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BRAVE GIRL  作者: 星菜 琉衣
9/9

第9話


圭一と巳月が初めて絡みます。


「右手首の捻挫、背中は重い打撲。多少骨は弱ってるけど折れてはいないですよ。あと全身打撲と頭部の出血。あとは痣や擦り傷ですね。頭部は急所は外れていましたがかなり出血していたので、一応検査しましたが特に異常はありません。また異変を感じたり、痛みが激しくなったりしたら必ず検査しに来てください。」

「…はい…ありがとうございました…。」

「お大事に。無理しちゃだめですよ。」

千歳は医師に頭を下げると、診察室をあとにした。

「っ…!!千歳っ…!」

待合室で待っていた千影は、診察室から出てきた千歳の姿に心配そうな表情で寄ってきた。

頭や手に包帯を巻き、あちこちに痣が目立っている。顔は一層痣や傷が増え、綺麗な顔が台無しになっている。

そして、刃物を立てられた首筋にもガーゼが貼ってあった。

「どうだった…?頭、大丈夫なのか?」

「縫ったから平気。今は異常もないけど、またなんかあったら検査しに来いだってさ。あとは捻挫とか打撲とかだから、そんな心配することないよ。」

「っ…そうか…。」

千影は悲痛に顔を歪ませ、千歳に深く頭を下げた。

「ごめんっ…俺のせいで酷い目合わせて…っ!!」

「え、あ、謝んなよ。千影のせいじゃないし、あたしの不注意だから。」

「……ハア…。」

「……。」

心底落ち込んでいる千影に困ってしまい苦笑いを浮かべる千歳。

「こ、これくらいすぐ治るって…。」

「……あいつら絶っっ対に殺す…!!!」

血管が浮き出るほど拳を握り締め、ドスの利いた低い声で千影が呟けば、周りの患者や看護婦はびくりと体を震わせた。

(…あっちゃーキレてる…。)

「い、行く時はあたしも一緒だから。な?だから勝手に乗り込んだりすんなよ?」

「……分かった。」

下げていた頭を上げて、千影が渋々そう答えたのを見て千歳はホッと息を吐いた。

(キレたこいつが暴れたら死人が出る……。)

「とりあえず、お前は怪我が治るまで家にいろ。学校も休め。いいな?」

「分かった分かった。…あ…。」

「ん?どうした?」

「…あいつ……柊は…?」

千歳が躊躇いがちにそう聞くと、千影「ああ」と言いながら頭を掻いた。

「圭なら、自分の手当て済んだらさっさと帰ったよ。」

「…そ…か…。」

小さな声でそう呟く千歳の姿に、千影は小さく溜め息をついてから苦笑した。

「じゃあ、帰るか。バイクの後ろ乗せてやるよ。」

「さんきゅ。あ、でもまだ代金と薬…。」

「じゃあ俺がやってくるから、出口の前で待ってろよ。」

「ん。ありがと。」

小走りで去っていった千影を見送り、千歳は痛みに耐えながら壁を伝い歩き出した。

―――圭一はあの後黙って救急車を呼び、病院に着くまで目も合わせなかった。

(……告白…されたのか…?)

