが魔法学院に!?~  作者: 十草 九斗


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1.少年と魔法


 街道を絶え間なく行き交う馬車、街道を埋め尽くす露店の数々、それはエトバ王国ではよく見られる光景だ。まだ収穫祭の季節でもないのに、あらゆる店が華美な装飾を行い、行商人はずらりと品物を並べていた。

 人々が浮かれているのにも理由がある。長いこと人類を悩ませてきた悪魔との戦争に終止符が打たれてから今年でちょうど100年が経つ。先人が艱難辛苦の果てに獲得した平和に思いを馳せる、そのような機運がこのころのには確かにあった。

 王都にもほど近いリールの街も例にもれず、多くの人で賑わっていた。そんな陽気な光景とは対照に、浮かない顔をする男が一人…


「我らの国は神聖術で他国に、とりわけヴァルカン帝国に対して大きく遅れをとっている」

「魔法の素質があるものを国内から探し出し、その者をシュリス学院へと送り出すのだ」

 騎士団長からの指令を思い出して溜息を落とす。


「騎士様が人探しとはな…平和な時代に万歳……」

 剣才を以てエトバ王国の騎士になりあがったシュラウスにとって、この仕事は少し退屈なものであった。しかし、全ては給金と休暇のため。地方の町々をめぐっては、存在するかもわからない魔法少女を探すのであった。旅に出てからもう一年が経とうとしてるがそんな子供は一向に見つからない。

 最近考えることといえば、うまい言い訳の方便だが、相手が王女となればあまり得策ともいえない。

「そもそも、アーツなんちゃらなんていう魔法の力、そんなのが使えたら周りが黙ってないと思うんだがねぇ」


 仕方なく聞き込みでもしようと、大通りに出たシュラウスに小さな身体がぶつかってきた。

(いってぇな…このガキ)

 子供はシュラウスの方を気にする様子もなしに、そのまま走り去り、あっという間に通りの向こうへと消えてしまう。

「おい!…ったく」

「まていっ、あのコソ泥め!」

 すぐに顔を赤くした行商人が追いかけてきたが、ベルトから大きくはみ出た腹が大きく揺れて走りずらそうだ。案の定、すぐに息をきらしてしまい、その場で肩を揺らしている。

「待ってろよ、おっさん」

 そう言うや否や、シュラウスは走り出す。こんな祭りの日に窃盗騒ぎなんてものはごくありふれたもので騎士がいちいち絡むようなものではない。街の市警にでもまかせておけばいい。しかし今日のシュラウスは虫の居所がわるかった。

「目の前の犯罪を見逃すってなあ、騎士道に反するよな」

 獲物を見つけた野犬のように目をぎらつかせ、騎士の男は走り出した。




 先ほどくすねた宝石を懐から取り出してつい口元が緩んでしまう。これは水晶だろうか、半透明のその石は太陽の光の下で美しく輝いている。息がととのったところで、この石の正当な持ち主、走るたびに大きな腹をたゆんと揺らす行商人の姿を思い出して吹き出しそうになる。

 自分が盗んでおいてなんともひどい話ではあるが、しかしあの態度…この水晶はよほどの値打ちものなのだろうか。

 ごめんね、店主さん……どうしてもおいしいお肉が食べたかったんだ。それに新しく植える種も必要だ。この冬を越せればまた畑を耕せる…

(この石、いくらで売れるかな?)

 あれだけ怒ってたんだ、いい値段がついてくれることを祈るしかない…裏路地まで逃げ込んだ僕はすっかり緊張を解いてこんな風にのんきに皮算用をしていた。

 だから全く気付いていなかったのだ、凶悪な追手の存在に…


「盗んだものは返してもらおうか」

 予想外の声に思わず飛び退き路地の入口に目をやると、若い男がこちらを見据えて立っていた。その姿を見た瞬間に緊張が走る。男は長身の剣を腰にぶら下げており、紺碧のサーコートには百合の紋章が装飾されている。

(王国の騎士⁉︎)

 浮かれた感情は消え去り、全身から冷や汗が吹き出す。

「こいつで切られたくはないだろ?」

 路地の先は行き止まりで逃げ場はない。男はすでに互いの表情がわかる距離にまで近づいている。捕まったらただで返してもらえるわけがない!

 意を決し、足に力を込めて駆け出す。狙いは男の右側に少しだけ空いているスペースだ。男の横を走り抜けて大通りに出れば人ごみに紛れ込めれば……後から考えてもこれは楽観的すぎる考えだっただろう。

 しかし今日ばかりは無謀な賭けに天が微笑んでくれたのだ。進行方向を塞ぐ騎士にぶつかろうとしたその時、衝撃の瞬間、視界が白一色になる。

(!?)


