第5話
千影×巳月の絡みが軽くあります。
でも千影喋りません。
今回は圭一出番ないです。
「早瀬千影。」
巳月はクラス名簿で名前をあげる。
目を向けた窓側の一番後ろの席は、今は空席となっていた。
巳月はしんとした教室の反応に、溜め息を一つついた。
今は朝のHRで個名を行っている途中なのだ。
「早瀬はまた休みか?」
「き、今日の朝廊下で見たんですけど…。」
「…そうか。」
生徒の返答に短く答えて、名簿に目を戻した。
千影の名前を見つめて、誰にも気づかれないような小さな溜め息をついた。
朝のHRの終了を告げるチャイムが校内に鳴り響く。
廊下は一気に生徒で賑わい始めた。
「久世先生!おはようございます!」
「ああ、おはよう。」
媚びを売るような高い声音で挨拶する女子生徒達にも、笑顔もなしにクールで返す。
挨拶を返してくれた巳月に、満足そうにキャーキャー騒ぐ女子生徒達。
巳月はそれに目もくれず廊下を進んでいった。
今日も女子生徒達の視線が巳月に集まっている。無理もない。
誰もが憧れる頭脳と美貌を持っている巳月に、魅力を感じない女子は少ないだろう。
だが巳月は熱い生徒達の視線には全く気も配らないようだ。
巳月にとってはどうでもいいことで、それよりも頭には別のことが浮かんでいた。
(あいつまたサボりやがって……。)
心の中で呟いて、呆れるように溜め息をこぼす。
あいつ、とは、千影の事だった。
昨日珍しく学校に来ていたかと思えば、早速また今日サボっている。
一時間目は授業がない巳月は、一度職員室へ戻ってから千影を探しに行こうと思っていた。
なんとか今日もちゃんと授業に出させたいと思っている。
一階の職員室へ向かうため、階段を下りているその時だった。
踊り場から飛び出してきた金髪の女子生徒とぶつかってしまい、転びそうになったその生徒の体を慌てて支えた。
「っと。大丈夫か?校内は走るな。」
声をかけるとその女子生徒は顔を上げた。
巳月は、その人物が誰だかすぐに分かった。
「早瀬千歳…。」
千影の一個下の妹、早瀬千歳だった。千影と顔がよく似ているし、この学校で彼女を知らない者は誰一人としていない。
整った顔には真新しい傷かいくつも目立っていて、心なしかその顔が赤らんでいるようにも見えた。
千歳は支えてくれていた巳月の手を振り払った。
「わ、悪い…っ」
「あ、お、おい。」
そう呟いてまた再び千歳は階段を駆け上っていった。
巳月はそれに首を傾げ再び歩みを進める。
二階の二年の棟につき階段をまた下りようとしたところで、名簿を手にした聖とばったり会った。
「あ、久世先生。おはようございます。」
「お、おう…。」
聖の爽やかな王子スマイルに巳月は顔を引きつらせた。
聖は苦手だ。
聖の腹黒い本性ももちろん知っているし、聖のようななんでもお見通しというような雰囲気が苦手だった。
「あはは、あからさまに嫌な顔しないでくださいよ。」
「べ、別にそんなこと…。って、なんでお前が2Aの名簿持ってんだ?」
「ああ、これですか?柊先生の代わりに、俺がHRやってきたんですよ。」
「柊先生、朝はいたよな?どうかしたのか?」
「まぁ、大人の事情ってやつですかね。」
「はぁ…?」
にやりと笑う聖に首を傾げる。
本当に、柊と須藤はいつになっても理解出来る気がしない。
そう心の中で巳月は聖の笑顔に溜め息をついた。
「あ。そうだ。久世先生、悪いんですが、俺印刷室に用あるんで、名簿柊先生に返しておいてくれませんか?」
「印刷室?」
「今日中に印刷しなければならない書類があるので。それじゃ、失礼します。」
名簿を渡しクリアファイルに入った書類を巳月にちらつかせると、聖は笑顔でその場を去った。
(話すだけで疲れるな…。)
朝から溜め息しかついていないような気がする。巳月は聖から受け取った2-Aの名簿も持って職員室へ向かい、仕事を一通り整理してから千影を探しにいった。
授業をサボれる場所と言ったら屋上も有り得るが、千影はあまり屋上を利用しないのを巳月は知っていた。
他に有り得る場所は、空き教室や保健室。
一通り千影がいそうな教室を探してみたが、見つからない。
最後は聖がいる保健室だ。
聖と千影は仲がいいし、可能性は十分にある。
一階へと向かい、ノックをしてから保健室に入った。
「須藤、いるか?」
声をかけるが返事はない。まだ戻ってきていないようだ。
ドアを閉めて、保健室へと足を踏み入れる。
「早瀬、いるか?久世だ。」
言いながら、ベッド周りを囲っていたカーテンをゆっくり開けた。
「はや…。」
巳月は思わず固まってしまった。
静かに寝息をたて無防備に寝顔をさらしている千影がそこにいた。
その光景に巳月は思わず顔を赤らめた。
(び、びっくりした…て、ていうか、寝顔…っ)
寝ている顔も綺麗というのはずるいものだ。
