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繁栄の原因が「ただいま」と言いたいだけだった

そこには、耐えがたいほどの気まずさだけが漂っていた。


「……ええと」


「……はい」


二人同時に口を開き、同時に黙る。


「ど、どうぞ」


「いえ、殿下こそ」


先に折れたのはアウレリオ殿下だった。


「……ごめん」


ぽつりと、足元に落とすような声だった。


「君を引き止めたくて、変なことをした。キャラ作りや、謎のポエムとか」


「自覚はあったのね」


「……うん。すごく恥ずかしい」


「私も馬鹿なことをしました。エレナを巻き込んでいびる芝居だなんて」


「……ふふ、似た者同士だね」


私は思わず吹き出した。笑った拍子に、胸の奥を塞いでいた重い何かが、少しだけ緩んだ気がした。——けれど次の瞬間、別の感情が込み上げてくる。


「ごめんなさい。私、貴方がそんなに頑張っているなんて知らなくて。正直、この婚約もそのうち破棄されるだろうって、勝手に思っていて…」


「……うん」


「あなたはこんなに真剣に向き合ってくれていたのに。私のために、不器用なりに努力し続けてくれたのに」


何も言わずに遠ざかる私を、彼はどんな気持ちで見つめていたのだろう。申し訳なさと情けなさで、視界がじんわりと滲む。


「えっと…冷えるから」


殿下がそれだけ言って、そっと、自分の上着を私にかけてくれた。


それが決定打になって、こらえていた涙が流れ出す。泣く資格なんて無いのに。


自分の行動で運命を変えてしまった人たちへの申し訳なさや、それでも譲れない思いがあったんだという誰にも言えない言い訳や、私だって怖かったんだと言う弱音。いろんな感情がごちゃごちゃになって、私の涙は止まらない。


彼は、何も言わず、ずっと私の横に立ち尽くしていた。


ああ、そういえば、私が「悪役令嬢」として世間を騒がせていた時も、彼は何も言わなかった。きっと、原作ゲームでも書ききれないほどの、いろんな感情や考えがあっただろうに、文句を言わず、逃げずにそばにいてくれたのだ。


私も、もう、逃げるのはやめよう。たくさん涙を流したおかげか、私の気持ちはすっかり落ち着いた。


「……殿下。ポエムじゃなくて、普通にお話ししませんか?」


「うん……それがいい」


殿下が貸してくれた上着の袖で、私はぐずぐずと鼻をすすりながら、ようやく彼と視線を合わせた。月明かりの下、ようやく私たちは、等身大の二人として向き合い始めた。


「僕ね、会話が苦手だから勉強したんだ。恋愛指南書を何冊も読んで頑張ったんだけど、考えすぎて……変なことになった」


「寝不足になるまで頑張るからですよ」


「だって……わからなかったんだ。僕のせいで君が引きこもってしまったのに、どうすればいいのか」


「殿下は悪くありません」


「ううん、僕のせいなんだ。だって……」


殿下は少し言い淀んだあと、意を決したように顔を上げた。


「本当は、はじめから狙っていたんだ。ヴァイオレット家に婿入りすることを」


「……む、婿入り?」


「僕は末っ子だし、兄上たちも優秀だから、王位を継ぐ必要はない。でも、王子の降下先として今の伯爵家では家格が足りない。だから、君の家を繁栄させて家格を押し上げれば、僕が臣籍降下して婿に入る理由ができると思ったんだ」


(臣籍降下!?そんなことまで考えていたの?)


「君が僕の所に嫁ぐんじゃなくて、僕が君の家に行く。そうすれば、君は住み慣れた家を離れなくていいし、僕も……その、君の家族になれる」


「我が家にとってはありがたいお話ですけど、そもそも、なんで婿入りなんて……」


「それは……ヴァイオレット家の人たちや、領地ののどかさが好きで。」


「まあ……! そんなに我が家を好きでいてくださったなんて!」


感動した私を見て、なぜか殿下は呻きながら、また膝を抱えて丸まってしまう。


「殿下?」


「……ごめん。それだけじゃないんだ。……僕、すごく心が狭いんだよ」


「え?」


「君が僕の所に嫁いだら、君の家は跡取りがいなくなるだろう? 伯爵は養子を迎えようとするはずだ」


「ええ、もう候補は何人かいて……」


「それが、どうしてもイヤだったんだ!」


殿下は真っ赤になって、ヤケのように早口で語り出した。


「だって、養子をとったら、その人は君の家族になって、君に『ただいま』とか『おかえりなさい』って言って、君は笑って挨拶をかえすんだ……それで一緒に食事をして、僕の知らない君の家の話をして、僕よりずっと仲良くなるんだ。そんなの、絶対にずるい!」


