第七話 風の支配者
界路が初級校に入学して、3ヶ月が経過しようとしていた。
界路は未だに魔法を使えない。他の子は小さいながらも炎をだしたり、風を操ったりしていた。
と言っても界路は気にしていないと言えば嘘になるが、そこまで悩んではいなかった。
何故かと言うと、界路は安土先生が認めるほどの剣術の実力があるからだ!!
そして、今日は剣の実践練習。クラスメイトとの1体1の模擬戦が行われる。
杏子「がんばってね。界路!」
界路「うん!!ありがとう杏子ちゃん。」
杏子ちゃんは模擬戦には参加しない。15人いるクラスメイトの内の、安土先生が選抜した8人の生徒で行う。
そして、その中には僕も選ばれている!!
僕の他には、奄美も参加するようだ。
絶対に負けられない。密かに闘志を燃やす界路がいた。
応援してくれている杏子ちゃんにもカッコ悪い姿はみせられない。
界路(絶対ぼくが1番になる!!)
そう強く思っていると安土先生がやってきた。
安土先生「はい!それじゃあ、みんな集まって。これから先生が選抜した8名で模擬戦を行うよ。
模擬戦に参加しない子達は動きをみて、参考にしてね。」
「はぁーい」模擬戦に参加しない子たちが子供らしい声で返事をして、安土先生が話を続けた。
「ルールは簡単だよ。相手の身体に木刀を当てるか、相手の木刀を落としたら勝ちだよ。
木刀を落としているのに攻撃したり、連続で身体に攻撃を当てようとしたらダメだからね?」
説明を終えると安土先生はくじ引きを始めた。
僕が引いた番号は③だ。
奄美は⑧を引いたようだ。
そしてトーナメント表が完成した。
・第1試合
【逗子御 稲荷】VS【有明 隼十】
・第2試合
【春雨 秋】VS【黒乃 界路】
・第3試合
【僧津 史也】VS【摩利模 緑】
・第4試合
【山女 将司】VS【奄美 九羽】
僕は、第2試合。相手は【春雨 秋】
と言う男の子だ。
正直勝てると思った。と言うより誰にも負ける気がしなかった。あの奄美にも。
そして、1回戦、第1試合が始まった
結果は特に目立った印象もなく、勝ったのは有明隼十だった。
すぐに僕の番がやってきた。
僕は木刀を握りしめ対戦相手の前に立った。
相手は緊張しているようで、手に震えを感じられた。
安土先生「始め!!」
その合図と共に僕は秋くんの元へと距離を詰めた。
秋くんは僕の動きを目で追えていない。
秋「はや…」
秋くんの口からそんな言葉が漏れたのもつかの間、僕は秋くんの木刀をはじき飛ばした
カンッ
安土先生「そこまで!!」
(この歳で魔法を使わずにここまで速く動けるとは…
やはりこの子は剣の才能があるな。魔法の才能には恵まれなかったようだが。これなら大丈夫そうだ。)
杏子「すごい!!界路!全然動きが見えなかったよー。」
界路「へへ。」
界路は杏子ちゃんに褒められて、嬉しそうに照れながら顔を赤めていた。
そして第3試合、第4試合と進んでいき
奄美の試合が始まる。
第4試合【山女 将司】VS【奄美 九羽】
界路は奄美の実力が気になっていた反面、自分の実力に自信をもっており、不安な気持ちはなかった。
試合が始まり、その気持ちは煙のように消えていった。
パンッ
安土先生「そこまで!!」
結果は奄美の勝利。そして、奄美は速かった。
まるで風のように相手に詰め、木刀をはじき飛ばした。
強い。奄美は強い。魔法の才能があり、剣の才能もある。僕とは歴然の差だった。
それから界路は、隼十と試合を行い結果は1回戦と同じように相手を圧倒して、勝利した。
そして、奄美も同じように相手に詰められる隙も与えず試合に勝った。
決勝は僕と奄美との試合だ。
決勝前に少しの休憩時間が与えられた。
秋「二人とも強いね。どっちが勝つと思う?」
隼十「オレは界路だと思う!めっちゃ速かったもん。」
秋「だよねぇ。全然うごきがみえなかったよ。」
将司「僕は奄美だと思うよ。界路も確かに速かったけど、奄美の方がたぶん速い。」
隼十「それは、お前が奄美と戦ったからだろ!」
将司「それを言ったら隼十くんだって同じじゃん!」
みんなは勝敗の予想を立てながら、決勝が始まるのを楽しみに待っていた。
その頃、界路は不安な気持ちで胸がいっぱいだった。
界路「……」
杏子「どうしたの?界路。これから決勝なのに、なんか元気ないね。不安なの?」
界路「ちょっと疲れちゃったんだ。へへ。昨日、模擬戦前だったから練習しすぎちゃったのかな。負けちゃうかも。」
