運動とは意識の拡散、調律の第一要素
『とめどのない思考 体の動き その感覚を意識することによって 沈黙す 運動とは 精神の安全弁 ひずみを調律する 安全機構』
私たちは日々様々なことを考えて生きている。日常生活、対人関係、仕事、スケジュール管理、思考を要するものは無数にあり、一定の負荷を超えると思考は私たちの手を離れ望ましくないレベルまで拡大することがある。一度制御を離れた思考をまとめることは難しく、私たちの心身に大きな影響をもたらす。
あなたはこのような経験をしたことはないだろうか。進路に大きな影響を与えるテストが迫っていた。様々な対策をたて、日々をすごすなか、ふと脳裏に疑念がよぎった。今進めている対策たちは果たしてテストの突破に耐えうるものだろうか。変更する時間もなく、考えても仕方がないことだったが、疑念を消すことは難しく手が止まった。何かを生み出すために使われるはずだった思考は、答えのない問いに囚われてしまった。
もしこのような事態に遭遇したらそっと立ち上がり体を動かして欲しい。終わりのない思考は私たちの精神を傷つける。疲れて動けない場合はココアやコーヒーといった飲み物をゆっくり味わうのもありだ。手に感じるコップの重み、コップから伝わる温かさ、口に広がる甘みや苦み、そういったものをひとつ一つ意識して感じとる。身体の動きに意識を集中させ、返ってくる感覚を頭でひとつ一つ読み解いていく。それを繰り返すことで思考の主導権を取り戻す。大切なことは動きを意識することによって終わりのない思考の暴走を断ち切ることにある。
ここで注意してほしいことは考えすぎてしまった自分を責める必要はないということ。たくさんのことを考えることが出来るということはあなたが持つ強みであり、美徳でもある。重要なことは考える力をあなたが生み出したい価値に投入すること。思考とは未来を生み出す過程であり、あなたがこの世界に生きている証でもある。
私たちは年をとるにつれ思考を上位におき、身体を動かすことの重要性を忘れてしまう。思考はとても強力な相棒で、あらゆることが思考によって解決出来ると錯覚する。健やかな人生とは、思考だけではなく、身体を動かすことによって築かれるものなのかもしれない。
とめどなく思考溢れるこの世界で懸命に生きるあなたに敬意を。運動とは思考からあなたの主権を取り戻す行為にほかならない。あなたの思考が、あなたを温めてくれる価値へ導いてくれますように。今日もあなたという火が世界に確かに灯っている。




