76 赤色世界球の行方
フラルの赤色世界球は世界Fと名付けられた。
世界ゼロがある世界球列より1つ内側の世界球列に属している。つまり白球0000番代の列より内側ということだ。世界Rと並んでいるとも言える。
フラルの話によると世界Fの人間は半年ほど前から、この事態を予想していたそうだ。恐らく天文学も進んでいるのだろう。この人類存亡の危機にあって彼らが選択した方法は別世界転移だった。
世界Fでは俺たちの世界と同様に空間転移を研究していたそうだ。だが、俺たちとは方式が異なっていた。それは射出型とでも言うべきものだった。別世界へ送り出すだけで受け取ることはないそうだ。つまり片方向転移だ。実際、空間射出装置と言うそうだ。
世界Fから隣の世界F2へ転移し、その世界F2でも空間射出装置を作って世界Fへ戻るという実験をしていたそうだ。
そうやって、少しずつ別世界転移を実現していたようだ。ただ、残念なことに成功率はあまり高くないとのことだ。恐らく多重世界へ放り出すだけの装置で、別世界へ到達できるかどうかは運次第なのだろう。
それでも、方向を制御出来ている点で俺たちより進んでいると言える。上流へ向かって打ち出せているからだ。
しかし、確率風が強ければ、当然目標の世界へは到達できない。そして、確率風の測定技術も未熟だったようだ。つまり、実用的な転移には到達していない。
だが、世界消滅の危機ではリスクが高くても使わざるを得ない。他に逃げ出す方法がないからだ。
* * *
フラルの体調はすっかり戻ったようで普通にベッドから起き上がることができた。
確率風も強くなって来たので俺たちと一緒に早めの昼食を取り、中央転移室でことの推移を見守ることにした。もちろん、無限回廊ステーション内は確率風対策を施してある。つまり椅子などは床に固定されているので飛ばされることはない。
「なんとか、ならないのかしらね?」コーヒーを飲みながらメリスが言った。
「さすがに、ここまで来るとダメだろう」
もう近づくことさえ出来ない筈だ。
「そうよね。せめて確率風に飛ばされない方法があれば中を覗けるのに」
メリスがそんなことを言ったが、フラルは不思議そうにしているだけだった。たぶん、この無限回廊の知識がないんだろう。
「みんな、逃げ出せたのか?」俺は疑問に思って聞いてみた。
「いえ、全員は無理でした。誰が転移するかも分かりません。知り合いが転移した人は転移しやすいと聞きましたが、最後まで分かりませんでした。私は最後の組でした」
最後の組だったフラルは、強い確率風に飛ばされたようだ。ただ、運よくそこに白球があって助かったのだろう。
こんなことも白球の機能にあるんだな。まぁ、白球の存在意義を考えればあって当然なんだが。
俺は、別の無限回廊ステーションに連絡をとり、他にも確率風に飛ばされて白球にたどり着いた人がいる可能性を伝えた。確率風が収まったら、救助できるだろう。
* * *
そうこうしてる内に世界Fの世界球は、ますます赤く輝いて確率風が勢いよく噴き出してきた。存在確率が揺れているせいか、他の世界球に比べ二倍ほどに膨れ上がっている。
「近くで見ると、こんな凄いことになってるのね」メリスが言った。
前回は、世界球のサイズが気になる程の距離では無かったからな。
しかし、これだけ距離が近いと確率風はもっと強くなりそうだが、体感では前回とあまり変わらなかった。もしかすると白球が防いでいるのかも知れない。確率風測定機は測定不能にならないように修正したのだが、それでも限界に近い数値になっていた。
「白く蒸気のようなものが出たら二つに分離するはずだ」
俺は、一緒に世界Fを凝視しているフラルに教えた。
「二つに?」
「そうだ。巨大小惑星と衝突して消滅する世界と、何事もなかった世界の二つだ」
「そんなことが可能なのですか?」
「ああ。消滅する世界は赤く光ったまま、この多重世界の果てまで飛ばされるだろう。俺たちも、最近発見したばかりの現象だ」
「そうですか。でも、もしそうなら半分は何事もなく過ごしている人たちとして残れるのですね?」フラルは残された人々が気がかりなようだ。それはそうだろう。
「そうだな」
「よかった」
もちろん、片方は消滅してしまうんだが。それでも、いくらかは逃げ出せている幸運を喜ぶべきだろう。俺たちの世界が同じ状況になったら全く生き残れない。
それと、俺はフラルに世界が二つに分かれると言ったが。必ずそうなるとは限らないことも分かっていた。単に最近遭遇したケースがそうだったに過ぎない。分離せずに飛び去るだけという可能性すらある。ただ、それは言うべきではないと思った。俺は、立ち会っているだけの人間なのだ。
そうしている内に、遂に世界Fは限界に達したようだ。白い蒸気のような確率風を吹き出しはじめ分離を開始した。
「お、恐ろしい」見ていたフラルが言った。
赤色世界球分離を見るのが二度目の俺ですら恐ろしい光景だった。
真っ赤に輝きながら分離した光球は、弾かれたように飛び去って行った。もちろん、命名済みである。
「よし、追跡するぞ」
他の白球にも連絡済みなので観測している筈だが、俺は観測球に移動してみることにした。
「私も行っていいですか?」フラルが言った。なかなか気丈な人だ。
「もちろん。こっちだ」
俺たちはフラルを連れて、飛び去った方向の観測球に移った。
* * *
命名済みの世界F'の赤色球を見つけるのは簡単だった。
二つに分離した時点で世界球F'が命名される。すぐにトラッキングできる訳だ。
世界F'は、かなり遠くまで飛んだようだが、まだ存在していた。映像を拡大してスクリーンに表示した。
「小惑星は、いつ衝突する予定だったんだ?」
もしかすると暦は違っているかもしれないが、一応聞いてみた。
「八月十日と聞いています」フラルは言った。
まさに今日だ。俺たちは固唾を飲んで見守っていた。地球自体が消滅するなら恐らく世界球も消えるだろう。フラルに見せていていいんだろうか? 俺には分からなかった。
「無理に見なくてもいいぞ」と俺は言った。
「いえ、大丈夫です」
そして、俺たちの見ている前で、ふっと世界球F'は消えた。それは、本当にあっけなく消滅した。
「消えちゃいました」フラルは言った。
「そうだな」
「でも、何事もなかった世界が残りました」
「うん。そうだ。何事もなかったんだ」
「そうですね。私たちの記憶にしか残っていません」
フラルは元気に言おうとした。が、ちょっと無理のようだ。
「もう、休みましょう」
メリスとユリがフラルを連れて行った。
どのみち今日は、赤色世界球分離の影響で確率風が収まらないだろう。
「世界球の分離と言うのは、辛いものじゃな」
フラルを見送ったあとツウ姫が言った。
「そうだな。でも、場合によっては、いいこともあるんじゃないかな?」
「そうじゃろうか?」
「もし、俺たちが世界球の分離を引き起こすなら、楽しいものにしたいな」
「そうじゃな」
実際、俺たちの世界も白色ではない。俺たちが引き起こしているなら、なんとかする責任があるだろう。
俺とツウ姫はしばらく消えた世界球の空を見ていた。
そこには、無数の世界球が輝いていた。何か出来るかとも思ったが全く無力だった。そんな俺をあざ笑うかのように、そこには絶望的な数の世界球が浮かんでいた。