界路は負けた時の言い訳を既に作っていた。いくじなしだ。
杏子「大丈夫だよ!!界路は強いんだから自信もって。」
その言葉を聞いて界路は更に不安になった。
負けたら杏子ちゃんの期待を裏切ってしまうかもしれない。
そう考えてしまっていた。
安土先生「どうしたの?界路くん、元気ないね。不安かい?」
杏子「あ、安土先生!界路、疲れてるんだって。」
安土先生「そうなの?どうする界路くん。やめるかい?」
界路「……ねぇ安土先生。」
安土先生「ん?どうしたんだい?」
界路「なんで奄美はあんなに強いの?魔法の才能もあって、剣の才能もあってそんなの不公平だよ。」
安土先生「あはは。そんな事を気にしていたのかい?大丈夫。確かに奄美くんの方が魔法の実力があるのは確かだけど、剣に関しては界路くんの方が上だよ。たとえこの試合で奄美くんに負けてもね。」
界路「…?どういう事?負けたら剣も、奄美の方が上じゃん。」
安土先生「界路くんは本当に、奄美くんのあの動きが剣だけの実力だと思うかい?」
界路「???」
安土先生「あはは。ごめん、ごめん。少し難しかったね。でもね、これから勉強していくと分かってくるから、今は全力で奄美くんにぶつかるといいよ。」
界路「よく分かんないけど、安土先生がそう言うなら頑張るよ。僕の方が剣は上なんでしょ。」
安土先生「うーん。そう言われるとそうなんだけど…」
安土先生は分かっていた。
奄美の動きが剣だけの実力だけじゃないことに。
そして界路に剣は上と言ったのに、負けてしまった時、さらに界路が自信を無くしてしまうんじゃないかと不安になっていた。
しかし、奄美について話してしまうと、試合が公平ではなくなってしまう。
そんな教育の難しさに直面している安土先生もまた、生徒と同じで成長しているのだ。
そして、奄美との試合が始まろうとしていた。
安土先生(界路くん、負けても落ち込まないでくれよ…。)
界路も、奄美も木刀を強く握りしめ向かい合った。
安土先生「……始め!!」
それと同時に界路は踏み込んだ、
そして奄美も風のように詰めてきた。
パァァン!!
強い風と共にお互いの剣がぶつかり、お互いに1歩も引かない試合になっていた。
九羽「……」
(こいつなんで魔法も使わずに俺と対等に戦えるんだ。)
界路「……」
(やっぱり奄美は強い。魔法の才能があるのに剣も僕と対等だ。)
カンッ!!
パンッ
カカカンッ
安土先生(凄いな…これが1年生の試合か?)
先生は驚きを隠せず、クラスメイトたちも魅入っていた。
九羽(チッ。もう魔力が限界だよ!風の力が使えなくなる。こうなったら…)
界路(ん?なんだ?何してんだ?)
界路は驚いた。さっきまで木刀を強く握りしめ、向かってきていた奄美が突然立ち止まり、木刀を下ろしたのだ。隙だらけである。
安土先生「……」
杏子「ねぇ、安土先生。奄美くん何してるの?諦めたの?」
安土先生「いいや、違うよ。たぶん奄美くんは誘っているんだ。」
杏子「え?」
界路(奄美は何してるんだ?隙だらけじゃん。)
九羽「……」
界路(ずっとそのつもりなら容赦しないぞ!奄美から1本とってやる!!)
覚悟を決めた界路が渾身の力を込めて速度を上げ奄美に詰め寄った。
そして界路の木刀が奄美の身体に触れようとしたその時...
ブワッ!!
界路「うわぁ!」
強い風が界路を襲い、吹き飛ばされて木刀を落としてしまった。
九羽「……おわりだな。」
少し高めな声にクールさが混じった奄美の声が聞こえた。
安土先生「……そこまで!!」
僕は負けたのだ。何が起こったのかも分からない。
吹き飛ばされて、負けた。
杏子「界路!!大丈夫?」
杏子ちゃんが近寄ってきた。こんな時に何故か界路は、杏子ちゃんがいつの間にか「界路くん」ではなく「界路」と呼び捨てである事に嬉しさを感じていた。
界路「大丈夫だよ。杏子」
僕も呼び捨てで呼んでみた。
安土先生「大丈夫かい?界路くん。」
安土先生も駆け寄ってきた。
界路「うん、大丈夫。けど今のは何だったの?急に吹き飛ばされちゃった。」
安土先生「……それはね、界路くん。奄美くんの特別な力が関係するんだ。でもそれは今度授業で教えるね。今日はもう授業は終わりだから、家に帰ってゆっくり休むといいよ。」
界路「わかった。」
界路は疲れていた。自分が動き回ったのもあるし、奄美に吹き飛ばされたのもある。
とりあえず今はもう早く寝たいと思っている界路だった。