第4話
今回もBL要素はなしです。
「ふあ…っ」
(ねみ……。)
大きな欠伸をしてから、腕を上に伸ばす。
だがその時に、背中がずきりと激しく痛んだ。
「い、ってぇ…ッ」
痛みに顔を歪め、堪えるように歯を食い縛る。
昨日から痛みが引くことはなかった。面倒なことは嫌いなので、手当てもなんにもしないで放置したままだったのがいけなかったのか、痛みはだんだん酷くなっていってるような気がする。
そのせいでゆっくり眠れなかったおかげで、珍しく朝からの登校というわけだ。
滅多に朝から校内を歩いていることがない千歳の姿に、周りの生徒は驚き怯え千歳が進むたびに廊下に道を空けていく。
千歳は痛みが少し治まると、大きく息をついた。
「厄介だな……。」
こんなに痛くてはなにも出来ない。こうやって立っているだけでも本当は辛いというのに。
(千影に心配かけたくないし…痛みが引かないようなら病院にいけばいいか。)
自分の事にはまるで適当な千歳は、そういう考えで済ましてしまった。
それにはっきり言って、千歳が一番気になっているのは自分の背中の痛みではなく、昨日の出来事。
千影と、辻凪沙のあのやり取り。
『てめえあの話千歳にまで持ち込んでんじゃねえぞ。』
『…千影くんがどんなに言っても聞いてくれないからでしょ。』
『しつけえな。てめえらの仲間になんか死んでもなりたくねえよ。』
(…どういう意味だ…?)
結局、あの後どんなに問いただしても、千影が教えてくれることはなかった。
誤魔化されたりしただけで、凪沙との間でなにが起きてるのか全く説明してはくれなかった。
千影が教えたくないというのなら、もう無理に聞きはしないが、やはり気になる。
凪沙に直接聞く、という手も考えたが。
『-――またね、千歳ちゃん。』
―――あの瞳を思い出すだけで、鳥肌がたつ。
あんなにも恐ろしい瞳をする男がいるのか。
出来ればもう関わりたくない、と思っている。
(……考えすぎ、か…。)
自分の考えに溜め息をつき、頭を掻いた。
時計を見ると、もうあと数分でチャイムが鳴る時間だ。
寝不足のせいで非常に眠たいが、聖のいる保健室へはなるべく行きたくないものだ。ゆっくり眠れやしない。
となれば、ここはやはりいつもの屋上しかないだろう。
せっかく朝から登校したというのに、少しでも授業に出ようという考えがない千歳は、屋上へと足を進めた。
だが、その時だった。
ドンッ―――
「…ッ…!!?」
背中にいきなり強い衝撃が走った。
声も出ない痛みに、一瞬息が出来なくなる。
普段なら絶対それくらいじゃ吹っ飛ばされないが、簡単に床に崩れ落ちてしまった。
「う、わ…!!ごっ、ごめんなさい!!ち、遅刻しそうだったので…!!」
どうやら、遅刻しそうになり慌てて廊下を走っていたところを、勢いあまって千歳にぶつかってしまったらしい。
ぶつかった相手が千歳だと気づいた男子生徒は、青ざめ慌てて頭を下げ謝る。
だがそれを気にかけることも出来ないくらいに、千歳は激しい痛みに襲われていた。
堪えようのない痛みに気が遠くなりかける。
「…あ、あの…大丈夫ですか…?」
反応もなく、震えながらうずくまっている千歳を心配に思ったのか、男子生徒は腰を屈め千歳に問いかける。
(動けない…!!)
