破滅を回避したら、繁栄しすぎました
聖女エレナは教会で慈愛に満ちた日々を送り、
婚約者アウレリオ殿下は以前よりも健康的な笑みを浮かべ、精力的に社交界へ顔を出すようになった。
そして我がヴァイオレット家は、聖女を導き、王族を守護した功績により「聖なる一族」という――聞くだけで背中がかゆくなる称号を授かった。
身に余るというか、身の毛もよだつほどありがたい(?)通り名である。
聖女と王族の後押しもあり、領地経営は順風満帆。
我が家は、かつてない繁栄を遂げた。
……問題は、その「あと」である。
数年前まで我が家は、「細々と鉱山を回す、のどかな田舎の辺境領」にすぎなかった。
転機は、聖女と王族に我が家の宝石が使われたことだ。それが大々的に宣伝され、宝石と加工技術の評判が一気に跳ね上がった。
国内外から依頼が殺到し、さらに「安全第一・無理をしない」という父の経営方針まで高く評価され――
気づけば我が家は、国の経済を支える重要拠点扱いになっていた。
結果として、家は繁栄しすぎて、家族は揃って過労と心労で瀕死の状態に陥っていた。
まず、父アルフレッド。
外見は「冷酷無比な鉄血伯爵」、中身は「刺激に弱い人見知り」。突如として降って湧いた「国家の重鎮」という重責に、父の繊細なメンタルはとっくに限界だ。
「……リリアーナ。繁栄とは、これほどまでに胃を削るものなのか。責任が、重すぎる……」
最近では胃薬を「相棒」と呼び、銘柄ごとの効き目を語り始めた。領主の威厳よりも、胃を押さえて蹲る姿の方がすっかり板についてしまっている。
父の本来の夢は、領地の片隅で愛する植物たちの世話に没頭することだけなのだ。
母セシリアも限界寸前だった。
宝石にも負けない迫力の美貌に「聖なる一族」の称号が加わり、社交界に立てば市場が動く。いつの間にか「ジュエリー界のカリスマ」とまで呼ばれるようになっていた。
だが中身は、選択肢が多いと固まる生真面目な人である。
「宝石に合わせるならドレスは青……?
でも赤の国の来賓が……え、エレナ様は白……?
私は……どうすれば……寝れない……」
母の身につけた宝石は即日完売し、価格は高騰し続けるが、本人はその重圧ですり減っていくばかりだ。
本当は、部屋にこもって刺繍だけしていたい人なのに。
そして最大の問題が、私の婚約者――アウレリオ殿下である。
私より二つ年下の彼は、元のゲームでも「お色気担当」だった。透き通るような肌に長い睫毛、少女と見紛うほどの可憐さと、それでいて毒を含んだような艶やかさを併せ持つ。ゲームでのキャッチコピーは「傾国の美少年」。
だが、かつて私の後ろに隠れてオドオドしていた、内気で無口な少年は、トラウマを克服し、自ら社交の場に立つようになった。……中身の残念な方向への進化を伴って。
「……リリアーナ。君の瞳は、夜空からこぼれ落ちた一滴のアメジスト。僕の心は、その輝きに溺れる小舟さ。君の暖かな微笑みが、唯一の道しるべ」
目が合う度にポエムが降ってくる。
「さ、最近は暖かくなってきましたわね」
返事に困り、苦し紛れに天気の話題を返す。だがーー
「ああ、君の微笑みという太陽には敵わない。僕の心は今、君という名の皆既日食に……」
……誰か、この人を止めてほしい。
かつての気弱さはどこへやら。今では、会えば宝石箱をひっくり返したような甘ったるい謎ポエムを連発し、手紙では怪文書レベルの情熱的な韻を踏んでくる。あまりにロマンチックな台詞だらけなせいで、会話が成立しないほどだ。
言ってしまえば「ぽんこつ」だが、そのビジュアルが「傾国の美少年」なのが災いした。
「内気だった王子が、愛のために成長し、必死で言葉を紡いでいる!」と世間には解釈され、周囲の令嬢たちは母性本能を爆発させて暴走。殿下を巡る争いは刃傷沙汰にまで発展し、私は身の安全のため、屋敷に引きこもる日々を送っている。
そして本日。
数カ月ぶりに家族全員が揃った、ある日の食卓でのこと。
静かにお茶をすすっていた母が、ぽつりと呟いた。
「……もう、人目を気にせず刺繍だけしたいわ」
父が即答する。
「いいな。私は植物とだけ話したい」
私も便乗した。
「私は平和に昼寝したいです」
――まさかの満場一致。
ヴァイオレット家、ここに
「スローライフ(という名の現実逃避)希望」で固く団結。
……だが、現実は残酷だった。
今さら婚約破棄などすれば、王室への不敬罪で確実に一家破産。
かといって貴族籍を放棄すれば、資産没収どころか
「国家経済を混乱させた罪」で極刑もありうる。
つまり――
逃げたら終わる。
残っても潰れる。
破滅(追放ルート)を全力で回避したはずが、
いつの間にか「栄華という名の監獄」に閉じ込められ、別の破滅フラグが乱立していた。
こうして――
「どうやって円満に、ほどよく没落するか」
前代未聞の「逆・成り上がり作戦」が、静かに幕を開けたのである。