巳月は保健室に他に人がいないのを確認すると、カーテンを閉めベッドに近づいた。
「…千影、起きろ。おい。」
声をかけながら千影の肩を揺する。だが、少し身じろぎしただけでまた動かなくなった。
「…ハァ。ったく、しょうがないな…。」
腰に手を置いてまた溜め息をついた。
「相変わらずよく寝るなこいつは…。」
―――千影と巳月は、つきあって一年近く経つ恋人同士。
千影が二年の時からつきあっていて、男同士でしかも教師と生徒という関係でも、お互い真剣につきあっているのだ。
世間で許されない関係なのは、承知の上。もちろん周りにはこの関係は絶対に内緒である。
千歳でさえ知らない事実だ。
また肩を揺するが、今度は動きもしない。
「起きろって。千影?」
「……。」
(…そういや…学校で二人きりって…随分久しぶりだな…。)
ふと、そんなことを思った。少し考えたあと、ベッド脇に置いてあったイスを自分の元に引き寄せ、腰を下ろした。
(もう少しだけ見ててもいいよな…。)
自分にそう言い聞かせ、ベッドに頬杖をついて千影の寝顔をじっと見つめた。
いつもは7つも年下の恋人が、自分より大人びてい見えるが、こんな無防備な寝顔を見ているとまだまだ子供だなと実感する。
巳月は別に男が好きなわけではないが、どうしてこんなにも同性の千影が愛おしく思えるのか。
しかも校内、いや、地元で一番の問題児、《伝説の不良》と呼ばれるあの早瀬千影だ。
ときどき自分でも不思議に思う。
だが、自分が千影に対する気持ちは偽りもなく本気だ。
千影もそうであったらいいな、と、巳月は寝顔を見ながらそう思った。
「…んー……。」
(あ…起きたか…?)
「……き…。」
「ん?き?」
千影がなにかを呟いたのを聞いて、巳月は耳を寄せる。
すると、ベッドに置いてあった巳月の手を、大きな骨っぽい千影の手がぎゅっと握ってきた。
「しづき……。」
「………。」
巳月は目を見開いて固まってしまった。
千影は巳月の手を握ったまま、また寝息を立て始めた。
(ね、寝言……?)
顔に熱が集まってくるのが分かる。握られた手が段々と汗ばんできた。
(な、なんだ今の…っ///寝言…だよな…?て、てか、この手、手…っ!!)
なんて心の中で取り乱し、握られた手をどうしようか戸惑ってしまう。
「ん……。」
「……ったく…こういうとこまだガキなんだからこいつ…。」
なんて、寝息をたて安らかに眠る千影に苦笑しながら溜め息をつく巳月。
「仕方ねえからサボらしてやるよ。」
また自分は千影には甘いなと実感し、握られた手をぎゅっと握り返す。
千影が、穏やかな表情をしたのか見て分かった。
「ちっがぁぁぁぁぁぁうっっっ!!!」
大きく息を吸い、掴んだ手すりから体を乗り出し全身全霊で叫んだ。
やはり自分は思考回路がワンパターンなのか、やってきたのはいつもの屋上。
足が勝手にここへと動いていたのだ。
千歳はまだ、顔の火照りを抑えることが出来なかった。
(違う!!違うから!!あいつだからドキドキしたとかそんなんじゃないから!!!)
誰に言い訳してるのか、心の中で必死に言い聞かせている。
胸元を掴んだ手は小さく震えている。
『大事だと思う子は、護ってやりたいって誰だって思うだろ。』
「っ…!!」
胸が締め付けられるように苦しくなって、千歳はきゅっと目を閉じる。
「なんなんだよこれ…っ」
初めて味わう感情に、千歳はわけも分からず混乱する。
男にこんな感情を抱くのは、圭一が初めて。
なにもかも、圭一が初めて。
『俺が、千歳ちゃんの初めての男になってやろうか?』
「チッ……。」
圭一の思い通りに遊ばれていると思うと悔しくなって、千歳は小さく舌打ちをした。
「大っ嫌いだ……。」
説得力のないような赤い顔で憎たらしそうに呟き、千歳はしゃがみこんだ。
「凪沙さん!!人数集めました!!」
「おー、早かったね。」
東雲の溜まり場とする廃墟。
汚れた座椅子に煙草を咥え腰を下ろしていた凪沙は、笑顔でぞろぞろと入ってきた男達を笑顔で迎えた。
「わざわざごめんね、他校のみなさん。」
「…早瀬兄妹を潰すって本当か?」
鉄パイプを手にした男が恨めしそうにそう凪沙に問いかけた。
「うん。みんなが手伝ってくれれば、あの兄妹を潰す権利なんていくらでもくれてやるよ。」
「なら、俺達はあんたについていくぜ。」
「わ、頼もしい。」
凪沙は煙草を足で揉み消してにこりと笑ってみせた。
だが、そのまるで無邪気な笑顔は凪沙から消え去り、代わりに凍りつくような冷たい笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃあまず、妹の―――千歳ちゃん、ボコボコにして連れてきて?」
次回、ドSな保健医聖先生VS巳月先生の絡みあります(笑)