冷笑とは知性が発した雪の音、心に吹き込む隙間風
『知性の光 ヒトを生かす道しるべ 故に 不合理と衝突す それは新たなる価値の発見か 既存の世界の崩壊か 目をつぶり考える 不合理よ 雪を融かす熱を示せ 知性とは 人がこの世界を生きる道しるべ 積み上げられた牙城である』
私たちはこの世界を生きるにあたって様々なことを学ぶ。学ぶということは世界を効率的に生き、高い価値を生み出す土台でもある。私たちは学ぶことで世界の在り方を理解し、摩擦を減らし、役割をこなす。知性とは日々の学びの蓄積の上に築かれた生きる指標であり、その人が持つ価値観と癒着していることが多い。だからこそ、知性に反するものを見たとき、人は根源的な忌避を抱く。それはこの世界を生きる生命として当然の反応だとも言える。
あなたはこのような経験をしたことはないだろうか。ある集団に所属した。そこでは今まで価値を持っていた論理が通用せず、異なる論理で価値を出すことが求められた。周りを観察し、その集団で価値があるとされるものを分析し、試行錯誤を繰り返した。その結果、周囲との摩擦は減り、その集団で価値があるとされるものを提供できるようになった。
それが普通になったある日、ふと窓の外を見た。異なる論理を持ち、自分の集団では価値がないとされるものを、拙い手段ながら必死になって追い求める人がいた。自分とはあまりにも違うその在り方に心の奥がざわついた。その価値を認めることは自分が生きる世界を、積み上げてきた価値を否定することに等しかった。故に理由を作った。積み上げてきた知性を動員し、あらゆる角度からその価値を否定する論理を組み上げた。築き上げられた論理は鉄壁で心のざわめきを打ち消すに足るものだった。しかし、その論理が熱を生み出してくれることはなかった。
このようなことがあったとき、あなたは言いようのない感情を覚えるかもしれない。そんなときは深呼吸をし、温かい飲み物を飲もう。しっかりと睡眠をとり、体を動かし、栄養をとる。そのうえで十分精神が落ち着いたと判断したら、ノートを取り出して問い直す。何が心をざわつかせる要因となったのか。そこにあなたの熱を呼び起こす核が埋まっているのかもしれない。
人は生きるなかで様々なことを学ぶ。勝ち方、知識、経験、挫折、損得、権益、利害、立場、人間関係、組織の論理。考慮すべき点は星の数ほどあり、その全てが私たちの知性に問いかける。それは一種のセンサーのようなものであり、積み上げてきたものが多い人ほど不合理という異物に対する反応は大きくなる。反応とはあなたの命が生み出した熱のようなもの。熱を生み出すには燃料がいる。不合理にはあなたの世界の動力となり得る新たな資源が隠されている可能性がある。その資源があなたの心に熱を灯してくれることを祈っている。
不合理と知性の狭間で懸命に生きるあなたに敬意を。あなたの知性、その全てが本物だ。それはあなたが築き上げてきた世界そのものでもある。どうかその熱があなたを温めてくれますように。今日もあなたという熱が、世界に確かに存在している。




