輝きの消失は果たして悲劇だろうか?
「世界が一時的に輝きを失ったとしても、それは悲劇ではない。むしろ、それは新たな色が生まれるための空白の時間。次に訪れる輝きは、これまでのものとは違った形で私たちを照らすだろう。」
世界には時折、強烈な色彩で世界を照らす人たちが現れる。その人たちは大勢の人たちに強い影響を与え、世界に色を付け加えていく。その色は人々を喜ばせるものもあれば、悲しみを与えることもある。共通することは、誰かの心に深く刻まれるということ。
ではもう少し影響範囲を落として私たちの身の回りを見てみよう。それは、家族かもしれないし、外に出て関わる人たちかもしれない。結論から言うと、誰もが誰かに色を与えている。
では誰にも関わらず一人で過ごしている人はどうなのか、と言う人もいるだろう。しかし、人は一人では生まれない。存在そのものが、既に誰かの色に触れた記憶の延長であり、記録である。必ず誰かがその人生に関わっている。繋がりがない状態でも生きている限り、世界に色を残す余地がある。世界はあなたという色を記録し続けている。
では亡くなった存在はどうだろうか?その存在たちはもう色を残せないのだろうか?結論から言うと、亡くなってからも色は伝播する。それはその存在と関わった人たちが色の性質に影響を受ける点にある。これはどれだけ自我が強固な人でも関係がない。言葉を交わした、視線で相手を視認した。ただそれだけで人は人に影響を与えあう。
存在はその濃淡に関わらず色を内包する。それは喜びかもしれないし、怒り、虚しさ、悲しみかもしれない。それがプラスの感情であれ、マイナスの感情であれ、あなたを構成する色へと変換される。色に優劣はなく、輝きの大きさは一つの特徴にすぎない。あなたという色はその人生を通して育まれ、世界を彩る色彩の一部として記録される。それはつまり、あなたが持つ色は、この世界というキャンバスを彩る大切な色彩であるということ。
貴方がその人生を通して納得できる色を育めることを祈っている。勝利だけが色を深めるものではないし、喜びだけが色を輝かせるものでもない。挫折も、悲しみも、貴方の色を育む。例え世界から色が失われたように感じても、未だあなたの中の色は深みを増している。この世界へのかけがえのない色彩として機能している。
世界は貴方の結果だけを求めているわけではない。貴方がどのような色でこのキャンバスを彩るかに注視している。どうか、あなたの中に息づくその色を、あなた自身が見つけてあげられますように。それは他の人が持ちえない、あなただけが持つ唯一無二の色なのだから。




