第7話
BL要素ナシです。
「ガキのお前に、俺のなにが分かるんだよ。」
圭一は険しい表情をして、挑発するような笑みを見せる千影を睨みつける。
「…分かんねぇよ。オトナの考えなんざ。教師は特にな。」
「……。」
「恋愛に立場とか、世間体とか関係あるのかよ。」
「大人はあるんだよ。」
「だけど俺達はコドモだ。オトナ達の考えなんか知ったこっちゃねえよ。」
千影は咥えていた煙草を手に取り、圭一の顔に煙を吐きかける。
「コドモナメんのも大概にしろよ?オッサン。」
千影の瞳が鋭く光る。二人の間に険悪な空気が流れた。どちらも目を逸らそうとしない。
睨み合いが続いていた中、その雰囲気を破るように細い声が耳に届いた。
「あ、あの…柊先生…。」
おずおずとした声音に圭一が顔を向ける。
圭一のクラスの女子生徒二人が、千影の姿にビクビクとしながら立っていた。
「おお、どうした?」
「…あの…早瀬さんが…。」
「早瀬千歳さんが…。」
「…千歳?」
二人の口から千歳の名前が出て、千影が眉をぴくりと動かす。
「なに、早瀬がまたなにかやったの?」
「つ、ついさっき校門で…。」
「変な男達に、鉄パイプで頭殴られて連れて行かれちゃったんです…。」
ドクンッ―――
嫌な汗が出てきた。
千影はその顔に血相を変え、女子生徒の一人の肩に思わず掴みかかる。
「千歳が!?」
「ひっ…は、はい…政南高校の人達に…っ」
「政南…。」
「頭からいっぱい血も出てたのに、みんな怖くてなにも出来なくて…。」
「だから先生に…。」
頭からいっぱい血が出てた?
脳裏に先程の千歳の泣きそうな顔が浮かんでくる。
「…ッ…!!」
圭一は血の気がサァッと引いていくのを体で感じた。
「政南で間違いねぇんだな!?」
「こ、校章見ましたから多分合ってます…。」
「ちぃっ…!!あいつらぁっ…!!」
「ッ…!!待て千影!!」
走り出した千影を止めようと声をあげる圭一だが、タイミングよく大音量でレゲエの音楽が流れる。
「あーくそ!!誰だよ!!」
千影の携帯の着信らしく、苛立ちながらポケットから携帯を取り出し、画面の非通知設定に眉を寄せ通話ボタンを押す。
「あ!?誰だコラ今忙しいんだよ!!」
『あっはは。そんな怒らないでよ~千影くん。』
「……凪、沙…?」
「…《凪沙》…?」
千影が呟いた名前に反応する女子生徒の一人。
「な、《凪沙》って、東雲のトップの人だよね…。」
「あ、あのすごい不良校の?」
「…東雲…。」
『…東雲が、昨日あたしのところにきて…ちょっと、喧嘩になった。』
「ッ…!!」
千歳の口から出ていた《東雲》の名前を思い出し、圭一の鼓動が更に早くなる。
「お前…なんで俺の番号知ってんだよ?」
『んー?秘密。』
「今忙しいんだよ!!」
『ねー、あの話考えてくれた?』
「だから、何回も断ったはずだ。いい加減しつけえんだよ。」
『ふぅん…どうしても?』
「どうしても。それだけか?」
『…ああ、そうだ。ごめんね、千歳ちゃんのこと乱暴にしちゃって。』
「…は?」
凪沙がさらりと吐いた言葉を千影は聞き逃さなかった。
確かに凪沙は今、《千歳》の名前を口にした。
「ちょっと待て…千歳そこにいるのか?」
『うん、いるよ~。俺らと仲良く遊んでる。』
「ッ…てめえか…千歳さらったの。」
「!!」
千影の言葉に圭一はすぐに反応した。千影の表情を伺いながら会話に耳を澄ます。