「おーい、なにしてんだそこの二人ー。」
「!!」
首だけを後ろに向けると、クラス名簿を手にした圭一がそこに立っていた。
千歳は最悪な状況に最悪な人物に会ってしまったと舌打ちをする。
「コラ千歳ちゃん、一般の生徒に絡んじゃだめだろ?」
「い、いえ、違うんです。俺がぶつかっちゃったんですけど…なんか、ずっとうずくまっていて…。」
「え……千歳ちゃん?」
男子生徒の不安そうな言葉に、圭一は眉を寄せ腰を屈めて千歳の顔を覗き込み、肩に触れようと手を伸ばす。
「ッ…!!」
それに気づいて慌てた千歳は、出来る限りの力でその手を乱暴に振り払った。
「触るな!!」
「……。」
切羽詰ったような声。圭一を睨んだ千歳の顔は、決して優れてるとはいえなかった。
「…おい、どうした?具合悪いのか?」
「っせぇな…!!早くどっか行け!!」
立ち上がろうと足に力を入れ体を起こすが、激痛は全く治まってはくれなくて。
「っつう…!!」
悲痛な声をあげ、また再び肩を手で押さえうずくまった。
「千歳ちゃ…!!?」
やはり様子がおかしい千歳に本格的に焦り始めた圭一は、慌てて千歳の両肩を支える。
「どうした?どこか痛いのか?」
「っ…せ、なか……っ」
「背中?」
「背中が……いっ、てぇ…!!」
搾り出すようなその言葉を聞いた圭一は、その男子生徒に目を向ける。
「お前は早く教室行け。あとは俺に任せろ。」
「は、はい…。」
男子生徒は小さく頷き、小走りでその場を去った。
「立てるか?俺の腕掴め。」
「ッ…!!いい…!!あんたの手なんか借りたくねえ…!!」
「……。」
圭一の手を振り払おうと手をあげるが、その手首は容易く掴まれてしまった。
「なっ…!?」
そして千歳の前に移動したかと思うと、すごい力で腕を自分の首にまわさせ、名簿と千歳の鞄を手に千歳の膝裏に腕をまわして立ち上がった。
「ばっ…!!な、なにするんだよ…!?」
「なにって、歩けなさそうだからおんぶ。」
「はぁ…!?」
「保健室行くに決まってんだろ。」
「ぅわっ、ちょ、待っ…!?」
圭一は軽々しく廊下を駆けて行った。幸い今はHR中でこの光景を見ている者は一人もいない。
いつもなら抵抗するところだが、今はそれどころじゃない。
そして、あっという間にしないまま聖がいる保健室に着いた。
「須藤先生。」
「?…ああ、柊先生。」
ドアを開けるのと同時に聞こえた圭一の声に、奥からひょこっと顔を出した聖。
「…千歳さん?どうかしました?」
千歳と圭一、という珍しい組み合わせに目を丸くする。
圭一は千歳をイスにゆっくり座らせた。
そして、圭一は千歳に向かって指を差した。
「上の服脱げ。」
「…は!?」
圭一の真面目な顔に本気で動揺する。予想外だったその言葉に思わず顔を赤らめた。
千歳は無意識に両手で胸を隠すように自分の体を抱えた。
「な、なに言ってんだこのセクハラ教師!!う、訴えるぞ!?」
「いいから脱げ。」
「ぜっっっったいに嫌だ!!!」
「はい、須藤先生。」
「は~い。」
「ぎゃああああああ!!!」
圭一の言葉に聖は千歳の両手を掴んで上に上げさせた。
それと同時に背後にまわった圭一にYシャツをがばりと捲くられた。
肌が外の空気に触れてすうっと冷たくなる。
下着が見えそうで見えない、そんな羞恥に千歳は耐えられなかった。
「…な、んだよ…これ…。」
圭一は思わずそう呟いて眉を寄せた。
ぼこりと不自然に腫れ、青黒く痛々しい色に変色していた。
そして、それ以外にも体に残った真新しい複数の痣。
聖から見える前側も痛々しい痣は目立っていた。
千歳の腕を放し、聖も背後にまわってその背中の傷を診る。
「…これは…。」
「もういいだろ!!」
腕を解放されたので、慌てて捲られたYシャツを下げる。
「これは酷いですね…。骨に異常があるかもしれません。」
「お前、それどうした?」
「関係ない!!」
千歳はふいと顔を背けそうピシャリと言い放つ。
それに気を悪くした圭一は、千歳の顎を掴んで無理矢理自分の方へと向かせた。
「っ…!!なにすんだよ!!」
「その顔も、なんだ?」
口元に貼られた絆創膏からはみ出て見える、赤く腫れた切り傷。目元は青黒く変色していた。
「腕や足にも傷あるよな?背中やったのと同じ奴か?」
「っ…誰が言うかよ。」
あくまで言おうとしない千歳に頭にきた圭一は、舌打ちをして怒鳴った。