(……この国の末っ子王子は、国を動かすほどの独占欲の塊だった)


「でもヴァイオレット家の運営に直接口出しはできないし、こんな情けない本音、誰にも言えなくて……。君の家を繁栄させて、僕が入り込む隙間を作るしかなかったんだ」


「……まさか、そこまで」


「……でも、まさか一家全員で没落を狙うほど追い詰めていたなんて。本当に申し訳ない」


「まあ、我が家と繁栄の相性が壊滅的に悪かったせいでもありますから。それに、殿下は助けようとしてくださっていたのでしょう?」


「うん。鉱山経営が大変そうだから、鉱山を国営化して僕がその責任者になれば、伯爵の負担はかなり減ると思う」


(責任者に……)


「ヴァイオレット家の不利益にならないように、鉱山の使用料も払う。それで、来年、僕が卒業したらヴァイオレット領を公爵領として治める流れにすれば、僕が君の家の跡継ぎになれる。……そしたら養子は取らなくても良くなるから……それで、いいかな?」


少し不安そうな目で、彼は私を見る。


「私が決めることじゃないけれど……鉱山を国営化してくださるのは、父にとってもありがたい話だと思うわ。殿下が責任者になってくださるなら安心ですし」


「うん。あとは陛下が了承したら、伯爵へも話がいくはずだ。公爵領にする時期も含めて、ね……」


「陛下まで動かしていたんですね。本当に、お疲れ様です。これからは、ちゃんと寝てくださいね」


「……」


「まだなにか?」


「あ、あのね。ヴァイオレット公爵領にするっていうことは、僕が王族を辞めて、ヴァイオレット領に移り住むっていうことなんだけど」


「まあ、楽しみですね! 領民も喜びますわ」


「……ヴァイオレット領に住んだら、僕も君に『ただいま』って言っていい?」


「いいですよ。許可なんて取らなくても、挨拶なんだからいつでも」


「……」


「なんです、さっきから何と言いたそうですけど」


「ーー〜っ!ヴァイオレット公爵領にするっていうことは! 僕と君が結婚して、夫婦になるっていうことで! 僕が君に『ただいま』って言うことは、毎日同じ家に住むっていうことで! 養子を迎えないっていうことは、ぼ、僕と君の間に生まれる子供が跡取りになる、っていうことなんだけど……! それで、いいかな!?」


「……っ!」


逃げ場のないほど直球な愛の重さに、私の思考は真っ白になった。


仕事の手伝いや領地の話だと思っていたのに、彼は最初から、私との子供の代までの人生設計を、たった一人で必死に組み立てていたのだ。


「あの、その、もし嫌なら僕は責任者を辞退して、修道院に入る準備もしているから安心して――!」


殿下は顔から火が出そうなほど真っ赤になると、泣きそうな顔でまた頭を抱えて丸くなった。


正直、この超展開に頭がついてこないが、ここで逃げるわけにはいかない。


不器用すぎる、それでいて国を巻き込んだ愛の暴走を受け止めるか否か。


受け止めれば確実にスローライフは遠ざかる。

それでも――こんなにも不器用で真っ直ぐな人を、ほうりだす気にはなれなかった。

――だから私は、この人と生きると決めた。


私は意を決して、その背中をよしよしと撫でる。


「……殿下が我が家の責任者に……その、なっていただいても、よろしいんじゃないでしょうか!」


真っ赤な顔で答えた私に、殿下はばっと顔を上げる。


そして、今日一番の、そして指南書には絶対に載っていないような、情けなくて幸せそうな顔で笑った。

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