夢だったのか、と今でも信じられない。

だってお互いは生徒と教師という関係であって、年の差もあって。

しつこく構ってくると思ったら、いきなりあんな風に突き放されて。

なのに、ハッキリと告げられた。


『お前が好きだ、千歳。』


「……ッ…。」

一人思い出して赤面する。

男に告白されたのは初めてだったし、相手が相手だ。

柊圭一。

「…なんなんだ…あの男…。」

あの男に与えられた感情は、全部《初めて》のものばかり。

いつも、いつも。

ムカつくだけかと思ったのに、優しくて。

軽いだけだと思ってたのに、真っ直ぐで。


『千歳は俺が護る。』


言葉一つ一つに、心臓がうるさくて。

「…どうかしてんな…。」

そんな自分に自嘲気味の笑みを静かに浮かべ、千歳は出口までゆっくり歩みを進めた。


「……ふう…。」

持っていた赤のボールペンを机に置き、溜め息をつきイスにもたれ掛かる巳月。

夜7時。職員室には、数学の小テストの採点で残っていた巳月しかいなかった。もう警備員しか残っていないだろう。

巳月は周りに誰もいないのを確認すると、ポケットから取り出した煙草を咥え火をつける。

ガラリ―――

「あー久世先生煙草吸ってるぅー。」

その声に思わずびくりと肩を竦ませ振り向けば、戸にもたれかかっている圭一がいた。

その姿に安堵と共に「厄介な奴に会った」と心の中で溜め息をつく。

「柊先生ですか…。」

「まだいたの?お仕事?」

「数学の小テストの採点が終わらないので…。」

「お疲れ様。」

にこりと笑って圭一は巳月の隣の机に寄りかかる。

頬にはなぜか絆創膏が貼ってあったが、あえて聞かなかった。

「柊先生、一体どこに行ってたんですか?今日放課後職員会議だったのに…。校長怒ってましたよ。」

「あれ、そうだっけ?忘れてた。」

「はぁ…?」

(相変わらずいい加減だな…。)

「…久世先生さぁ、今おいくつ?」

「はっ?……えと…25ですけど…。」

「じゃあ教師になってまだ短いんだ?」

「…?そう、ですね。」

「……あのさ、生徒好きになっちゃったことってある?」


ドガッシャァァァンッ―――!!!


巳月は動揺のあまりイスからひっくり返り転げ落ちてしまった。

圭一はいきなりのことに目を丸くしている。

「…なにやってんの。」

「なっなな、なんでもないです!!」

「なに噛みまくってんの(笑)」

「い、いきなりなんですか…!!」

(まさかもう須藤がバラしたのか…!?)

「クールな氷の帝王がその慌てっぷり。ってことは、あるんだ?」

「なっ、ないですよ!!あるわけないじゃないですか…!!」

「…ふうん、そっか。だよね。久世先生糞真面目だし。」

巳月は倒れたイスを直しゆっくり腰を下ろして、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

(落ち着け俺。まだバレてない…。)

「…じゃあさ、」

「は、はい?」

今度はなにを言い出すんだ、とドキドキしながら次の言葉を待つ。

「…もし生徒は好きになったとして、気持ちを伝えちゃいけないから本心じゃなくても相手を傷つけた時って、どうすりゃいいの?」

「…は?」

「…そういう努力をしても、もし相手に気持ちを伝えちまった時って、どうすりゃいいのかな?」

内容もだが、いつもと圭一と違う様子に巳月は思わず戸惑ってしまった。

どうやら冗談で言っているわけではないようだ。

「…?柊先生、そんな経験あるんですか?」

「…まぁ、ね。」

圭一は苦笑してポリポリと後頭部を掻いた。

その返答に巳月は驚きの表情を見せる。

「へぇ、女子高生なんかに興味あったんですか?怪しい大人の店で働く女性が好みなのかと思ってました。」

「いや、先生の俺へのイメージひどくね?…まぁ、基本俺もガキに興味はねえよ?」

でも…、と圭一は苦笑した後、まるでその相手を想い愛おしそうに笑ってみせた。

「最初は…周りと少し違うなって思って、まるで男を踏み入れないように壁張ってるっていうか…最初はからかおうとして近づいただけだったんだ。」

…そう。最初は面白半分で近づいた。

なのに、彼女はびっくりする程純粋で、脆くて。

抱き締めただけで泣きそうな顔をして。

気がついたら、放っておけなくて。

傷つけたくない、泣かせたくない。

「そう…思ってたのにな…。」


『あたしをからかうのもいい加減にしろ!!』


…泣かせた。俺が。


傷つけた。


「…ま、そんなとこ。」

「……。」

(…この人にこんな表情させる女って…。)

巳月は煙草を携帯灰皿に捨てると、こめかみの部分を掻きながら躊躇いがちに口を開いた。

「…あの…参考になるか、分かりませんけど。」

「ん?」

「…俺、なら…自分が後悔するくらいならとことん相手に尽くします。許されない恋だとしても、やっぱり自分の立場とか世間体とか関係なく恋に落ちた相手ですから…諦めたくは、ないです。」