「言え!!!」
「っ!!」
圭一の怒声にびくりと肩を竦める。
見たことがないくらいに真剣で、鋭い眼差しをしている圭一に戸惑いをみせる千歳。
「…あ…わ、悪い…大きな声出して…。」
圭一はハッとなり、パッと手を離して眉を下げて謝った。
そして、しゃがんで座っている千歳に視線を合わせた。
そして、骨っぽい男らしい大きな手が千歳の髪を撫でた。
「悪い、言い方が悪かったな。けど、ちゃんと正直に言ってくれ。」
「……。」
いつもならこの髪を撫でる手も振り払うだろうが、今はそれが出来なかった。
本気で自分を心配していると、なぜだか髪を撫でる指先と真っ直ぐな瞳から痛い程伝わってきたから。
千歳は少し黙って、視線を下に向けたまま小さく口を開いた。
「…東雲が、昨日あたしのところにきて…ちょっと、喧嘩になった。」
「東雲……てことは、相手全員男か?」
「ああ。武器持ってたから手こずったけど、千影が助けに来てくれたから。」
「その背中は、なににやられたんですか?」
いつになく真剣な聖にも問われ、思わず戸惑ってしまった。
「て、鉄、パイプ……。」
「…はぁ…。」
圭一と聖が同時に大きく溜め息をついた。二人の反応に千歳は一人困って首を傾げる。
「え?な、なんだよ…。」
「本当に無防備にも程がありますね。」
「全くだ。」
「む、無防備って…。」
(そんなにあたしって隙あるのか…?)
「すみません須藤先生、HR放置しちゃってるんで、代わりに行ってきてくれませんか?」
「…へ?」
圭一の言葉に首を傾げていた千歳は、間抜けな声を出して顔を上げた。
圭一がクラスの名簿を、聖に差し出している。
「ええ、構いませんよ。じゃあ千歳さんの手当ては柊先生にお願いますね。」
「はい。ありがとうございます。」
「え、ちょ…?」
千歳そっちのけで二人だけで話が進んでいる。
圭一から名簿を受け取った聖は、千歳に軽く手を振って戸を開けた。
「それじゃ千歳さん、お大事に。」
「ちょ、須藤…!?」
本当に行ってしまうのかと焦って千歳はイスから腰を浮かせた。
だが、聖はそれを無視してさっさと保健室から出て行った。
密室に圭一と二人っきり、という状況に千歳は焦りに冷や汗を流す。
(じ、冗談じゃない…!!)
先日、抱き締められたり《初めての男》宣言をされてしまったのだ。
それをからかってやってきたのだから千歳には尚更耐えられない。
男に慣れていない千歳にはそんな冗談の行動だけで心臓がもたないのだ。
こんな状況、またどんなふうにからかわれるのか。
(最悪だ…。)
「ちゃんと冷やしたのか?」
「え?」
悶々と一人で考え込んでいた千歳の耳に、柔らかく優しい声音が響く。
「背中、冷やしたのか?」
「あ…い、いや…。」
「じゃあ痛いはずだろ。本当に骨に異常あったらどうすんだよ。」
「…悪い…。」
一応そう口にする。しゅんとした千歳を見て、圭一はふっと表情を緩めた。
「手当てしてやっから座れよ。」
「…どうも…。」
棚を探り始めた圭一の背中にそう呟き、千歳は再びイスに腰をおろした。
(…なんか優しい…?)
慣れない圭一の態度に千歳は戸惑いを隠せなかった。
いつもはあんなに自分勝手で、人の話を聞かない小悪魔みたいな性格をしているのに。
今日は話すトーンも優しく穏やかで、表情もいつもと違う。
(なんか照れる…。)
「おい。」
「へっ?」
変な感覚にどうしていいか分からず髪を耳にかけていると、いきなり頭上から圭一に声をかけられた。
包帯と、塗り薬のようなビンと湿布を手にしている。
「やるぞ。」
「お、おお…。」
「……。」
「…?なんだよ、やるなら早くやれよ。」
「…手当てするのどこだと思ってんだよ。背中だよ背中。服脱げよ。」
「…ッ…///!!?」
真顔の圭一の言葉に千歳は唖然として、顔を真っ赤に染めて口をパクパクと開け閉めさせた。
もつれる足取りでイスから立ち上がり、後ずさる。
「なにそんなに慌ててんだよ。どこやると思ってたんだよ。」
「むっ…無理!!無理だから絶対!!自分でやるから出て行けよあんた!!」
「嘘つけ。絶対やんねえだろ。いいから服あげろよ。」
「やるから!!本当にちゃんとやるから!!」
壁に追い込まれた千歳に詰め寄る圭一に、本気で焦りを見せる。
「背中なんて一人でやれるかよ。いいから早く座れ。」
(こ、この状況はまずいんじゃ…!)