「千歳だけには手出すなって言っただろうがてめえ!!殺されてぇのか!?」
『おーこわーいっ。まぁそんな怒らないでよ。俺ら、いつもの場所で遊んでるけど、千影くんも来る?』
「行くに決まってんだろ!!」
『よかった。…早く来ないと大事な妹ちゃん、殺しちゃうよ。』
可愛らしい声音で恐ろしい事を言った凪沙に舌打ちをすると、千影は電話を切り走り出した。
「ち、ちょっと待て!千歳どこにいるんだよ!!東雲の奴らと一緒なのか!?」
「うるせえな関係ねえだろ!!あいつらの狙いは俺なんだよ!!早く行かねえと…!!」
「千歳が殺される…っ!!」
千影の冗談ではない言葉に、心臓が痛いくらいに大きく動いた。
嫌な汗が出てくる。
「離せ!!」
千影は腕を掴む圭一の手を乱暴に振り払う。
だが呆然としていた圭一も我に返し再び千影の腕を掴む。
「んだよ!!」
「待て。俺が行く。」
「はぁ!?あいつらの狙いは俺だって言ってんだろ!!」
「だからこそお前が行ったらあいつらの思うツボだろーが!!」
「だからってお前が行ったら千歳が助かるのか!?なにも出来ねぇくせに無責任なこと言ってんじゃねぇ!!千歳のことなんだと思ってんだよ!!」
「ッ……!!」
―――…俺は千歳のこと、なんだと思ってる?
ただの生徒?
―――…違う。
「離せっつってんだろ!!」
また千影が腕を大きく上に上げるが、今度は圭一の手はビクともしない。
「なっ…?」
「…俺が行く。」
「ッ、だから…!!」
圭一は千影の胸倉を掴む。
「あいつはっ…千歳は、俺の大事な女だよ!!」
「――――」
千影が圭一の言葉に驚いて目を見開いている隙に、圭一は廊下を駆けていった。
千影は振り返って圭一の後姿を呆然を見送る。
「…あいつ…。」
「…本当、妹思いのいいお兄さんだね。」
たった今通話が切れた携帯電話を閉じて、凪沙はにこりと笑った。
凪沙の足元には、手足を縄で縛られた血に汚れた千歳がぐったりと横たわっていた。
頭から流れた血で顔は汚れていて、見るにも無残な姿になっていた。
散々乱暴され、体のあちこちが痛くて動かない。
「あれ?千歳ちゃーん、生きてる?」
「…ぅる…せ…。」
軽く咳き込みながらなんとか声を出す。
掠れた声で呻きながら、凪沙を見上げ鋭く睨んだ。
「怖い目。」
「ッ…あたしが、あんたらになにかしたかよ…っ」
「いやね、俺達の本当の狙いは千影くんだったんだげど、」
凪沙はにこりと微笑んで千歳を指差した。
「千歳ちゃんにも興味出てきちゃったんだよね。」
「…は…?」
「俺達ずっと前から千影くんのこと誘ってたんだ。俺達の仲間にならないかって。ま、ずっと断られてたけどね。」
『てめえらの仲間になんか死んでもなりたくねえよ。』
(…あいつは…これをあたしに隠してたのか…。)
「千歳ちゃんは巻き込みたくないからって黙ってたみたいだけど、俺千歳ちゃんも欲しくなっちゃった。」
凪沙はイスに腰を下ろしたまま体を屈め、千歳の顔を覗き込む。
「ねぇ、千歳ちゃんが今から来る千影くんのこと説得してよ。一緒に仲間になろって。」
「っ、なんで……。」
「だから、俺は二人が欲しいの。…特に、千歳ちゃんは千影くん以上にね。」
「っ!!」
「…その目、俺大好き。」
凪沙は千歳の顎を掴んで上に上げると、低く囁いて口元を歪めた。
「―――本当、殺したいほど欲しくなる。」
ゾクッ…!!
