ヴァイオレット家序列争い(王子vs聖女)
アウレリオ殿下の「婿入り修行」初日。
緊張のあまり門前で石像のごとく固まった彼を回収している間に、これまた緊張のあまりホストの父(名誉伯爵)と母が姿を隠し、女神様が推しカプの門出を祝福して花を爆発させ、領民たちがお祭り騒ぎを始めるという、ちょっとした(?)ハプニングはあったものの。私たちはどうにか無事に、屋敷の玄関ホールへとたどり着いた。
さて、両親はどこへ避難したかしら、と足を止めた、その時。
閉じたばかりの重厚なドアが、勢いよく開く。
「たっだいまーー!!」
稲妻のような速さで飛び込んできた人影が、私の腰に思い切り抱きついてくる。
「お、おかえりなさい、エレナ。来てくれて嬉しいわ」
「エレナ!? なぜ君がここにいるんだ!」
驚愕の声を上げるアウレリオ殿下に対し、聖女エレナは挑発的で、とびきり可愛い笑みを浮かべた。
「だって、私もヴァイオレット家の一員ですもん。
義理の姉として、義弟をお出迎えしてあげようと思って。」
「私が知らせたんですよ。エレナも家族ですもの」
「お義父様とお義母様はどちらに?」
「昼食には参加するわ。そこで存分に話してちょうだい」
忙しいエレナに来てもらったのは、この後に控えている食事会で、場を明るくしてもらうためでもある。
実際、繁栄騒動の謝罪のためにアウレリオ殿下が我が家を初訪問した際は、地獄のような沈黙が何時間も続き、ほぼ丸一日かけて「申し訳ありませんでした……」「……いえ」という会話を成立させただけで、翌日は全員が精神的疲労で寝込むという惨事が起きたのだ。
それを忘れたわけではないだろうに、アウレリオ殿下は心底不服そうに唇を噛んだ。
「『ただいま』って……家族って……しかも、お義父様にお義母様!? 僕はまだ一度もそう呼べていないのに……っ!」
私の婚約者は、相変わらず愛が重くて器が小さい。
「うふふ。だって私の方が先に家族になったんですから。私が『先輩』ですよ」
「くっ……! ぼ、僕だって結婚すれば正式に家族だ!」
「私は結婚しなくても家族でーす」
「う、うらやましい……っ!」
膝をつかんばかりの勢いで悔しがるアウレリオ殿下。国家を動かした男が、聖女の小さなマウントに完敗している。
最強の聖女と、策士の王子。
その二人が、ヴァイオレット家内での序列を巡り、新しくやってきた「子犬」と「先輩犬」のような争いを繰り広げているのだ。
「……もうこうなったら、国と教会を対立させて、エレナをここへ来づらくさせるしか……!」
「アウレリオ様! いちいち国家レベルで暴走しないでください!」
「リリアーナはエレナの方が大事なの!?」
「そういう話じゃないでしょう! どっちも大事な家族です!」
「ううー……」
後輩犬――もといアウレリオ殿下は、思い詰めやすく暴走癖があるくせに、ガラスのハートの持ち主だ。実にめんどくさい。
「殿下ったら、まぁたリリアーナ様に甘えて。みっともないですよー」
「……エレナ、あなたも。そのドヤ顔をやめなさい」
私がたしなめると、エレナは「ちぇー」と可愛らしく舌を出して私に抱きついてくる。
「でも私はリリアーナ様のためなら、いい子にします。リリアーナ様、大好き!」
「まったくもう」
グリグリとほおずりしてくるエレナ。先輩犬、改めエレナはエレナで、好戦的な上、私を転がすのがうまい。
「ず、ずるい! そこまでするなら、本気で教会ごと君を排除するからね」
「やってみればいいでしょう? その時はヴァイオレット家の皆さんは、教会側に来てもらいます!」
「何を勝手に!」
「そっちこそ!」
本気で殺気立つ二人。
「いい加減にしなさい!! エレナは何度もからかわない! アウレリオ様はいちいちヤキモチを焼かない!」
『……ご、ごめんなさい』
しゅんとして息ぴったりに謝ってくる二人。まるで双子のようだ。
「だ、大丈夫か……?」
廊下の奥から、私の怒鳴り声を聞きつけた両親が恐る恐るのぞきにくる。
「問題ありませんわ。さあ、食事にしましょう。デザートに、エレナの好きなイチゴのケーキがあるわよ」
「やったー!」
とたんに笑顔になり、食堂へ駆けていくエレナ。その後を微笑みながら両親が追いかける。
しかし、アウレリオ殿下はうずくまったままだ。本格的にすねている。
私は殿下の隣にしゃがみ、その丸まった背中を、慣れた手つきでよしよしとさする。
「ほら、アウレリオ様も行きますよ」
「……エレナのためにケーキ用意してたんだ」
そこが引っかかったのか。
「そんなにヤキモチを焼かないで。アウレリオ様は、いつも緊張してデザートは喉を通らないじゃないですか」
「う……」
「アウレリオ様のためには、食後にリラックス効果のあるハーブティーを用意しました。昨夜も、緊張でよく眠れなかったのでしょう?」
俯く彼の前髪をそっと避けると、うっすらとクマが見えた。
「食事が済んだらお昼寝してください。明日は殿下の好きなたまごサンドを用意して、お庭でお茶にしましょうか」
「……! うん! うん!」
先ほどまでの殺気はどこへやら、アウレリオ殿下は一瞬で機嫌を直してブンブンと尻尾(幻)を振っている。やれやれだ。
この時、全開になったままの玄関ドアの外では、成り行きを見守っていた領民たちが確信していた。
――ヴァイオレット家の真の「ボス」は、あのアウレリオ殿下と聖女エレナを飼い慣らすリリアーナ様である、と。
結局、私の夢見たスローライフは遠ざかるばかりだが。
賑やかすぎる「家族」に囲まれたこの場所が、帰るべき家になったのだと。
私はアウレリオ殿下の冷えた手を取り、騒がしい食卓へと彼を導いた。