壁に背を預けた千歳の顔の横に、圭一の手が置かれた。
「なに?それとも脱がしてほしいわけ?」
「―――ッ!!」
悪戯っぽい笑みを含ませて圭一が言えば、千歳の中のなにかが切れたようにぷつんと音がする。
次の瞬間には圭一が吹っ飛んでいた。
「いってェェェェ!!なっにすんだこの小娘!!」
「なにすんだじゃねえだろセクハラ教師!!本当に訴えるぞ!!」
千歳の右ストレートがクリーンヒットしたようだ。
圭一は殴られた方の頬を押さえている。
かなり痛いらしく、赤く腫れていた。
「大体なぁ!!なんもしねえよ今日は!!手当てしたいだけだって!!」
「今《今日は》って言っただろあんた!!そんな男の言うことなんて危なくて聞けるか!!」
圭一に思い切り怒鳴った後、千歳は保健室を出て行こうと戸へと向かった。
そんな千歳に圭一は焦って引き止めようとする。
「ごめんごめん!!冗談!!冗談だから!!」
「だーっうっせえな!!なんでそこまで手当てしたいんだよあんた!!」
「心配だからに決まってんだろうが!!」
「……え?」
圭一の口から出てきた言葉とは思えないような言葉に、千歳は思わず聞き返した。
圭一はハッとなり口を紡ぐ。
「…心配、って…。」
「と、とにかく!!早く座れ!!」
「う、わっ…!?」
強い力で腕を引っ張られ、またイスに戻されてしまった。
「よし、分かった。なんにもしない。絶対なんにもしないから。」
「…信じられない。」
「お前だって背中痛いままじゃ嫌だろ?」
「…そりゃそうだけど…。」
千歳はごにょごにょと言葉を濁す。
(…ま、さっさと終わらせばいいこと…だよな。そして早くここから逃げよう。)
心の中でそう自分に言い聞かせ納得し、いよいよ決心した千歳は圭一に向かって背を向けた。
「…千歳ちゃん?」
「変なことした瞬間に殺すからな。さっさと済ませろ。」
千歳は平静を装い、震えを堪えながらYシャツのボタンをひとつひとつ外し始めた。
(これは手当て、これは手当て、これは手当て…。)
何度も心の中で繰り返し、全部ボタンを外し終わったYシャツを背中の傷のところまでずらした。
Yシャツが全部落ちてしまわないように、震える手で強く握り締める。
「は…早くしろよ。」
「…ああ。」
圭一が近づいてくる気配に鼓動が早くなった。
背筋は外気に触れて一瞬冷たくなったが、すぐに羞恥に体が熱くなり朱が昇る。
こんなにも恥ずかしい思いをしたのは初めてかもしれない。
「薬、塗るぞ。」
圭一はそう告げてから、適量に薬を取って千歳の背中に塗り始めた。
「っ…。」
(う、わ…なんか…変な感じ…。)
圭一の硬い手の感触に顔が熱くなってくる。慣れない大の大人の男の手に、戸惑いを隠せなかった。
薬が塗り終わった後、手際よく傷にガーゼが貼られる。
すると、圭一の手が千歳の服の下までにきてきたのを確認すると、千歳は思い切り慌てながらその手を掴んだ。
「ちょ…!!な、なにしてんだよ!!」
「なにって、包帯巻くんだから当たり前だろ。」
「そ、それくらい自分でやるっつの!!」
千歳は圭一から包帯を奪うように取り、Yシャツを着直してベッドのカーテンを閉めた。
「ちぇ~。」
「なんか言ったか。」
「…いえ、なにも。」
圭一の少し残念そうな声を聞いて、千歳は落ち着くために息を大きく吐いた。
(こいつといると調子狂う……。)
手早く済ませてしまおうと、千歳は脱ぎ去ったYシャツをベッドの上に放り投げ、包帯を傷に被せるように巻き始めた。
カーテンの向こうで、圭一がイスに腰掛ける音がする。
