第7話 騎士団長
「す...素晴らしいですわ!アリスガワ様!!」
有栖川の鑑定結果を見て呆然としていた僕達。
それは王女も同様だったが、いち早く我に返った彼女は僕達を押し退け、有栖川の手を力強く握った。
「【勇者】と【聖女】が一度に現れるなんてまさに奇跡としか言いようがありません!かの【聖戦物語】の再現の様ではありませんか!!」
「え?えっ!?」
王女の気迫に有栖川はされるがままになっている。
戸惑う有栖川を見て僕はようやく我に帰り動き出す事が出来た。
「王女様。とりあえず離してあげてくれませんか?」
「御厨くん...」
「あ、あら私とした事が...。はしたなかったですわね。」
【ハズレ】である僕に声をかけられ、王女は少し正気を取り戻した様だ。
おずおずと有栖川の手を離し、2歩3歩と距離を取る。
クラスメイト達も現実を受け入れ始めたのか、有栖川のステータスを指差しながら「ちょっとアレ凄くね?」などとコソコソ話している。
そんな様子を眺めていると、逢戸の顔に目が止まった。
「...っ。」
なんだあの表情は?
彼は今まで見せたことが無い表情で有栖川の方を凝視していた。
僕にはそれが、とても恐ろしいものに見えたのだった。
「アリスガワ様の職業【聖女】についてはこの後の講義で改めて聞いて頂きますね。本当に素晴らしい逸話が沢山ありますのよ?」
僕達の鑑定が一通り終わり、この場は一旦お開きとなる様だ。
王女によるとこの後は、ステータスについての基礎知識を学ぶ為の講義が行われるらしい。
「私もこれから政で忙しくなりますので、この後の事は城の者達にお任せいたしますわ。また合間を縫って顔を出すようにいたしますので...今後の皆様の成長も見守らせていただきますね。」
異世界勇者という特級のカードを手に入れた今、彼女は彼女で様々な謀を動かして行く事になるのだろう。
ずっと張り付かれるよりかは幾分マシだが、今後もある程度の頻度で顔を合わせる事になるという事実は僕を少しばかり憂鬱にさせた。
「また今後の皆様の予定につきましてもこの後説明がありますので引き続きよろしくお願いいたします。...では皆様、私はこれで失礼いたしますわ。皆様のご活躍を楽しみにしております。」
そう言って王女は優雅に一礼した後、部屋を後にした。
何となくひと段落着いたこのタイミングで僕や有栖川達も席に戻る。
最後の方はなんだかドタバタだったが、一先ずは鑑定が無事に終わって良かった。
僕や礼護、吾武に対してやれ「Eクラスだ。Dクラスだ。」とバカにしていた奴らも、有栖川の鑑定結果のおかげでその熱が冷めたのか大人しくなっていた。
―――――――――――
「ではここからは私、【勇戦騎士団】団長、アラン=バーンズが説明を務めさせていただきます。」
王女に代わって僕達の前に現れたのは全身に甲冑を纏った偉丈夫だった。
歳は20代中盤くらい。
短く刈り上げた金髪に礼護と同じくらいの体格をしたその男は、自らを騎士団長だと名乗った。
整った容姿を見て、女子達の一部が少しザワつく。
「まずは皆様、長時間に渡る鑑定お疲れ様でした。これから皆様の今後の予定についてご説明させていただきますが、その前に...」
そこで一呼吸置いてバーンズは逢戸の方に視線を送る。
「今回の勇者召喚では職業【勇者】を持つ方が現れました。よって今後は皆様の事を【異世界勇者】とお呼びし、単に【勇者】と呼ぶ時はアイト様の事を指す事といたします。これは城内の者にはもちろんの事、王国に住まう民全てに共有致しますので皆様におかれましてもご承知おきくださいませ。」
まぁ確かにややこしいもんな。
使い分けは必要だろう。
「では改めまして、皆様の今後の活動予定についてご説明いたします。」
バーンズの説明によると僕達の今後の予定は...
・3年後に起こるとされているダンジョン【魔王城】による魔軍進行に向け、1年間の訓練期間に入る。
・訓練期間では主に座学、戦闘訓練、レベル上げ、といったカリキュラムを熟す。
・自由時間には王城の敷地内に併設されている訓練施設や図書館を自由に利用出来る。護衛を付ければ城外への外出も可能。
・訓練期間が終了次第、低ランクダンジョンから攻略していき、最終的に魔王城攻略に挑む。
といった感じだった。
「...と、ここまで一息にご説明いたしましたが、皆様から何か質問はございますでしょうか?」
「......。」
バーンズの問いかけに皆一様に考え込んでいた様だったが、ついぞ質問が挙がる事は無かった。
聞きたいことが無い、というより何を聞けばいいのか分からない、といった所だろう。
僕自身そうだ。
...いや、1つあるな。
「ん?ええと...ミクリヤ様、でしたかな?」
「あ、はい。一つだけいいですか?」
「ご遠慮なさらずにどうぞ。」
挙手した僕の顔を真剣に見つめ、バーンズが促す。
その声色や表情からは僕に対する侮蔑の感情は読み取れなかった。
「御厨君、Eランクのくせに何が聞きたいんだろうね?」
「【商人】だから、どこで商売すればいいですかーとかじゃない?」
「ちょっとやめてよーww」
少なくともこのクラスメイト達とは違う。
バーンズ...いや、バーンズさんは聞こえている筈の僕に対する嘲笑に一切の反応を示さずに僕の質問を待ってくれていた。
「先程の鑑定で文官の方が持っていた本...恐らく過去の異世界勇者や職業についての記録が書かれているものだと思うのですが、あの本は僕達でも閲覧出来るものなのでしょうか?」
僕以降に鑑定を受けた皆は、僕への気遣いを優先してくれた為に、自身の職業についての話が聞けていなかった。
王女は有栖川にだけは「後で聞いてくれ」と言っていたが、【農民】や【鍛冶師】についても丁寧に説明してくれるかは非常に怪しい。
これによって少しでも不利益が発生してしまったら、僕は自分で自分を許せなくなってしまう。
そんな不安な気持ちが顔に出ていたのかもしれない。
バーンズさんはその強面を緩ませながら優しい声音で答えてくれた。
「ええ、もちろんです。あちらの本は【職業録】と呼ばれるもので、一般の書店でも扱っておりますしこの城の図書館にも数冊置いてありますのでぜひ御覧になってください。職業についてであれば私に聞いて頂いても結構です。一般的な職業についてならある程度お答え出来るかと思います。」
「...ありがとうございます。本を読んで分からない事があればお聞きします。」
我ながら単純だとは思うが、この応答で僕はバーンズさんに対する好感度が爆上がりしていた。
他の兵士や文官達がこちらを蔑んだ目で見ている事が余計にその感情に拍車をかけているのかもしれない。
「他に無ければこの後は昼食を摂っていただき、その後【講堂】へと移動しステータスについての講義を受けていただきます。皆様よろしいでしょうか?」
結局僕以外から質問が挙がる事は無く、僕達は一先ず食堂へと移動するべく席を立った。
昨日はこの大広間で食事を摂ったが、アレは宴を行う為の特別措置だった様だ。