―――……怖い。
目が、笑ってない……。
男がこんなに怖いと感じたのは初めてだ。
千歳はあまりの恐怖に背筋を凍らせ、冷や汗を流す。
凪沙はくすりと笑った。
「びびっちゃった?」
「ッ…!!ふざけんな!!外せこれ!!正々堂々タイマンでケリつけようじゃねえかよ!!」
「はは、無理無理その怪我じゃ。それに俺手加減の仕方分かんないし。」
「いいから外せ!!」
暴れ出す千歳の腹部に他の男の蹴りが入る。
こみ上げる血液が溜まらず口から溢れ出した。息が出来ず激しく咳き込みながら震える。
「ッ…千影は…来ない…ッ!!」
「んー?」
「こん…なのに、騙されるほど馬鹿じゃねえ…っ!!」
「千影くんは来るよ。絶対にね。千影くんの唯一の弱点は千歳ちゃん、君だよ。千歳ちゃんを助けに来た千影くんを、千歳ちゃんを人質にボコボコ。早瀬兄妹討ち取ったりー。うわ、俺ら英雄だ。」
まるで夢のある冒険物語でも語るような口調で凪沙が言う。
なにも出来ない自分に悔しくなった千歳は、唇を噛み締めた。
「ちかげ…っ」
自分のせいで、千影がやられてしまう。
自分は、なにも出来ない。
ただ黙ってやられるしかない。
失血と痛みで意識が段々と遠のいていく。
霞む視界にただ映っているのは、薄気味悪く笑う大勢の男達と、
悪魔の微笑みを浮かべる凪沙という男。
怖い。怖い。
誰か、助けて。
『大事だと思う子は、護ってやりたいって誰だって思うだろ。』
「……。」
(…なんでこんなときに…あいつの顔が浮かぶんだよ…。)
あんないい加減な奴。
男なんてみんな同じ。
男なんか大嫌いだ。
男なんか…。
「…ひいらぎの……バカやろ……っ」
ドガァァァァンッ―――!!!
「ッ!!」
倉庫全体に響く破壊の音。千歳はいきなりのことに驚いて肩を揺らした。
「ああ、来たみたいだね。千影くん。」
「ッ……!!」
凪沙の言葉に武器を取った男達を見て、千歳は絶望に目を強く閉じた。
(もうダメだ……っ!!)
―――…しかし。
「あぁ!?誰だてめえは!!」
「早瀬千影はどうしたんだよ!!」
(…へ…?)
予想外の男達の罵声に、千歳はゆっくり瞼を上げる。
凪沙が入り口の方を見て眉を寄せているのを見て、千歳もその方に目を向けた。
「―――…」
―――…なんで。
「…千歳―――…っ!!」
いるはずのない圭一の姿が、そこにあった。
汗だくで息を切らしている、見たことのない姿で。
「んだゴラァ!!誰だてめえ!!」
「見張りはどうしたんだよ!!]
「…お前が、《凪沙》か。」
圭一は男達の罵声を無視して、真っ直ぐに凪沙の方へと目を向ける。
「…そうだけど。お兄さん誰?俺は千影くんを呼んだつもりだけど。」
「代理だ。」
「…ふうん…。」
凪沙は無表情で立ち上がり、ポケットに手を入れる。
「ッ…バカ…なにしてんだよ…っ!!」
千歳は首だけを持ち上げて声を振り絞る。
どう考えたって素人がこの人数を相手に出来るわけもない。
増してやただの教師だ。
「早く逃げろ…ッ」
「…せっかくだけど、久々暴れられるんでうずうずしてんだよ、俺は。」
圭一は余裕そうな笑みを浮かべて指を鳴らした。
(…《久々》…?)
「なめんなゴルァ!!!」
集団の中の一人が駆け出し、圭一の頭上に鉄パイプを振り上げた。
それを冷静に見ながら、圭一はにやりと口元を歪めた。
「クソガキが。」
そう微かに唇が動いたと思ったのも束の間。
―――…フッ…
「ッ!!?」
目の前から圭一の姿が消えたと思った途端、背後から低い声が不気味に響く。
「余計なオモチャ使ってんじゃねーよ。」
がばりと振り向いた瞬間、脇腹に強烈な回し蹴りが入る。
ゴキ、と鈍い音を立てて、男は呻きながら吹っ飛んだ。
その瞬きもする間もない一瞬に、周りはざわつき始める。
一部始終をしっかり見ていた千歳は、唖然としていた。
圭一はにやりと笑い、首を鳴らしながら集団に言い放つ。
「男は、素手だろ?」