圭一は、意外な巳月の答えに思わず巳月の顔をまじまじと見つめた。

そして、ふっと表情を緩めた。

「ふうん。久世先生にしてはいいこと言うじゃん?」

「そ…そうですか?」

「その言い方、やっぱり生徒好きになったことあるんじゃないの~?」

「ちっ…ちがっ、なに言ってるんですか!!」

「……まぁ、ありがと、久世先生。…ちょっと、元気出たかも。」

圭一はそう言うと、人差し指を唇につけ、巳月に向かって悪戯っぽく笑った。

「今の話、みんなにはナイショな?」

「…は、はい。」

圭一は巳月ににこりと笑いかけると、伸びをしながら立ち上がった。

「んじゃ、俺先帰るね。」

「あ、はい。…お疲れ様です。」

「バイバーイ。」

圭一は笑顔で手を振ると、鼻歌を歌いながら職員室を出て行った。

再び静寂が訪れ、巳月はふうと大きく溜め息をついて椅子の背もたれに体を預けた。

「相変わらずよく分からない人だな…。」

(…でも、あの人とあんなに話したの初めてだな。)

圭一は良い意味でも悪い意味でも一際目立っていて、圭一を苦手な類に入れていた巳月は極力関わらないようにしていたからだろう。

女関係には一際いい加減なのだろうと思っていたが、今の話を聞いて印象が変わった。

同じ生徒に恋している身だ、気持ちはよく分かった。

(なんも考えてない空っぽな頭だと思ってたけど、そうでもないんだな。)

巳月は箱から煙草を取り出し口にくわえ、ライターで火をつけた。

すると、デスクの上の携帯が静かに震えだした。

煙を肺に入れながら携帯を手に取り、たった今届いた一通のメールを開く。

相手は、千影。


《千歳が大怪我して、今病院から帰ってきた。約束破っちまうけど、今日は会えない。ごめんな。明日も学校行くから。仕事終わったら電話くれ。》


「…大怪我…?」

(…今日も大分怪我してた気がするけど…。)

巳月は片手で返信のメールを打ち始めた。


《分かった。気にするな。お大事にな。もうすぐ仕事終わるから家に着いたら連絡する。》


送信して携帯を閉じ、再びデスクの上へと戻した。

ドタキャンされたって文句は言わない。

こちらも仕事上何回もドタキャンをしてしまった事もあるし、千影が妹を大事にしていることも十分分かっている。

そこは大人の余裕というやつだ。

(…少し寂しいけどな。)

妹の千歳にほんの少しだけ嫉妬をしながらも、巳月は再びペンを手に取った。


千影は巳月の返信に目を通し、携帯をゆっくり閉じて溜め息をついた。

「どうした?」

「えっ?あ、なんでもねえよ。」

煙草を手にソファに腰を下ろしテレビを観ていた千歳が、背もたれに肘をついてこちらに顔を向けていた。

千影は携帯をポケットに慌ててしまいこんだ。

「なんか約束あった?あたしは大丈夫だから行ってこいよ。」

「や、なんでもない。大丈夫。」

「…?なら、いいけど。」

千歳はそう言って煙草の灰を灰皿に落としながらテレビに視線を戻した。

もちろん、千歳には巳月のことは話せていない。

いつかは話さないといけないのだろうけど、中々タイミングが掴めない。

昔から女遊びが激しかった自分が、まさか男と交際中なんてとても言いにくい。

それに、兄がゲイなんて千歳がどう思うのかも心配だった。

千歳はクールだし理解はしてくれるだろうとは思うけれども、中々タイミングが掴めないのが現状だった。

(ま、焦らなくてもいいよな。)

「千歳、なんか食べたいものあるか?久しぶりに今日は俺が作ってやるよ。」

「お、まじ。千影の料理うまいんだよなー。」

千歳が微笑んでこちらを向いた。千影は微笑み返した。

海外出張が多く、一年のほとんどは日本にいない両親。

二人が小さい頃からそれは同じで、千歳と千影は二人きりで家に住んでいた。

自分が非行に走ったことで、千歳までこちらの世界に引き込んでしまったことは少し後悔している。

千歳が、自分の中で一番大切な存在だった。

(ほんと、俺も重度のシスコンだよな。)

千影は小さく苦笑した。

「肉じゃが。」

「へ?」

「肉じゃががいい。千影特製の。」

「はいはい。めちゃくちゃうまいの作ってやるよ。」

「やりー。」

千歳はそう言って笑った。

千影も笑い返して、腕まくりをしながら台所へ向かった。

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