「……なぁ、」
「なんだよ。」
「…お前ってさ、よく怪我とかすんのか?」
「…別に。大体、これくらいの怪我でいちいち騒ぐなよな。」
「なんで逃げなかった。」
「逃げるなんてだっせえことやるくらいならボコボコにされたほうがマシだ。」
「…お前さ、自分が《女》だってこと分かってるか?」
「は?」
「いくらお前が強くても、男が束になってその気になったら勝ち目ねえんだぞ。」
千歳は包帯を巻き終わり、シャツに腕を通してボタンを留めながらバカにしたように鼻で笑った。
「なんだよ。もう喧嘩はするなとか珍しく教師らしいこと言うつもりなのか?」
「……。」
「生憎だが、あたしはあんたの言うことを聞く気なんて更々…。」
《ない》と言葉を繋げようとしたところで、急にベッドを囲っていたカーテンが勢いよく開かれた。
何事かと振り向く前に、背中に温かい体温が触れ、逞しい腕が体にまわされた。
「っ…!?」
その体温と腕が圭一のものだと気づいた瞬間、体の芯が沸騰するように熱くなってきた。
圭一独特の甘い煙草の香りが鼻先を掠める。
圭一は千歳の耳に唇を寄せ、低い声で囁いた。
「《教師》として言ってるんじゃねえよ。《一人の男》として、だ。」
ぞくりと背筋に鳥肌がたつ。圭一が囁く甘い声は、千歳の心臓を大きく動かした。
いつものように平静を装う暇もなく、いきなりの状況に千歳は口をパクパクと開け閉めさせている。
「は、はな、せ…。」
「…お前が傷ついたりするのは俺が嫌だ。教師の身分とか関係なく、《俺》が。」
「な、なに言って…?い、いいから早く離せよ…っ」
まわされた腕を解こうと引っ張るが、まるでビクともしない。
しかも、余計に腕に力が籠もってしまい抜け出すのが困難になってしまった。
速く脈打つ自分の心臓の音が、耳元で聞こえていた。
背中からも、圭一のものなのか速い鼓動が聞こえる気がする。
「や、やめろっ…からかうのもいい加減にしろよ…っ!」
「からかってなんかない。…大事だと思う子は、護ってやりたいって誰だって思うだろ。」
「っ…!!」
鼓膜に響いた圭一の声が、千歳の全身に響き渡るように浸透していった。
「な、なに言って…。」
「千歳。」
「っ!」
とうとう耐え切れなくなった千歳は、目をぎゅっと閉じて力いっぱいに背後の圭一を突き飛ばした。
ずり落ちたシャツを両手で掴んで振り返れば、困ったような切ない表情をしている圭一が目の前にいて、千歳は動揺を隠せない。
「ッ……意味、わかんねえんだよ…!!」
なんとか震える声でそう言葉を紡いで、まだボタンが留まっていないシャツの胸元を掴み、圭一の横を
すり抜け出口まで駆けた。
ガラッ―――
「聖~、昼まで寝させて~。」
「!」
千歳がドアに手をかけようとした丁度いいタイミングで、千影が聖の名前を呼びながら保健室のドアを開けた。
千影は、千歳の乱れた服を見て首を傾げる。
「どうした千歳?」
「~っ…なんでもない…っ!」
「あ、おい。」
真っ赤な顔で自分の体を押しのけ保健室から去っていった千歳に、千影は再び首を傾げた。
千影は保健室の奥を覗き込み、ベッドに座る圭一を見つける。
「お、圭。なんだよ、とうとう千歳犯したか?」
「…アホか。そんなわけねえだろ。」
からかってきた千影を少し睨みつけ、圭一はそのまま体をベッドに預けた。
天井を見つめ、大きく溜め息をつく。
「なにやってんだか、俺は…。」
圭一の苦笑混じりの呟きは、千影の耳には届かず天井へ消えた。
次回は軽いBL要素あります。