 右手に持つ水晶が目が眩むほどの白い光を放っている。理由はわからないが、その光が騎士を吹き飛ばしたのだ。

 予想外の衝撃にさすがの騎士もまだ地面に伏している。

(いまなら!) 

 考えている時間はない。振り返ることもなく路地を走り抜けて、大通りへと急いだ。石の光は大通りにたどり着く頃にはいつの間にか消えていた。




「あ、危なかった…」

 街の外に広がる針葉樹の森、その中にある隠れ家を目指して歩みを進める。人ごみに紛れて追手を巻いた後、しばらくの間は街の中で身を隠していたから空は赤みがかっている。

 やがて小さな屋根が遠くに見えてくる。元々は物置かなにかだったのだろう。人が住むには随分とこじんまりとした小屋だが、それでも心落ち着くマイホームなのだ。全く運のない日だった、いや結果的には非常に幸運だったのだろう。なにしろ王国の騎士を出し抜けたのだから。

 波乱の一日を思い返しながら小屋に入る。

(ふぅ、ようやく落ち着ける……)


「よお嬢ちゃん、さっきぶりだな」

 訂正、やはり今日は不幸で確定だ。青いサーコートの騎士が小屋の中に一つしかない椅子を我が物顔で占拠している。

「な、なんでここに!?」

(なんてしつこさなんだ……それに、どうしてここが?)

 顔中の筋肉がひきつる。

「騎士様が子供相手に随分としつこいですね!」

 後ずさろうとするのを男は素早い動きで制止する。

「落ち着けよ、もうお前を捕まえようって気はさらさらないんだ」

「じゃあ、こんなボロ小屋になんの用があるっていうんですか!?」

「そりゃあ、さっきのお礼をしたいと思ってな」

 そう言って男は腰の剣に手を伸ばす。最悪の想像をして全身を恐怖が襲う。

「冗談だよ、そう固くなるなって」

 この男……この短い間に嫌いになりそうだ。主に性格面が。

「俺はシュラウス。見ての通りエトバ王国の騎士様だ。」

「……リアです」

「いいかリア、俺はお前が持つ力に用があるんだ。俺を吹っ飛ばしたあの光、あれがきっとアーツサクリアだ。よかったな、お前はプリエスタになれるんだよ」

 プリエスタ…聞いたことがある。たしか魔法の力で悪魔を滅ぼすんだっけ?耳にした話はどれも現実のものとは思えず、おとぎ話のようなものだと思っていた…

「いやぁ、ついに見つけたよ。王女からの命令でな、魔法が使えるガキを探してたんだが、これがまあ全然見つかんなくってな」

「諦めて王都に戻ろうと思ってた時にお前が現れたのさ。お前をシュリス学院に送り届ければそれで俺の任務は無事完了、ようやく休暇にありつけるってわけだ」


 少しずつ状況が飲み込めてきた気がする。どうやら本当に窃盗犯を捕まえに来たという様子ではない。そう思うと少しほっとして、つい普通に質問をしてしまった。

「なんですか?その学院っていうのは」

「あっと…俺もくわしいってわけじゃねぇんだが、素質のある女子はみんなそこに集められるんだとよ。要するに、魔法使いのための学校ってことだな」

「なんでもここ最近はエトバ王国からプリエスタが全く生まれてないらしくて…」


 シュラウスが言うには、魔法使い、もといプリエスタの存在は軍事的にも政治的にも、色々と重要な存在なのだそうだ。随分とまた規模の大きい話であるが、しかし、そんなのは些細な問題に過ぎない。何よりもいま問題なのは…

「あのですね。なんだか勝手に話を進めてますけど、その神聖術っていうのは女の人しか使えないんですよね?」

「そりゃそうさ」

 それらなら、やはり、自分にはそんな力使えるはずがない。だって……

「ぼく、男なんですけど!?」

「……ん?」

 一瞬表情が固まるシュラウス。

「だから…ぼくは男です!!」

「いやいや、だってその姿…」

「よく見てください!...ほら!」

 この件に関して、この男を責めるのはお門違いである。この中性的な容姿のおかげで優しい店主から肉串をご馳走してもらったことも何度かある。しかし、このことは誓って言いたいが、街の中でガラスに写った自分の姿を見て、「意外といけるな」などと思ったことは一度たりともない。

