第8話 初講義
僕達の為に用意されたという講堂。
前に行くほど低くなっていき黒板や教壇が見易くなっているその作りは、大人数を収容出来る大学の教室と同じ様な作りだった。
僕達は42名しか居ないので席は余っているのだが、その分各々が好きな席を利用出来るため、いつもの5人+羽根田先生という形で固まって座っている。
ちなみに食事を摂った食堂ではビュフェ形式を採用しており、見たこともない料理から馴染み深い日本料理まで幅広く取り揃えられていた。
どうやらかつて召喚された勇者達も皆日本人だったらしく、彼らからもたらされた文化が今も尚色濃く受け継がれている様だった。
先程までバーンズさんも一緒に食事をとっていたのだが、講堂までの案内が済んだ段階で居なくなってしまい、これから行われる講義ではまた別の人が担当になるそうだ。
移動中に聞いた話ではバーンズさんは主に【武】の担当との事で、僕達の戦闘訓練やレベル上げの責任者という立場らしい。そしてこれから講義を担当する人が【知】の責任者になるとの事。
僕達が席に座り今後の事について話をしていると、しばらくして講堂の扉が開き、ネガネをかけた長身の女性が入ってきた。
「...皆さんお待たせいたしました。そしてようこそバルディラ王国へ。座学を担当します【勇戦魔法師団】の師団長、ネイグロ=ハイデリアです。」
細身でスラッとしたモデル体型。
長い黒髪を後ろに流し、頭には「これぞ魔法使い」という帽子を被っている。
年齢はバーンズさんと同じくらいだろうか。
なんとなく性格のキツそうな雰囲気を醸し出している。
「本格的な座学は明日からですが、本日は皆さんにステータスについての基礎知識と、王城で過ごす上での注意点などをお話します。これからお配りする鞄に筆記用具とノートが入っていますのでメモを取りながらお聞きください。」
ハイデリアの部下と見られる者たちから肩掛け紐の付いた鞄がそれぞれに配られ、皆がノートとペンを取り出すのを確認した後、彼女は話を続けた。
「まずはご自身のステータスをノートに書き写し、必要であればそちらを確認しながら講義を聞いてください。...講義中にステータスオープンなどされますと、私も周りの方も集中出来なくなってしまいますからね。」
ごもっともだ。
そこかしこから「ステータスオープン」の言葉が聞こえ、僕も自分のステータスを呼び出した。
名前:御厨 理久
職業:商人
スキル:保管庫 鑑定
魔法適性:無し
武器適性:無し
レベル:1
攻撃:50
防御:50
体力:80
敏捷:50
魔力:0
...うん。
改めて見ても勇者のステータスでは無いな。
右隣に座る有栖川のステータスと見比べ、文章量が少なくてメモが楽だな、などと現実逃避しながらノートに書き写した。
ちなみにステータスを閉じる時はその旨を頭に思い浮かべるだけで閉じる事が出来る。
なら開く時も無言で開けるようにしてくれ、などと思っていると...
「書き写せたようですね。ちなみに【技】や【魔法】と同じで慣れれば心の中で唱えるだけでステータスを開く事が出来る様になります。技や魔法の場合は意志の強さで効力が変わる事もありますので敢えて口に出す場合が多いですが。」
なるほど。
確かに口に出さないと使えないのであれば、声が出せない人はステータスを見る事も魔法を発動する事も出来なくなってしまう。
技に関してはまだ分からないが...。
中々にお優しい仕様だ。
「では早速ですが講義を始めます。ステータスの上から順にお話しますので聞き漏らさぬようお願いします。」
ハイデリアは抑揚の無い声で朗々と説明していく。
皆も昨日まで学生の身分だったからか、自然な態度で終始大人しく講義を聞いていた。
以下は講義を元にまとめたノートの内容だ。
・職業
他のステータスに影響し、同じ職業であっても個人差がある。魔法適性は特にその差が顕著。
職業のランク付けは基本的に対魔物戦での戦力を基準として行われる為、非戦闘職はその殆どがDランクに分類される。
異世界勇者はほぼ例外無く戦闘職になるらしく、D以下はほぼ現れないらしい。(今回は僕、礼護、吾武の3人がD以下だった)
・スキル
【剣技】【槍技】などの技能系スキルはその技能の習熟を補助する作用があるだけでなく、スキル特有の【技】を習得する為にも必要となる。
【鉄壁】や【毒耐性】の様な受動系スキルは本人の意思に関わらず発動する。