「まじなのかよ……」

「大真面目です!」


 シュラウスは未だ信じられないようで、こちらを凝視してくる。気まずい沈黙の後、彼はふと思い出したかのように口を開いた。

「はっきりさせる方法が一つある。あの石ころはまだ持ってるか?」

「持ってますけど」

「そいつを見せてくれ。……とりゃしねえよ」

 訝しむのも当然だと思うのだけど、今は話を進めるのが先決だ。ポケットから石を取り出してシュラウスに示す。

「やっぱりだ。こいつはマナタイトの結晶だ」

 先程からぼくの知らない言葉ばかり出てきて頭が痛くなりそうだ。そんな気持ちが表情にも滲み出ていたのだろうか。彼は説明を続けてくれた。

「マナタイトってのは魔法の触媒に使われる宝石だ。だから、こいつを光らせることができればプリエスタの才能ありってわけだ」

 目を瞑っていても瞼を貫く眩い光。あの光を本当にぼくが?

「おれを吹っ飛ばした時に光ってよな?」

「知りません」

 そのことを認めてしまったら自分が魔法を使えることになってしまうわけで……そんな事実からは逃げ出したかった。

「というわけで、ここでもういっぺんやってみろ」

「そう言われても、ぼくはやり方なんて知りませんよ?」

「俺に聞いたってわかんねえぞ?適当に集中して力でも込めてみろ。あと、今度俺のことを吹っ飛ばしたら、つぎこそ痛い目に合わすからな」

「しませんよ!?…多分…」

 使えるのかもよくわからない力についてぼくが保証できることはない。


 結晶を掌の上にのせて意識を集中させる。それから腕の血液を石に流し込むような想像をして拳にぎゅっと力を込めた。きっと勘違いだ。光るはずがない。しかしぼくの目に映るのは無情な現実だった。

 太陽の光とも、ろうそくの灯火とも違う、純白の輝光が指の隙間からあふれだしていた。

「嘘ぉ…」

「答えは出たな。やっぱりお前にはプリエスタになる才能がある」

「いやいや、待ってくださいよ」

「まあ、急な話だとは思うがな、でも、プリエスタになれたら貴族連中の仲間入りだ。貧乏生活ともおさらばだぜ」

 シュラウスはすでにそのシュリスとかいう学校に僕を連れていく気まんまんだ。これは、よくない流れだ。しかし…

「そうじゃなくて、なんで男のぼくがそんな術を使えるんですか」

 まだその問題が片付いていないじゃないか。

「知るかよ、とにかくお前を学院に送り出さないと、いつまでも休暇が貰えねえんだよ」

「それこそぼくの知ったことじゃありませんよ。他の人を探してください」

「そいつは却下だ」

 この不良騎士め…どうにか連行を阻止しようと頭をめぐらす。

「でも男が神聖術を使えるって問題にならないんですか」

「……なる。かもしれないな…お前が本当に男ならな」

(まだ疑うか…)

 しかし、ようやくシュラウスの顔が真顔に戻った。曰く、神聖術とその始祖である大聖女ステラは信仰の対象になっており、プリエスタが女性であることは彼らの信仰の根幹にも関わってくるとのことだ。

「それなら…」

 どうやら活路が見えてきた気がして、声に期待がこもってしまう。しかし、シュラウスはすぐににやけ面を取り戻した。

「ただ、それを判断するのは王女様だ。それにだ、今のお前はどっからどう見ても………つまりだ、女子が魔法を使える分には全く問題がないよな?」

「何が言いたいんです……」

「簡単な話さ。お前は女装をして学院に通う。俺は学院までお嬢様を届けて休暇を満喫する。女装はお手の物なんだろ?」

 この男は…


「問題お大有りですよ!そんな無茶苦茶な話で納得するわけないでしょう!」

「拒否権があると思うなよ、断ろうっていうんなら、予定通りお前を市警に送り届けてやるさ」

「男だってバレたらどうするんです?」

「だから、バレないように努力しろ。少なくともこの俺は騙せたんだから自信を持っていこうぜ!」

 た、たしかに客観的にみてもぼくの女装はかなりの出来栄えかもしれない……いやそうじゃなくって……

残念ながら、ぼくにはもう反論を考えるだけの体力が残っていなかった。

「もう何を言っても無駄なんでしょぉ…」

 降参宣言だ。もともと不安定な生活だ、監獄送りにならなかったことをせめてもの幸運だと思うことにしよう。


「その石は入学祝いにやるよ」

「そもそもあなたのものじゃないでしょう!」



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