【アイテムボックス】などの特殊系スキルは主に異世界からの転移者に現れ、絶対数の少なさからその研究はあまり進んでいない。
スキルには【熟練度】というものがあり、これを上げることでスキルに連なる特殊技能を使用できる様になる。その連なりを【スキルツリー】と呼ぶ。技能系スキルによる【技】もこのスキルツリーによって習得出来るものである。
またスキルツリーが無いスキルも一部存在する。
・魔法適性
技能系スキルと同様にこの適性があると魔法の習熟が容易になる。逆に言うと適性のない魔法は殆ど身に付かず、習得出来ても初級魔法が精々である。
異世界勇者は職業に適した魔法適性を得る事が多く、その点でもこの世界の人々より高い戦闘力を得やすいと言われている。
・武器適性
魔法適性や技能系スキルと同じで、その武器を扱い易くなる。
【魔法】や【技】の様な能力は発現しない。
大抵の場合、職業と相性の良い武器が武器適性として現れる。
・レベル
魔物を倒すことによって得られる【経験値】が必要量を超えるとレベルが上がる。高いレベルになるほど必要な経験値量は増加するため、より経験値量の多い魔物を討伐するか、討伐数を増やす必要がある。
・能力値
身体能力、魔力などの補正値。
自身の有する能力を補正するものであるため、加護や祝福などと呼ばれる事もある。
戦闘職における初期レベルでの平均は、各能力値に付き100前後。
1レベル上がる毎に平均10前後上昇する。上昇値は主に職業によって違い、この上がり幅の大小もランク付けに影響している。
とまぁこんなところか。
ハイデリアの講義は非常に分かりやすく、知識の無い僕でもすんなりと理解出来るものだった。
彼女が言うには今日の講義はあくまでステータス全体の触りを理解するためのものである為、今後ゆっくりとその理解を深めていけば良いとの事。
何せ訓練期間は1年あるのだ。
自習や座学を通じてそれぞれの項目を深堀りしていく時間はあるということだろう。
そして王女の言っていた「聖女についての話」というのは結局ハイデリアから語られる事は無かった。
とあるクラスメイト(恐らく有栖川に好意を持っている男子生徒)からそれについて質問が挙がったが、ハイデリアは「図書館等を利用しご自分でお調べください」とだけ返し、説明はしなかった。
バーンズさんの時も思ったが、もしかしたら彼らも一枚岩という訳では無いのかもしれない。
そんなこんなで講義は途中で小休憩を挟みつつ進み、約2時間程で終了となった。
「最後に一点、注意事項をお伝えします。皆さんは本日鑑定を受け、今まで持ちえなかった【力】を得ました。ですが力とは本来、ゆっくりとその身に馴染ませ、身に付けていくものです。故に、力に溺れ...また力を過信し、他者を傷付けたり建物を破壊したりといった蛮行を行わないようご注意ください。」
その通りだと思った。
部屋に戻って早々に火魔法を試し、寮棟を全焼させてしまいました...などという事象は起こり得る事だし、起こしてはならない事だ。
...まぁ僕の場合はそもそも魔法の適性はおろか攻性スキルも持ち合わせていないので心配無用なのだが。
その後僕達は解散となり、自由時間が与えられた。
今の時刻は15時。
夕食は19時からなので、約4時間程の自由時間だ。
明日は座学と訓練、明後日にはレベル上げを行うそうなので、この後の時間はその予習や自身のステータスの把握などに当てて欲しいとの事。
「この後どうするよ?」
近くの席に座る佐俣が話を切り出す。
「予習っつっても何すりゃ良いか分かんねぇし、とりまステータスのチェックでもしとくか?」
「かな〜?ちょっとお勉強しときたいよね?」
「せ、先生も混ぜて貰いたいです!」
「もちろんです!私も羽根田先生とお話したいです!」
自然と皆で一緒にやる事になった。
「...理久もそれでいいか?」
「あー、うん。いいんだけど、ちょっと僕寄りたい所あるんだよね。」
「寄りたい所?」
「うん。だから皆先に行ってて。すぐ合流するから。」
礼護の問いかけにそう答える。
「じゃあみっくんの部屋で集合ってことで!」
「何で僕の部屋?...まぁいいけど。」
この後の流れが決まったので僕達は揃って講堂を出る。
佐俣に部屋の鍵を預け、僕だけ寄り道をしてから合流する事になった。
進まない...